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2016年3月 9日 (水)

3月4日の日経新聞に掲載された写真家、畠山直哉さんの記事から。

「20世紀の表現者は文化史の先端に自らが立つことを至上の課題としてきた。だが大地震のような1000年に1回という出来事の前では、「先端」も所詮、ある限定された時代を反映しただけの矮小なものに感じられる。震災後、私は杉浦さんの写真の束のような、美術史の議論など関係ないところで成立している作品に心引かれるようになった。」
「今、芸術や文化について考えるのは本当に難しい。震災直後から、希望や未来を軽々しく語る言葉と、結論ありきの表現があふれたが、果たしてああいうものに何かリアリティーがあったのだろうか。一方、若い美術家に広がる社会参加型アートの動きは、自らの正しさを疑わないところが鼻白む。ではどうしたらいいのだろう。
私の目には、復興が進む故郷の姿は、日に日によそよそしいものになってきている。自分がまるで過去のない人間のように思える。それでも撮り続けている。自分にとって自然なことをするという、ナイーブなところから出発するしかないのだろう。そして、そんなふうにして写真を撮り続ける私の姿を見て、少し気が楽になったという人がいてくれたらと思う。」

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