「本当の幸せ」
日経新聞に掲載された若松英輔さんの「本当の幸せ」という文章から。
『今日で、東日本大震災から丸七年になる。この出来事は、私たちからさまざまなものを奪った。ある人にとっては今も、奪われつつある状態が続いている。
世の中は、「復興」という言葉のもとに再建可能なものを新しく作ることに躍起になった。しかし、私たちが考えなくてはならないのは、再建できるものを探すことだけでなく、再建できないものを見つめ直すことではないだろうか。
失望を深めるためではない。真の意味で新生するため、それは本当に失われたのか、見失ったのかを、しっかり感じ分けるためである。
失われた、そう感じるものの一つが「生きがい」ではなかったか。『生きがいについて』で神谷(美恵子)は、生きがいは作りだすものであるよりも、すでにあって発見すべき何かだという。苦悩や悲痛を経験すると人は、生きがいを奪われたと思う。だが、神谷はこの本で、誰も奪い尽くすことのできない、真の生きがいが存在すると語っている。そのことを彼女は、岡山県にあるハンセン病療養施設長島愛生園の人々との交わりのなかで見出していた。
求めているものとの出会いは、かねて予想したように現れるとは限らない。むしろ、それを大きく裏切るようなかたちで人生を横切ることがある。
自分の小さな人生を顧みても、幸福を告げ知らせる経験は、歓喜のうちに現れるとは限らず、悲痛をともなう出来事のなかで、その深みを知ることもあるように思われる。本当の悲しみは、時間と共に癒えていく、というものではないだろう。その傷は、いつもありありと存在する。だが、その出来事が扉になって、私たちはまったく予想しない世界に導かれることもあるのではないだろうか。』