メサージエスキス その2
月曜日のリハーサルは和やかな雰囲気で始まった。いくつも具体的な指示があっておもしろかった。それはそうだ、ケラスさんは作曲者と演奏しているのだもの。作曲者の息遣いに触れられるのは現代音楽の醍醐味の一つだと思う。
・最初のゆっくりな部分、プリンシパルのチェロにからむミ♭のコル・レーニョはモールス信号のように。
・練習番号4からの部分、点がついている16分音符は極端に短く(彼が示してくれたのは、弓の毛が弦に噛む音だけだった)、小さく。点のない16分音符はon the stringで長く。ユニゾンでフォルティシモの16分音符は弓を使ってできるだけ大きい音で。伸ばす音、頭のアクセントの後はすぐに小さくして。
・練習番号8から、トリルのかかった全音符は長いディミヌエンドが書いてあるけれど、最初の3つは音程が下がるように書いてあり、自然にそう聞こえるので、小さく弾こうとしないこと。
メサージエスキスには作曲者が指揮したケラスさんの録音がある。素晴らしい演奏だ。リハーサルの前日に聴いたらすごいテンポでびっくりした。楽譜には四分音符で132(とても速い)と表記してあるのだけれど、確実に上回っている。
リハーサルの時にそのことを言ったら、こんな話をしてくれた。その録音は演奏会の翌日に行われた。演奏会も録音もブーレーズ本人が指揮をして、テンポは144を要求、弾くほうは大変だった。でも翌日に録音が始まると142で、と少しだけ譲ったそう。
その速い部分、ケラスさんが弾くパートは、一見不規則な感じのする16分音符がひたすら続く。しかもアクセントが様々な箇所に入り、弾くのは人間技に思えないほどだ。この部分をどう感じているのか聞いてみた。(実はこれまで何度かメサージエスキスを弾いてきたけれど、どう捉えたらよいのか、ずっと誰かに聞いてみたかった)
2つあって、一つは8ヶ月前から準備すること。期日を気にせずにゆっくり準備することが必要、という意味だと思う。考えずに弾けるようになるには3ヶ月くらいでは不十分ということだった。
もう一つは分析をすること。誰かがこの曲の素晴らしいアナリーゼをしてくれたのだけれど、残念なことにその行方がわからないと言っていた。実際に少しだけ弾きながら解説してくれた。演奏中にそれを考えることはないとしても、意味のある音符のほうがはるかにさらいやすいはずだ。どうやらあの16分音符の羅列はだいたい体に入っているらしい。羅列どころか、フレージングがあって音楽的に聴こえた。お洒落ですらあった。
休憩時間にはスポーツは好き?となった。
サッカー、バイエルンミュンヘンのキャプテン、フィリップ・ラームのインタビューの話をしてくれた。チームの司令塔として、動きのある試合の中で、10人の同僚の戦略をどのように組み立てるか、という質問に、考える時間はないから反射(reflection)で。反射で動けるようになるために練習をする。
ル・マンの決勝、残り3分に首位のトヨタが、という話をしたら、やはりこちらも行われたばかりのバスケットボールNBAファイナル、クリーブランド・キャバリアーズ対ゴールデンステイト・ウォリアーズ戦の劇的な展開のことになった。
また、ボストン交響楽団で長くコンサートマスターを務めたシルバースタインについて、彼が長く一線で弾いていられたのは、常に演奏会の日程から逆算して準備をしていたから、ということだった。
これらの話はみんなメサージエスキスの準備を8ヶ月前から、という話題につながる。そういう練習をすることに魅せられるんだ、と言っていたと思う。もっとも、いつも充分な準備ができる訳では、とも言っていた。
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