ラグビーワールドカップ
20年前のこの時期、コンクールを受けにフランス、トゥールーズに行き、ホームステイさせてもらっていた。素敵なホストファミリーのご主人Fさんはエンジニア(トゥールーズはエアバス社など航空宇宙産業がさかん)で、アマチュアのヴァイオリニスト。
1日遠出をしよう、というのでアルビまで出かけた。アルビはトゥールーズ・ロートレックの出身地であり、もう一つ、異端とされるアルビジョワ派の討伐後に建設された大聖堂がある。その中には細かな装飾がたくさんある一方、茶色のレンガでできた外側はのっぺりとしてマッシヴ、圧倒的な大きさからは異様な感じすら受けた。
Fさん夫妻と街にいると、あの建物のあの部分は何世紀のいつ頃の様式、ここはいつ頃の様式・・・、と僕には同じように見える建物の見方を教えてくれた。トゥールーズの大きな見本市会場での骨董家具の展示にも連れて行ってくれた。3つのブースに分かれていて、一つは誰が見ても文句のない一級品のブース、もう一つには(おそらく)頑張れば手の届きそうな家具、最後の一つには何だかよくわからないもの、例えば、傷みが激しく、ほとんどすだれのようになった絨毯とか、蛇口あるいはドアの取っ手だけが集めて置かれ、そんな中にフレンチブルドッグが寝そべっていたりした。
Fさんは、自宅にあるあの家具は何世紀のいつ頃のものだから、それに合う別の家具を探しているんだ、と言っていた。日本にいては到底知ることのできない、ヨーロッパの人たちの世界の見え方を教えてくれていたのだ、と思う。ご主人の仕事のことももっと聞いておけばよかった。
そう、トゥールーズと言えば、サン=テグジュペリが定期航路のパイロットとして飛んでいたところだ。彼の書いた「人間の大地」の、定期路線にデビューする箇所は好きな文章の一つ。
『・・・僕は雨に光る歩道で小さなトランクに腰を下ろし、空港行きの路面電車を待っていた。とうとう僕の出番だった。ぼくより先に、どれだけ多くの僚友がこの神聖な一日を迎えたことだろう。いったいどれだけ多くの僚友が、いくらか胸を締め付けられる思いで、こんなふうにして路面電車を待ったことだろう。・・・
・・・トゥールーズのでこぼこの敷石の上を走るこの電車は、何だか哀れな荷馬車みたいだった。定期路線のパイロットもここでは乗客の中に埋もれてしまって、隣席の役人とほとんど見分けがつかない。少なくとも、最初のうちはそうだ。だが、立ち並ぶ街灯が後方に流れ去り、空港が近づくと、がたがた揺れる路面電車が灰色のさなぎの繭に化けるのだ。そこから、じきに蝶に変わった男が飛び出してくるだろう。
僕の僚友の誰もが皆、一度はこんな朝を迎えたのだ。そのとき、彼らはまだ横柄な監督の指揮下にある無力な下っ端に過ぎなかったはずだが、それでも彼らは、スペインとアフリカの定期路線を背負って立つ男が自分の内部に生まれつつあるのを感じたのだ。・・・』
ある日、一人でトゥールーズの街を歩いていたら、スポーツバーのような店からすさまじい歓声が聞こえてきて驚いたことがあった。Fさんに尋ねると、ラグビーワールドカップでフランス代表がニュージーランドに勝った、しかもフランス代表にはトゥールーズのチームから何人も入っているんだ、と教えてくれた。その時はただ、ふーんと聞いたのだけれど、今月日本でワールドカップが始まり、その熱狂が少しわかるような気がする。ルールをよく知らない僕でさえ、大きな人たちが俊敏に動き回る迫力にすっかり魅せられるもの。
調べてみた。1999年の第4回大会、準決勝でフランスはニュージーランドを破り決勝に進出。10月31日のことだ。
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