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2016年6月22日 (水)

メサージエスキス その3

メサージエスキスのゲネプロは4時半から。
その前からケラスさんはリハーサルをしていて、幸運なことにコダーイの無伴奏をほとんど全て聴くことができた。基本的には力を抜いて通しているのだけれど、ところどころ繰り返して練習する。ちょっとしたその練習の仕方が興味深かった。(彼でもそこは難しいんだな、と少し安心するところはあった) 見ていると両手が同時に楽器から離れることはあまりなく、右手が飛ぶときは左手が指板の上を這うようにシフトし、左手が離れても、ほとんど持っていないように見える弓がいつも弦と親密な関係を築いている。
弓使いはかなり不思議で、持っていないようだし、弓先は弓の重さだけで弾いているように見える。力で弾くことがないように見えるのは、とゲネプロの合間に尋ねてみたら、楽器の反応がいいから、弓を乗せただけで音が出るし、力は入れないようにしている(may not force)。弓先は状況による、と言われた。

難しいパッセージを弾いていても、易しい部分でも体の軸はぶれない。力や動きがどこかで偏ったり滞ったり固まったり止まったりすることがないように見える。

僕たちとのリハーサルが始まっても上機嫌で、昨晩は(ブーレーズは6時までだった)11時から明け方の3時まで新曲をさらっていたこと、深夜のリハーサルスタジオには色とりどりの格好をしたロックミュージシャンたちがいて、東京のロックシーンがわかるから、皆にも深夜のスタジオをお薦めするよ、防音室の扉が開くと、大きな音が聞こえてくる、一方僕はチェロを大人しくさらっていた、と笑いながら話していた。
ブーレーズのリハーサルが終わると、作曲者立ち会いのもと、藤倉さんの新曲があって、さらに舞台上でのフォトセッションを交えながら6時過ぎまで弾いていた。

7時開演、前半は僕も客席で聴いた。ラッヘンマンのプレッションは、ほとんど通常の奏法を用いない曲で、よくもそんなに考えついたものだ、と感心するほど様々な方法でチェロからノイズを引き出していく。その豊かさに、もし演奏会でなかったら、ぼくは笑い転げていただろう。本番のコダーイはゲネプロとは違って緩急自在に熱く、30分の曲はあっという間に最後のシ・レ・ファの明るくなったり暗くなったりする分散和音になっていた。

後半は細川さんの線Ⅱ、BUNRAKU、藤倉さんの新曲osm、それからメサージエスキスだった。ひたすら待っている1日だった。スリルは満点だけれど、瞬間最大風速的にあっという間に終わった。弾き終わって戻った舞台袖でケラスさんは
「We survived!」
と叫んだ。晴れ晴れとした本番だった。

なんと彼は、翌水曜日はバッハの無伴奏全曲、その翌日はおそらくリハーサルで、さらにその翌日がデュティーユの協奏曲、さらに次の日は伝統楽器との演奏会、だそうだ。
それが可能な体や頭の使い方をしているのだとは思うけれど、彼を見ていると人間にできないことはない、と思えてくる。僕たちの感覚からするとものすごくタフなことをしているはずなのに、そういう悲壮感は全くなく、軽々としている。すごいなぁ。僕は常識やら経験やらにすっかり囚われ、身動きができなくなっていたのかもしれない。

今回初めて一緒に弾いた若者たちは皆生き生きと素晴らしかったし、特に門脇君にはケラスさんの弾き方の話から、体の使い方をいろいろ教えてもらった。僕にはまだすることがたくさんある。
今ごろ杉並公会堂ではバッハのリハーサルが始まっているだろうか。

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