西へ
昼前に空港に向かう。電車の向かいの席では、抱きかかえられ、斜め後ろ向きにかぶった野球帽のよく似合う小さな男の子が、小さな指で熱心に鼻をほじろうとし、母親はそれを一生懸命阻止しようとしていた。
何度も使ってきた羽田空港で国際線に乗るのは初めて。航空会社のチェックインはパスポートをスキャンし、何かを少しすると終了、パスポートコントロールも同じようにスキャンし、機械が人間の顔をチェックする。狐につままれたような出国手続きだった。中に入り、フードコートの隣席ではフランス語を話すカップルがうどんを食べていた。すすらないと、うどんは食べるのにこんなに時間がかかるものとは知らなかった。彼と彼女が一本づつ静かに食べていく間に、うどんはどんどんのびて柔らかく、太くなり、冷め、・・・。すする音は、きっと彼らには不快だろう、と思いながら僕は梅わかめうどんを食べた。
この期間、旅行に行ける、と前から思っていた。ずいぶんぐずぐずし、ようやく腰を上げようとしたらパスポートが失効していた。やれやれ。すぐ動き、新しいパスポートが来たのが5月末。ほぼ10日後に出発する旅行会社のパッケージツァーをあれこれ調べ、組み合わせ、オンラインで申し込み手続きをしようとしたら、何度トライしてもなぜか最後でうまくいかない。そもそも海外旅行なんてかなり前から準備するものなんだし、と夜中の1時に匙を投げた。翌日仕事をしながら、やっぱり行きたいと思い、飛行機とホテルを別々に手配した。なんだ、やればできる。全て自分で手配するのは本当に久しぶりのことだった。
思い立った時にふらりと外国に行く、いつかそんな旅をしてみたいと思っていた。行けることは前からわかっていた、手配は直前だった。結果的には理想の旅に半分ほど近かったのかもしれない。
飛行機が高空に上昇し、窓から見える空の青はいつも美しい。僕はよく雲の写真を撮るけれど、それは下から見る雲だということに気付いた。頭の中では時々、前日の演奏会で弾いたペトルーシュカが鳴っている。
定刻より少し早くパリ、シャルル・ド・ゴール空港着。しかし地上職員が到着していない、とのことでしばらく飛行機から降りられなかった。なんとまぁ。客室乗務員もこんなことは初めて、と言っていた。
ほとんど誰もいなくなってがらんとしたターンテーブルで荷物を受け取り、タクシーに乗った。ホテル名と住所を告げると、何人かよくわからない運転手はスマートフォンのカーナビゲーションに入力して猛然と走り始めた。運転の荒さに外国に来たと実感する。いつものことではある。動物的な勘を十二分に発揮し手足のように車を操っているのか、単に短気で乱暴なだけなのか・・・。ロンドンタクシーの運転手ならナビなど使わず、通りの名前を聞いただけで頭の中で最適な道順をぱっと組み立てるのだろうか、と思った。乗ったことはないけれど。
夜の9時過ぎにホテルに着き、暮れ始めた外に出る。7年ぶりのパリだ。
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