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2017年8月

2017年8月29日 (火)

日曜日夜の列車で帰京。

2017_yoru

今年は仕事の合間に美ヶ原高原、中綱湖・木崎湖、波田地区に出かけた。松本市街から少し足を伸ばせば素晴らしい自然がある。でも駅前から10分も 歩けば、水の流れる音と虫の声が聞こえてくる。山が近い空は表情がはっきりしていて美しい。東京のぼんやりとした空を見ると、松本が懐かしくなる。

2017_sora


2017年8月25日 (金)

今週の松本はBプログラムに小澤さんの指揮でレオノーレの3番がある。
先週のマーラー9番は演奏時間一時間半ほど、でも結局あっという間に最後の和音を弾いていた。必ずしも時計が刻むようには時は流れないようだ。今週のレオノーレはおよそ15分、その時間はとても密度が濃い。言葉ではうまく言えないけれど、手に取ることができるような何かがある。

2017_yuyake

プログラムの後半はシュトゥッツマンの指揮でマーラーの歌曲とドヴォルザークの交響曲。今週はチェロの場所が外側になり、管楽器がよく見える。言うまでもなく彼らの演奏は素晴らしい。溶けるような音色、彫りの深さ、飛び立つような自由、そうしたものは愛するものを慈しむような演奏から出てくることがよくわかる。僕たちもその中に誘い込まれるようだ。

2017年8月21日 (月)

昨日がファビオ・ルイージが指揮するマーラー9番、2回目の本番。本当になんという曲だったのだろう。あまり経験しない、ずっしりとした重さを感じていた。でも演奏会が終わった今、当分この曲を弾かないことをさみしく思う。

本番の舞台ではいつも、気が付くと終楽章の入り口にいた。それまでにずいぶんたくさんの難しいことを、おそらく一時間は弾いたはずなのに、その時間は飛び越えて終楽章の入り口にいる。
そしてやはりこの曲は終楽章なのだな、と思う。あんなに素晴らしい冒頭のヴァイオリンを聴ける機会はそうない。後半、多くの楽器と一緒に旋律を弾くとき、あたたかい光に包まれる。その時、あぁこの曲はこの人の最後の・・・、と胸がいっぱいになる。(その感じはブルックナーのやはり9番の終楽章で感じるものと同じだった)
ニ長調で始まる第一楽章は霊感にあふれ、提示部も再現部も比類ない美しさだ。その音楽は様々な道をたどり、変ニ長調で終わる。人間の創造の可能性と、素晴らしい演奏家たちの可能性に触れた一週間だった。

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今日は少し譜読みをしてから大糸線に乗った。毎年のように出かける中綱湖、木崎湖へ。草の匂い、鏡のようにないだ湖面に映る山、その湖面に魚たちの波紋が広がる。張った気持ちが溶けていくようだった。

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