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2016年2月21日 (日)

小笠原、こだま分教室


都響の室内楽で小笠原へ。前回訪問時は3泊4日の滞在中毎日雨、暗闇でほのかに光る緑色の小さなキノコ、グリーンペペは見られたけれど、海はいつも灰色だった。その後、小笠原が世界自然遺産に指定されて広くメディアに取り上げられるようになり、映し出される海の美しさに驚いた。
果たして、小笠原到着日は晴れ。美しい海の色も、その水平線に沈んでいく夕陽も見ることができた。

島で演奏するといつも、皆さんが驚くほどよく聴いてくださるのに勇気づけられる。生き生きとした小笠原の方たちと、ゆっくり流れる時間は、前回よりはるかにうれしく感じられた。父島公演の翌日、母島に。日が暮れると、渡っていく風の木々を揺らす音だけが聞こえる。滞在中もっとも幸せな時間だった。

小学生の時使った水彩絵の具の中に、青とは別に「ぐんじょういろ」のチューブがあった。不思議な名前の色だな、と思っていた。おがさわら丸が竹芝桟橋を出、一夜明けてから見る大平洋の色は、確かに群青色だと思う。深く美しい。

父島と母島を結ぶ航路は50数キロ、ははじま丸で2時間ほど。おがさわら丸より小さな船で同じ外洋を渡るのだからけっこう揺れる。でも、甲板に出て海を見ていれば平気なことに気付いた。そして時々鯨の潮吹きや跳躍も見ることができる。
帰りのははじま丸も甲板で水平線を見ていた。うねりはより深くなり、時々陽が射す中しぶきをかぶっていたら、ウィンドブレーカーは白く塩をふいた。続く父島から竹芝桟橋に向かうおがさわら丸では、ずっと甲板にいる訳にはいかず、寝台に横になった途端、動けなくなった。波に持ち上げられた船体が、再び海面に落ちる時のずぅんという振動が朝になっても間断なく続く。大柄なジェットコースターに20時間くらい乗っていた感じだ。下船してもなんだかふらふらするおか揺れが、今日ようやく収まってきた。

竹芝に戻った翌々日、やはり都響の室内楽で、東大病院の院内学級、こだま分教室へ。演奏が終わって男の子が、音楽を聴いて病院にいることを忘れました、と言ってくれた。本当に本当にありがとう。小さなことに惑い悩む自分が情けなく恥ずかしい。

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