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2016年8月

2016年8月31日 (水)

29日は若者たちと弦楽四重奏で、午前は松本市内、午後は飯田まで出かけた。ずっとオーケストラで弾いていたから、久しぶりの室内楽は楽しかった。

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松本は周囲を山に囲まれ、刻々と変化する空の表情とあわせて美しい。飯田もやはり囲まれているけれど、もっと山が近く、こちらの風景も親しみやすかった。帰りの中央高速では、暮れていく山のシルエットが印象的だった。

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今年の松本滞在はほぼ3週間、久しぶりに長い。初めての工夫で、駅前の花屋や農協の直売所でひまわりを1輪または2輪求め、飲み終えたペットボトルに挿し、そのひまわりを部屋の主にした。ひまわりのある部屋から山と空と雲を眺めて過ごした。

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30日、体育館でのリハーサル。サイトウキネンオーケストラ本体での音楽教室は10年ぶりだそうだ。明日は長野県下から集まった数千人の子供達でいっぱいになる。小澤さんが「the wildest and the noisiest」な聴衆にマイク無しで「We must win」と言い、皆で笑った。(マーカス・ロバーツ・トリオにはマイクが入る)

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31日、音楽教室は11時開演と14時の2公演。ほぼ1万人の子供達が聴いたことになる。大太鼓を中心とした打楽器を先頭にオーケストラが入場した。予想に反して会場はとても静かだった。それぞれの楽器紹介と全員によるラプソディー・イン・ブルーが主な内容。各セクションが自由に決めた楽器紹介は多芸で実に楽しかったし、チューバの杉山さんによる司会も、それから彼の「ラジオ体操第1」も痛快だった。

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マーカス・ロバーツ・トリオは、3人のうちの誰かが何かを始めて、次の人がそれに様々に反応し、3人がまとまり、また誰かが何かを・・・。受け継ぐ時にはそれぞれが自由に変形してしまうのだけれど、不思議なのは、彼らが明らかに何か同じものを共有していることだった。ドラムス、ベース、ピアノと発音原理の異なる楽器で受け継いでいくのに、隙間なく同じ何かが続いていく。ドラムスとベースは隣り合って座っているけれど、マーカス・ロバーツは少し離れて、しかも背中と耳だけで感じているはず。一体どうなっているんだろう。

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結局子供達よりも、舞台の上の大人の方が楽しんでいる感じだった。楽しかったなぁ。舞台上にこんなに笑顔のある音楽教室はなかなかない。音楽には大きな力があると思った。最後は子供達と一緒に「ふるさと」を演奏した。澄んだ歌声に心洗われた。
会場にはたくさんのカメラが入っていた。「ラジオ体操第1」だけでも、トリオの演奏だけでも、あるいはトロンボーンによる秀逸な「はっけよいのこった」だけでも、放映されたらいいのに。

夕方のあずさで帰京、車窓から富士山が見えた。

2016年8月27日 (土)

松本での後半のプログラムにはマーカス・ロバーツ・トリオと小澤さんの指揮でラプソディー・イン・ブルーがある。
僕の席からはトリオのドラムス、ジェイソン・マルサリスがよく見え、楽しい。ピアノソロがしばらく続いた後にドラムスとベースが再び加わる時、彼の中で火花のような何かが閃き、ベースのロドニー・ジョーダンとコンタクトをとり、わくわくしてじっとしていられなくなり、スティックが動き始める。目の前で音楽が生まれていく瞬間が見えるようで、なんて素晴らしいんだろうと思う。彼のドラムスには多彩な音色があり、何とも言えないリズムの生命感があり、その様々な音で音楽の方向や速度を示す。トリオのセクションが始まると今度は小澤さんから目を離さずにドラムを叩き続ける、その様子もなんともチャーミングだ。
マーカス・ロバーツの深く落ち着いたピアノの音色もベースのロドニー・ジョーダンも素晴らしい。3人とも体に芯があり肩が下り腰が座り、リラックスした重心の低い音が出てくる。

31日には体育館で、この組み合わせによる子供向けの演奏会もある。近づいている台風がそれることを願うばかり。

2016年8月18日 (木)

昨年の夏松本で弾いたマーラーの5番は忘れられない演奏だった。大げさではなく、生き返らせてもらう経験だった。今年は、やはりファビオ・ルイージの指揮でマーラーの「復活」。リハーサルが終わり本番を控えている今、昨年のことと、1年たった今年のことを思い合わせている。

昨年のリハーサルを一言であらわすなら、共感だったと僕は思う。これまで何度も弾いてきたはずの曲に、ファビオ・ルイージは様々のヒントを示し、その素晴らしい気付きに多くの演奏者が素直に共感し、新たな何かを発見し、集まり、何かが起き、一つ階段を上がり、そこでさらに提案があり共感し・・・。このようにして高みを登っていった。指揮者とオーケストラの間に信頼関係ができていたからこそ可能だった。
そのマーラーの後、多くの演奏会があった。でも変わらずあの演奏は輝いている。

その時はあまりにスムースだったので気付かずにいたのだけれど、音楽に自然な流れがあった。
ファビオは誰かに何かを強いることはなかった。もちろん強弱やテンポなどの指示はあった、でも具体的な表情まで指示することはなかったと思う。演奏者の自発的な表現を引き出そうとしたし、そのための彼の素晴らしいアイデアがあり、それを実現しようとしてオーケストラが応えた。人間は自発的に何かをしようとする時に最も力が発揮される、と感じた。

今年の「復活」はもう少し単刀直入にリハーサルが進んだ。
昨年の貴重な時間から学んだことの一つは、どのように弾くか音を出すか、よりもう一歩下がって、何を思い描くか、何を目指して弾くか、ということだった。例えば5番では、第1楽章のチェロの旋律、「いいんだけれど、心の底に届いていない」、とか第4楽章「音が地面についていないように」などの言葉を思い出す。
「復活」はもちろん、歌の入る第4、5楽章が素晴らしい。でも僕は第2楽章が好きだ。ファビオはその冒頭を、凍てつくような外から暖かい部屋に戻り、体はまだ凍えているけれどお湯に入った時の感じ、と表現した。魅力的な旋律の快適さの中に安住するのではまだなく、少し離れている感じ、だろうか。その主題が弦楽器のピチカートで戻ってくるところ、皆は舞台の上で弾いているのだけれど、どこか別のところから音が聴こえてくるように弾いてほしい、と言われた。

松本に来て、明るいうちはリハーサルがあり、夜は水の音や虫の声を聞きながら川沿いを歩いている。湖にも出かけた。

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2016年8月11日 (木)

スペシャルのドルチェ

何年か前まではわりと熱心に、新しい弦が出れば試していた。その他にもあのエンドピンこのエンドピン、あの部品この部品、あの松脂この松脂、・・・・・。もう少し前は誰か素晴らしいチェリストがいると、どんな楽器を使って、どんな弦を張って、どんな部品を使って、ということにとても興味を持っていた。
今はあまり気にしない。目に見えていることはそんなには重要でない、と気づきはじめたのだと思う。

自分の楽器や弓のセッティングに細かく気を使っていた時期は長かった。今は、もちろん大切に扱うけれど、楽器や自分や音楽が自然に整っていくような弾き方ができたら、と思っている。このところ楽器に手を入れることはあまりないし、弦も古典的なものを使い、松脂は以前ご好意で頂いた缶入りのベルナルデルを家宝のようにしている。弦を変えたくないのは、別のものを使い始めるとスペアも新しく用意しなくてはならないし、最初は良くても使っていくうちに楽器が鳴らなくなる、という残念な経験をしたことにもよる。

あまり道具を気にせず、身一つでさっと演奏に入れるようになったら本当に素晴らしいなと思う。

こんなふうに考えるようになったのは、年末に放送された沢木耕太郎さんのラジオを聞いたことが大きい。毎年1回、深夜のj-waveで放送される番組を僕は楽しみにしていて、昨年とても印象的だったのは、より深い自由を、という話だった。それは沢木さんが贈られた腕時計の話に始まり、結局今は安価なものを使っている、ということから自由とは、とつながっていったと記憶している。沢木さんは直接そういう言葉を使っていなかったけれど、僕は放送の後しばらくして、こだわらない、こだわることからの自由、ということなのかな、と思った。

もう一つ、昨年のツール・ド・フランスで。確かドイツ人の選手だったと思う、その日調子良かったのに自転車にトラブルが起き、途中で同僚から差し出された、必ずしも彼にはフィットしていないはずの自転車に乗り換えた。結局最後まで見事な走りをみせ、ステージ優勝をとげた。この大きな自転車レースでは連日200キロ近い距離を走るのに、大差で勝負がつくことはあまりない。だから道具がフィットしているかどうかはきっと切実な問題だと思うのだけれど。毎年ツール・ド・フランスを見てしまうのは、様々なことを超えていく人間の力の強さを感じる時があるからだ。

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何かが定まったのか、あるいは無関心になっただけなのか、この1、2年楽器や弓に関しては何も変化がなく、落ち着いた気持ちでいたのだけれど、最近a線の硬く薄い感じが気になるようになった。ヤーガーの短所が目立つようになってしまった。思ったより歌わないし踏み込める奥行きもほとんど無い。僕の乏しい能力のせいだけではないような気がした。

ヤーガーのa線d線の最大の長所は倍音の素晴らしい伸びだ。だから僕は新製品が次々に出てきても、結局この古典的な弦に戻ってきた。ただ、その倍音の伸びは神経質な性格と表裏の関係にある。
ラーセンが出た時は衝撃的だった。無理がきくし、強く踏み込んでも音がつぶれない。こんなに素晴らしい弦があるのかと思った。だから上2本をラーセン・下2本をスピロコア、あるいは4本ともにラーセンという組み合わせは今のスタンダードになっているし、実際素晴らしいと思う。(もし一つ難点を挙げるなら、ラーセンとスピロコアを組み合わせた時、その境となるd線とg線の五度音程が、なぜかとても合いにくくなる)
不思議なのは、その穏やかで力強いラーセンを張っていると、いつの間にか楽器がこもる感じになる。これは楽器によるのかもしれない。そんな時ヤーガーを張ると潤いが戻ってほっとする。こんな揺れ動きを数年の長い周期で繰り返してきた。

今回はラーセンにする気は起きず、ヤーガーのスペシャル、その中のドルチェ(張力が低い)に思い至った。
以前ヤーガーのスペシャルが出た時、早速試して素晴らしいと思った(フォルテの強さにミディアムの倍音の伸びをあわせ持つ)のだけれど、張りが強すぎるのか、やがて低音が鳴らなくなった。弦は難しい。

ヤーガー社のホームページにはそれぞれの弦の太さと張力が公開されている。
http://www.jargar-strings.com/products/cello/
おもしろいことにクラシック、ミディアムのa線d線とスペシャルのドルチェのそれは太さが一緒だ。スペシャルのドルチェ、なんてちょっと屈折した感じがするけれど、張って2週間ほど使った感触はとてもいい。深く落ち着いた音色でよく歌う。

そうして弦を変えた頃、松脂に関して新しいことがあった。さんざん松脂を試した僕は結論として、いざと言うときは宝物のような缶入りのベルナルデルを使い、普段は重野さん特製の黒い松脂を使っている。
ある方がニーマンの松脂を教えてくださった。コントラバス用のものが知られているようだけれど、そうではなくヴァイオリン用。弓の毛と弦が経験しなかったほど密接につながり、何年も使ってきた弓の印象が変わった。毛と弦が親密になり過ぎて、ヴァイオリンではぐぎぐぎの音になってしまうのでは、と要らぬ心配をしてしまう。思いの外影響が大きくて、使う弓も弾き方も変わってしまった。まさか松脂が弾き方へのヒントになるとは。

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いつの頃からか、演奏会のプログラムやCDのライナーノーツには演奏者の使用楽器が記されるようになり、楽器の市場には様々な資金が入って、名器と呼ばれるものはほぼ、個人の手の届くものではなくなってしまった。僕はできることなら、弘法筆を選ばず、という人間になりたいと思っている。でも今回のことは大きく僕を進ませてくれた。
今はこんな風に考える。その楽器や弓の金額や市場価値の多寡に関係なく、その人にとってかけがえの無い存在になったとき、きっと何かが始まるのだと思う。

2016年8月 8日 (月)

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今日のリハーサルにはモーツァルトのイ長調のヴァイオリン協奏曲があった。
曲の冒頭、五線の上に 「Allegro Aperto」と記してある。イタリアでお店が営業中であることを示すために掲げるのが「Aperto」の看板。(英語なら、日本の店舗でも時々見る「We are open」だろうか ) シエナの講習に毎年のように通っていた頃、イギリス人だったか、ヴァイオリンの子がopenを意味する言葉がイ長調の協奏曲の冒頭に書いてあり、それがとても素敵だ、と言ったのが印象的だった。今でもこの楽譜を見ると思い出す。
言うまでもなく大変な名曲で、そのapertoと書かれた冒頭には、澄みきった青空に放り投げられるような感覚がある。様々なドラマの後、再びそっと投げ出されるような放っておかれるような終わり方も秀逸。モーツァルトが悪戯っぽくにんまりするのが見えるようだ。

今日もう一つ嬉しいことがあった。今週NHK-FMで23時からクロスオーバーイレブンが放送されること。http://www4.nhk.or.jp/crossover11/
放送前に気が付いて良かった。ふぅ。

2016年8月 3日 (水)

今日のリハーサルにはグリークのピアノ協奏曲があり、昨日、久しぶりにリパッティの演奏を聴いた。自然な音楽の流れがあり、それがあまりに自然で心地良いため、その素晴らしさや実現が容易ではないことに気付かずに過ぎてきた気がする。聴いているこちらの居住まいがいつのまにか整うような演奏だ。

僕の持っている「ディヌ・リパッティの芸術」という6枚組CDには彼の録音を担当したウォルター・レッグの文章がある。その中に。

『わたしには、ディヌ・リパッティのようなピアニストがかつて存在したとも、今後生まれるとも、思えない。それは質の比較の問題ではなく、種類がちがっているという問題なのである。彼は努力家だったし、タッチ、ソノリティおよびペダリングといった純粋に技巧上の問題だけで判断すると、彼は近代において俗化された意味による"ヴィルトゥオーソ"ではなかった ─ むしろ、17世紀に用いられた"コニサー" (くろうと、目きき、通) こそふさわしい。彼にとって、演奏の誇示とかけんらんさは究極の目的ではなかった。彼はそれを誇っている同時代のピアニストに対してほとんど寛大すぎるほどの賞賛と賛美をいだいていたけれども。彼は音楽家であった。ピアノをコミュニケーションと表現の手段として用いた音楽家だった。音楽家および人間としての彼の特質についてだけ、人は彼のことを説明し、理解し、描写したいと望むのである。』

レッグの文を読んで、最近読み返しているサン=テグジュペリの「人間の大地」の文章を思い出した。それはこの本が捧げられた僚友アンリ・ギヨメに関して書かれたものだ。

『ギヨメ、ここで僕は少し君の話をしようと思う。といっても、君の勇気や職能についてくだくだしく語って君を煩わせるつもりはない。・・・・・
ある一つの名づけようのない美質がある。「まじめさ」と言えばよいだろうか。だが、この言葉も不正確だ。というのも、この美質はこの上もなくほがらかな陽気さとも無縁ではないのだから。それは言ってみれば、腰を据えて木材と向かい合う大工の美質だ。木材を撫で、その重さ、大きさを測り、決して軽々しく扱わず、そこに自分の全能力を注ぎ込む大工の美質だ。』

10代の頃からリパッティの演奏を聴いてきた。言うまでもなく遥か彼方の存在だった。いま気がつくと、年齢だけは上になっている。

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