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2017年12月29日 (金)

「出発の地に」

12月28日、日経新聞夕刊に掲載された森田真生さんの「偶然の散歩」という文章から

『気づけばあれから半年が経ち、この連載もついに最終回を迎える。最後の原稿に取りかかる前に、またあの公園に出かけたいと思った。「すべて私たちの旅の終わりは、出発の地に辿り着くこと」 ー エリオットの詩の一節が、僕の頭にはあった。』
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「すべて私たちの旅の終わりは、出発の地に辿り着くこと、そしてその地を初めて知るのだ」。エリオットの詩の続きを、僕は心の中で聴いた。』

今年の新聞記事切り抜きを整頓した。それまで知らず、だからいっそう毎週新鮮で素晴らしい発想を頂いたのが独立研究者、森田真生さんの文章だった。やはり知らなかったけれど、言語学者、黒田龍之助さんの文章も楽しかった。切り抜いて取っておかなかったのが悔やまれるのが、パスタのゆで具合(アルデンテ)についての文章。僕のあやふやな記憶でものすごく乱暴に要約すると、好きなゆで具合で食べればいいじゃないか、という痛快なものだった。この夕刊のエッセイは、何度も書いた多和田葉子さんは言うに及ばず、ジェーン・スーさんも素敵だった。
スポーツではベンチプレス、児玉大紀さんの記事が強烈だった。信じられない思いで読んだ。他には三浦知良さん、為末大さんの切り抜きが多かった。音楽ではなんと言っても庄司紗矢香さんの読書日記がよかった。大切な示唆だった。そう、夏限定で読む信濃毎日新聞にも毎年素晴らしい記事がある。
心引かれて切り抜いた記事に共通するのは、とらわれない発想、アイデア、気持ちの持ち方、そうしたものだった。貴重なことを学ばせて頂いた。

昨年の夕刊のコラムで、切り抜いておかなかったことを残念に思うのが漆間巌さん。肩書きからはすぐには想像できない音楽の話が何度も出てきて楽しかった。子供の頃、オイストラフの演奏を体育館で聴いてヴァイオリンの虜になったこと、ソ連駐在中にチャイコフスキー・コンクールを予選から聴いたこと、など。オイストラフの音、どんなだったのだろう。

ところで、今日29日から夕刊は休み。あぁ実につまらない。

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