各駅停車の旅 その3
8月21日
昨晩、宿のおかみさんに、朝食の時間は7時半くらいにしてほしい、とお願いしておいた(本当は7時)。温泉のせいか、虫の鳴き声のせいか、ぐっすり眠り、7時に目覚ましが鳴っても五里霧中、正体不明のまま。もう5分あと5分、と思っていたら、階段を上がってくる足音が聞こえた次の瞬間には戸が開き、今日は晴れましたね、と言いながら、おかみさんが朝食のお膳を持ってずいずいっと部屋に入ってきた。郷に入っては郷に従え、ということか。
今回、石打に宿を探したのは県境の手前で泊まりたいと思っていたから。新幹線で新潟方面に行く度、山を越えた越後湯沢あたりから、景色が変わることを感じていた。緑の感じが違う。この景色の中で過ごしてみたいと思った。青空、虫の声は昼のものになっている。草むらからはスィーー、ッチョンが聞こえ、窓のすぐ横には蝉がとまり鳴き始めた。ものすごい音量だ、命の限り鳴いている。宿の近くを歩いてみると、虫や蛙がたくさんいる。大きなヤンマをこんなに見るのは初めてかもしれない。
宿帳に記入し宿代を払うと、おかみさんに、学生さん?と言われた。冗談を言うような人には見えなかったのだけれど。
今日は旅の最終日、ひたすら電車に乗る日だ。各駅停車の旅は、その土地の風土や、それが場所によって変化していくことを感じられる、そういう旅だと思う。飛行機や新幹線の旅は、カプセルに入れられてA地点からB地点に、一散に移動するようだ。
毎日ひたすら移動し、車窓を流れていく景色をずっと見ていると、まさにこの瞬間が旅、と思う。各駅停車でも充分速い。目的地を目指すのでも、何か特別なものを見るわけでも、豪華なものを食べるわけでもない、ただその場所を感じ、移動していく。これまで点として知っていた町を、ゆるやかに線でつなぎ、点から点への変化を感じていく。
トンネルを越えて群馬県側に入り、名前は知らない二つの川の合流点が見えた。片方は昨日の大雨の影響で強く濁り、もう片方は澄んでいる、その二つの流れは合流してもなかなか混じらず、しばらく平行して流れていた。以前テレビで見たアマゾン川の映像を思い出した。
4時間以上かけて都心に。コンクリートやアスファルトで覆われ、地面がほとんど見えないここに戻ってきた。まずラボテイクにフィルムを出しに行く。雨の降る中、カメラやレンズを濡らさないよう撮った3本は宝物だ。現像の上がるのが待ち遠しい。もちろん晴れていた方が快適だし、写真も撮りやすい。でも雨の日に撮れる写真がある。昨日まで毎日、雨が降り始める時を感じていた。その時、いつも光に独特のきらめきがあることを知った。雨上がりの美しさは言うまでもない。
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