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2017年11月

2017年11月30日 (木)

「シャガール 三次元の世界」

昨日は東京ステーションギャラリーで開かれている「シャガール 三次元の世界」展へ。http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201709_chagall.html
絵だけでなくシャガールの彫刻も、という企画だった。なるほどあの感じは立体にするとこうなる、彫刻でも絵のようにまぎれもなくシャガールだ、と思って見始めた。展示が進むにつれて彫刻の世界に魅了されていった。素材の石の形を生かし、大きく削ることなく平面的に彫られた人物からは、不思議なことに、見た瞬間にあたたかさが伝わり包まれるようだった。絵も言うまでもなく素晴らしい。いつも思うけれど、青、赤、緑、黄が印象に残る。よく知っているはずの色がとても美しい。展示を見ながら静かに満たされていく、それはきっと彼の人生が幸せだったのだろうと思う。いくつかの作品にはルオーやマティス、ピカソと共通する何かがあるような気がした。素人考えかなぁ。
(展示は12月3日まで)

2017年11月29日 (水)

11月28日の日経新聞に掲載された元サッカー日本代表、北澤豪さんの記事から、

『日本ではスポーツのステータスが低いといわれることがある。なくなっても困らないもの、と考えている人もいるような気がする。
 いや、なくてはダメですよ。世の中でテクノロジー化が進み、何でもオートマチックに行われるような味気ない時代を迎えたら、人の感情を動かすもの、心を揺さぶるものがますます必要になる。
 ・・・・・
 サッカー界(スポーツ界)はその構造をピラミッド型にして描く。優れた選手にピラミッドの頂点を目指して縦に動かしていく。しかし、違う捉え方もあると感じている。サッカー界をいわば平面で捉え、網の目の構造で考えてもいいのではないか。
 それぞれの網の目(地域)の中にプロサッカーも子どものサッカーもシニアサッカーも障がい者サッカーもある。その小さな網の目の中でそれぞれが交流し、選手や指導者が行き来し、つながっている感覚をつくる。そういう横の関係を築いていくと、互いに心を動かされ、相手を称賛する文化が育まれる。
 子どものサッカーでもシニアサッカーでも障がい者サッカーでも、すごいと思う瞬間がある。底辺にいる選手であろうが、そのすごさをしっかり評価し、称賛してあげたい。そういう価値観を確立していくことでスポーツ界は変わっていくだろう。』

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2017年11月27日 (月)

観音崎

午前中少しだけ勉強してから(このところバーンスタインの講義録を一生懸命読んでいる)観音崎へ。ぐずぐずしていた上に電車に乗り遅れ、目的地に着いたのは午後遅くだった。雲が厚く、いっそう空が暗い。毎年感じることだけれど、つるべ落としと言われる通り11月に入ってから追い立てられるように日が早く沈む。電車の中で調べてみたら東京は12月初めが最も日没が早いそう(16時28分)。おととしの11月にヨーロッパに行った時、日の短さと空の低さに閉口した。ストックホルムに着いた翌朝8時にカーテンを開けた時の驚きといったら。北国の人たちは毎年あの光の少ない季節を過ごすのだから、その粘り強さにはきっとかなわないだろうと思った。東京の冬の良いところはとにかく晴れて空が高いことだ。空気はかりかりに乾燥するけれど。

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観音崎をぐるりと歩いて、灯台にも上がった。16時の閉館ぎりぎりだった。ここの楽しいのは東京湾を出入りする実に様々なたくさんの船を見られること。そしてその後ろには対岸の千葉が見える。海や鳥、猫の写真を撮って、日没の頃バスに乗った。海沿いを走るバスの車窓からは写真を撮った海が見える。暗くなってからいっせいに灯台や対岸の工場の明かりがともり、幻想的な感じになることを知った。もう少しゆっくり過ごしてもいいということだ。
変わらず写真は大切な楽しみで、今はまた白黒フィルムで撮ることに戻っている。昨日観た写真展ではデジタルカメラによるモノクロプリント展示だった。(オリンパスギャラリー東京での清水哲朗写真展「Anchin」https://fotopus.com/event_campaign/showroomgallery/detail/c/732)プリントのクオリティも素晴らしく、もうデジタルだから、フィルムだから、という時代ではないなと思った。でもフィルムの良さは、カメラもフィルムもシンプルなことだと思う。ラボテイクにフィルムを出して帰宅。現像を受け取るのが本当に楽しみ。


2017年11月20日 (月)

雑誌「MONKEY」


本屋で雑誌「MONKEY」vol.13を立ち読みしていたら、ボブ・ディランのノーベル賞受賞講演が掲載されていてとても興味深かった。http://www.switch-store.net/smp/item/MO0013.html
ボブ・ディランを聴きたくなり、昨日「The very best of Bob Dylan」というCDを求め、聴いている。(本屋ではさんざん迷った結果、村上春樹さんと川上未映子さんの対談が掲載されている「MONKEY」vol.7を買いました。こちらも大変興味深かったのです、すみません)

先月仙川に散髪に行った時、学生時代から担当してくれているKさんが、「長谷部くんは小説とか読む?カズオ・イシグロって知ってる?」と尋ねるので、読んだことがある(「日の名残り」は読んだことがあった)と答えたら、「本当?二百人以上のお客さんに聞いたけど初めて」と驚いていた。Kさんはノーベル文学賞のニュースの後、カズオ・イシグロさんのことを知らなかったので、慌てて最新作を読んだそうだ。せっかく読んだのに、彼のことを知っている客はなかなか現れず、ということだったらしい。僕もその話の後、「忘れられた巨人」を読んだ。今はずっと村上春樹さんの長編を読んでいる。

2017年11月16日 (木)

新聞が好き。コーヒーを飲みながらゆっくり新聞をめくる時間のある朝は幸せだ。晴れていればもっといい。休刊日や夕刊のない祝日は手持ち無沙汰でちょっとつまらないし、もともと朝に強くない僕はそんな日はなかなか調子が上がらない。広い紙面から宝物のような記事を見つけるのは楽しく、そうした記事は古風に切り抜いてとってある。僕が読んでいるのは日経新聞、でも大事にしまってある記事は経済面や社会面より、スポーツ面が多かったりする。あとはエッセイ。今年前半に掲載された多和田葉子さんの文章は毎週本当に楽しみだった。(日経新聞が今月から値上がりしたのは残念ですけれど)
11月14日の朝刊に掲載された為末大さんの文章から、

『心理学の実験で、難しい課題に取り組ませて、あきらめやすい人間の特性を調べたものがある。結果へのリアクションが大きい人ほど諦めやすい傾向にあった。
 リアクションの大きさは期待の裏返しだ。もう何回もやったからそろそろ成功させたい。そんな期待をしすぎる人は過去を振り返り、未来を見すぎる。だから失敗するたびに落胆し、諦めやすくなるのではないだろうか。
 不条理耐性がある人は、今ここを生きることができるのだと思う。物事は思い通りには進まない。いちいちショックを受けていてはやってられない。臨機応変に対応するには、目の前の瞬間に集中することが必要だ。
 スポーツ選手の多くが成功より失敗から学んだというのは、この不条理耐性を得られるからではないだろうか。』

2017年11月14日 (火)

日経新聞連載、「読書日記」は10月19日からヴァイオリンの庄司紗矢香さん。当日の記事は池澤夏樹さんの小説「スティル・ライフ」に関してだった。ちょうどその頃僕も「スティル・ライフ」を読んだばかりだった。庄司さんの文章から、

『・・・山の写真を撮るのが趣味の男性が、大きく広げたシーツにプロジェクターで次々と写真を映し出し、主人公に見せるシーンがある。
 「ただの山の写真だ。だから見方にちょっとこつがある。」と男性はささやく。「なるべくものを考えない。意味を追ってはいけない」
 すごくわかる気がした。なんだか、演奏するときの心境に似ている。演奏会に向けて音楽家は何百時間も練習を重ねる。作品の歴史はもちろん、ありとあらゆることを勉強し尽くす。そのうえで実際に観客の前に立ったら、一旦、リセットする。なぜなら、音楽はすべて意味を説明できるものではないから。説明できないものを表現するところに神髄がある。本番でどこまで無心になれるかが勝負なのだ。』

11月9日の記事から、
『じつは演奏を「仕事」だと思ったことがない。誤解をおそれずに言えば「趣味」のひとつ。もちろん打ち込んできた時間はほかの趣味に比べて圧倒的に多いが、あくまで楽しんで弾いている。』

2017年11月12日 (日)

クレルヴォ交響曲

11月8日都響定期演奏会は、引き続きハンヌ・リントゥの指揮でシベリウスのクレルヴォ交響曲。
3日の演奏会でリントゥがシベリウスの2番を演奏した時、リハーサルでは、皆この曲をよく知っているよね、という感じであまり大きく振らず確認だけして、本番でようやく開いた感じだった。含羞と言ったらよいのか、僕は彼のそういうあり方が好きだ。でもクレルヴォではリハーサルの最初から違った。

シベリウス・プログラムが続いたので、シベリウスについて少しだけ調べてみる。1865年生まれ、クレルヴォ交響曲は1891年の作曲、フィンランディアは1899年、2番の交響曲は1901年。フィンランディアに歌詞がつけられたのはずっと後の1941年、それをシベリウス本人が合唱用に編曲し、第2の国歌として歌われている。
クレルヴォはウィーン滞在中に作曲され、その頃シベリウスはブルックナーの3番の初演に立ち会ったらしい。そうでしょう、そうでしょう、クレルヴォの最後の部分の弦楽器の扱いはブルックナーによく似ているもの。ただし僕の意見を言わせてもらえば、その書き方はうまくいっているとは思えない。あんなに細かい音符が多いと弦楽器は鳴りにくい。(長大な曲を弾いていて最後のページにたどり着くといつも、ほっとした喜びにあふれるのものだけれど、このクレルヴォではその最後のページが目に入ったとき一瞬げんなりして、それからもう一度ぐっと下腹に力を入れる。)
第4楽章の後半、イ長調の明るい和音が鳴り(メンデルスゾーンのイタリアの冒頭のよう)そのすぐ後に様々な楽器が主題を追いかけるところの音の感じは、バルトークのオーケストラのための協奏曲の諧謔味たっぷりのフーガ(フーガというのだろうか、第2ヴァイオリンから始まり、第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラと受け継がれるごとに縮まって、コントラバスに順番が回ってきた時は冗談のように短い)にそっくりだ。もちろん、バルトークの方がずっと後だ。
クレルヴォ交響曲には、若いシベリウスが情熱をそのまま書くことにぶつけたような、たくさんの音符がある。独特で民族色が濃くエネルギーも強い。そうしたたくさんの音符は果たして、それに見合う十分な演奏効果をもたらしているかどうかは疑問だ。少し後のフィンランディアや2番の交響曲の頃には楽譜はずっとすっきりとしてくる。でもクレルヴォを弾いていると、様々な作曲家が現れてくるようで楽しかった。シベリウスが意識して書いたというより、深いところで作曲家同士がつながっている感じがした。
シベリウスの生きた時代(彼は長生きだった)、つまり1865年から1957年の世界には、ブルックナーやバルトークの他にも、ざっと見ただけでベルリオーズ、ワーグナー、スメタナ、ブラームス、チャイコフスキー、マーラー(1860年生まれ)、ドビュッシー、R.シュトラウス、ラヴェル、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチ、ブリテン、・・・、ときら星のように名前がある。

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今年2017年はフィンランド独立100年。フィンランディアは独立の前に書かれ、演奏を禁止されたこともあったらしい。今回の演奏会の指揮者、ソリスト(メゾソプラノ:ニーナ・ケイテル、バリトン:トゥオマス・プルシオ)、合唱(ポリテク合唱団)は全てフィンランドから。彼らは文化会館の舞台でどんな気持ちでフィンランディアを歌い聴いたのだろう。彼の国の人口は現在で550万に満たないくらい、東京の半分だ。その小さな国が隣接する大国から独立を守ることがどんなことだったか、僕たちには想像し難いことかもしれない。
ハンヌ・リントゥはクレルヴォに強い思い入れがあるようだった。強いリーダーシップが必要な曲と思う。舞台に立ってから躊躇なく演奏を始めるのもいい。一方で、例えばどこかのパートがもりもり弾くと、お、けっこうやるね、と表情で語ったり、時々(指揮の仕方で)遊んでみたり、カーテンコールの時の所作がドライだったり、そんなところにも共感した。
ポリテク合唱団はヘルシンキ工科大学の学生とOBからなるそうだ。90人の男性合唱の指揮が若く美しい女性で、合唱団と指揮者がうまくいっているらしいのも興味深かった。メンバーは大柄な人が多いけれど、意外に純朴な感じ。黒い飾りのついた、日本でいう学生帽のようなものをかぶっていて、それを洗わないというのがどうも伝統らしい。トリフォニーでの演奏会では燕尾服にその帽子という出で立ちだったそうだ。文化会館でもそうしたらよかったのに。ヘルシンキ工科大学ということは、もしかしてフィンランド発のゲーム、アングリーバードの開発者の中にポリテク合唱団のOBがいたりしないのかなぁ。

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ところでもし万が一、職業音楽家がこの日記を読んでくださっていて、しかもあなたの予定表の近いところにクレルヴォ交響曲があって(まぁそんなことはあまりないと思うけれど)、さらにそのあたりが忙しかったりしたら、この曲はけっこうヘヴィですよ、と申し上げたい。

2017年11月11日 (土)

新宿ニコンで開かれている田沼武能写真展「子どもは時代の鏡」へ。http://www.nikon-image.com/activity/exhibition/thegallery/events/201706/20171031.html
子供たちの目に吸い込まれるようだった。ほんの50~60年前の都心にあのような光景が広がっていたなんてちょっと信じがたい。残念ながら、今の便利になった日本は大切なものを失っていると思った。

2017年11月 9日 (木)

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲

11月3日、都響演奏会の前半はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。
サントリーホールの舞台で弾きながら、あの演奏会も同じサントリーでやはりこの時期だったと思い、胸がいっぱいになった。以前にもこの日記で書いたけれど、僕は95年の11月か12月にN響のエキストラに乗せてもらい、初めてベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を弾いた。ソロはイヴリー・ギトリス。その時の第1楽章の展開部の美しさは、あれは何だったのだろう、魔法にかけられたようだった。その演奏会が忘れられないのはギトリスだけでなく、徳永兼一郎さんが出られていたことだ。藤森さんや銅銀さんが徳永兼一郎さんを支え、楽器や弓を持って舞台に上がっていた。舞台袖でギトリスの演奏を「素晴らしいね」、と穏やかな表情でおっしゃったことを思い出す。22年たつ。

この曲はティンパニの4つの音で始まる。4拍子の、音程の同じ4つの音。初演の時この冒頭はどのように受け止められたのだろう、初めて聴いた人は驚かなかったのだろうか。エリアフ・インバルはこの4つの音からなるモチーフを、どこにも行かない、と言った。常に前へ進むということが西洋音楽の大切な要素の一つと思うけれど、それに相いれない彼の言葉に、なるほどと思った。
不思議なのは、後日都響の人たちと話していて教えてもらったことだけれど、独奏ヴァイオリンにそのモチーフが出てこないこと(カデンツァ以外では。そのよく演奏されるカデンツァもベートーヴェンによるものではない)。そして独奏ヴァイオリンが重音を弾くこともなく(カデンツァ以外では)、旋律を弾くこともあまりなく、印象としてほとんどいつも分散和音か対旋律を弾いていること。その裏返しで旋律は主にオーケストラが受け持ち、それが見事な重厚さを曲に与えている。ヴァイオリン協奏曲なのに、オーケストラを弾く醍醐味や幸福感にあふれている。
すっかり耳に馴染んでいるし、ぼんやり聴いていても名曲中の名曲に違いない。でもベートーヴェンは革新的なアイデアを持ってこの曲に取り組んだのだと思う。当時もちろん、ブラームスやチャイコフスキーのような規模の大きなヴァイオリン協奏曲は存在しなかったし、おそらく前例のない中でこのような音楽を構想できたことは信じがたいことのように思える。

第1楽章の展開部では独奏ヴァイオリンの影に隠れるかたちで様々な楽器がその4つの音のモチーフを受け継いでいく。この展開部の素晴らしさは比類ない。道を探して森の中をさまよう、と言ったらよいのか、木管楽器の後、トランペットの長い四分音符を、さらに弦楽器がピチカート(当然短い音だ)で受け継ぎ、再現部ではオーケストラ全体が喜びをもってそのモチーフを演奏する。ティンパニだけで始まる冒頭と見事な対比だ。カデンツァの後、弦楽器のピチカートを伴奏に独奏ヴァイオリンがシンプルに旋律を弾く終止部も美しい。そしてその旋律をファゴットが受け継ぐことは、冒頭の旋律がオーボエで始まることも含めて、それぞれの楽器の音色を生かしたお手本のような書き方だと思う。

4つの音のモチーフは第1楽章全体を通じて、日向になり日陰になり、流れる大切なものだ。ベートーヴェンはこのアイデアをさらに発展させ、あの有名なモチーフが全曲を通じて力を持つ「運命」交響曲を書いたのではないだろうか。

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11月3日の演奏会のソリストはヴェロニカ・エーベルレ。曲の後半に向って加速度的に良くなっていく演奏だった。終楽章のテンポの速さは昨今の流行りだろうか。なぜかはうまく言えないけれど、きっと忘れられない演奏会にの一つになると思う。ただし、冒頭を2つ振りで始めるのにはどうも馴染めなかった。指揮のリントゥさん、あれはやはり4つではありませんか?


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