« 2019年9月 | トップページ | 2019年12月 »

2019年11月

2019年11月15日 (金)

最近の日経新聞から

新聞を読んでいると時々、素晴らしいことが書いてある記事に出会う。そうした宝物のような文章が毎日読み終えられ、おそらくは忘れられてしまうしまうことをいつもとても残念に思う。

ラグビーW杯決勝戦を控え、10月31日の日経新聞に載った『重量級対決 輝く小兵』という記事から。
『・・・H・ヤンチースも167センチながら、今年の世界最優秀若手選手候補3人に選ばれた。体格について聞かれた時の答えが振るっていた。「ラグビーはケガを恐れればケガをするし、相手が自分に突進してくると思えば本当にそうなる」・・・』

11月1日、「日本化しないドイツの幸運」というマーティン・ウルフさんの記事の冒頭から。
『「どんなに切望しても2+2は4であり、3になったり5になったりはしない。人間は現実を突きつけられて苦しむ運命にある」 ー 。
経済について考えるとき、英詩人アルフレッド・ハウスマンのこの詩を思い出すべきだ。つまり勘定尻というのは合わなければならない。問題はどうやって合わせるかだ。・・・』

連載「私の履歴書」、今月はファンケルの池森賢二さん。めっぽうおもしろく毎朝新聞の届くのが楽しみ。先月の鈴木幸一さん(IIJ)も楽しかった。10月31日の記事から
『「わたしのようなただの音楽好きの素人が音楽祭(東京・春・音楽祭)など続けられるのだろうか」とムーティさんに相談すると、「むしろそのほうがいい」という。「音楽ビジネスのプロよりも、鈴木さんのように音楽を尊敬し、愛し続けられる人が、音楽祭を発展させられる。私も応援しますよ」と。この励ましは本当に心強かった。
 ・・・・・
本業のインターネットと音楽への思いが、人生の2つの支柱である。ネットも音楽祭も頼るべき海図や先例がなく、白紙の未来を自分の力で切り開く楽しさと苦しさがともにあった。』

C83e9a4562554831b70dbdd4be35c106

11月4日に掲載された為末大さんの記事は大変興味深かった。(「スポーツが開くことばの世界」シンポジウム 基調講演)
『スポーツ選手はいろいろな経験をします。その体験を言葉にするのが、好きな選手とそうでない選手がいます。・・・
私は言葉が本当に好きです。インターネットで活字や言葉が膨大に流れるなか、一番難しくなっているのは、良い言葉やストーリーに出合うことだと思います。
 ・・・・・
言葉は世界を整理します。私は競技力を高める上で言葉はすごく影響したと思います。私は専属コーチをつけませんでした。現役の18~34歳まで自分の学習を自分で試すしかなかった。そのとき支えてくれたのが言葉でした。
ただ、スポーツでどこかに意識を置くとそこに引きずられてしまう。一番いいパフォーマンスのときは、どこにも意識が置かれていない。イメージでいうと、矢印がどこかに向いていない状態になります。その感覚は非言語的です。
プレーの最中は非言語的な世界だと思ってください。コーチングでオノマトペで表現するのはよくないと言われていましたが、最近は重要ではないかと見直されています。・・・・・
選手はトレーニングの後に反省をします。いかに正確にどんな言葉を使うかで反省の精度が変わります。・・・事実と自分の意見を分けて整理する。これができないと分析も対応策も全部ゆがんでしまいます。
 ・・・・・
良い言葉というのは、たった一言で連鎖を生んでくれる。反対に、たくさん言葉を使っても選手の動きはよくならない。・・・
・・・無意識でできたことを言語化した瞬間、下手になることがあります。言語化しないほうがいい動きもあると思いますが、言語化しないとうまくならない。このあたりは私も答えは出ていません。
自分自身を言葉で定義することも重要です。過去の出来事や失敗を言葉にできるかどうかで、選手は学んだ感触になるだけか、実質的な学びになるか、その差が分かれます。言葉にできない選手は失敗を失敗としてとらえるだけになってしまいます。』

2019年11月12日 (火)

金属や木の中で その2

今年になっていろいろな松脂の情報が入ってきた。
まず、オーストラリアのLeatherwood Bespoke Rosin。Leatherwoodという名称は、木の枠に入った松脂が皮ケースに包まれているから、と早とちりしたけれど、素晴らしい蜂蜜のとれる木のことらしい。弾き心地は極上、弓毛が弦によくなじみ、うっとりするような感じ(値段も素晴らしい)。色の濃いもの(supple)と薄いもの(crisp)と2種類あり、さらに配合率をオーダーすることもできるようだ。僕の感触では薄い色の方が、なぜか音が飛びにくい気がした。
それからAndreaのSanctus(こちらも素晴らしい値段)。もともとAndreaのSoloを使っていて、さて。ドーナッツ状の黒い外周の中に、茶色の別の種類の松脂が入っている。ハイブリッド、という訳だ。使ってみると、ここまで来たか、と感じるくらい弦をとらえる力がある。Iさんが「コントラバスは松脂で弾く」と言っていたことが、なるほど至言である、と思えるほど。
夏を過ぎてM君が紹介してくれたのがニューヨークのBella Rosin。ちょっと弾いてすぐ気に入った。バランス良く使いやすい。2種類あって、青い包みのRecitalという方が好き。ピンク色の包みのConcertoは、確かにこれくらい必要なのかもしれないけれど、くきくきとした子音の成分が多く出る。

92f429d1732848d3b1145125b61fde41

しばらく前に、東急ハンズの端材売り場でたまたま見つけたのがピンクアイボリーという重く、とても硬い木だった。これをストッパーに使ったらきっとおもしろい、と思った。音にはちょっと癖があるけれど、よく締まった感じ。夏の工作で、時間をかけて磨いたらツヤが出てきて楽しかった。
昨年教えてもらったのが金井製作所のKaNaDeというストッパー。composite-inshulator.p2.weblife.me/lineup.html
かなり凝った作りで、楽器の振動を床に伝えず楽器に戻す、ということらしい。床が良く鳴るチェロとかコントラバスはある。それは弾いていて気持ちが良いかもしれないけれど、本来上に飛ばしたい音が床でキャンセルされている、ということなのかもしれない。リン・ハレルが石板の上で弾いて、すごい音だった、ということを聞いたことがある(もともとすさまじい音の人ではある)。それも同じ理屈なのかもしれない。大小2種類あり、僕は小さい方が好き。かなりいいと思う。楽器の調子も整うかもしれない。
滑り止めの上で使う設定なのだけれど、ひっくり返ってしまうことが無いわけではないので、枠を作ってひもを通せるようにし、椅子の足にかけられるようにしたら、と思いついた。東急ハンズで材料を加工してもらい、細部は自分で仕上げた。子供の時以来、柔らかいホオの木を削る夏の工作は楽しかった。昔のipodのような感じになった。おもしろいのは、この枠を使った方が響きが増えること。音は不思議だ。

Ff2567b7483e41358a8bfe87043bf8ac

少し前に刃物の研ぎ師を取り上げた番組の中で、彼が包丁をつくるにあたり、何十年も寝かせた鋼材を使う、という部分があった。このことをS君に伝えたら、それは金属の時効硬化というものですね、と返ってきた。調べると金属の中でも様々な変化が起きるらしい。
何年か前、シンバルを作る工程をやはりテレビ番組で取り上げていて、たたいておおよその形になった金属を1年寝かせる、その方が澄んだ倍音が出る、ということを思い出した。チェロで金属部品というとエンドピン、弦がまず思い浮かぶ。それらを気に入って使って、しばらくすると最初と印象が変わっていることがある。もしかして人間の側だけのことでなく、金属の中で起きていることとも関係があるのかもしれない。同じ銘柄の弦でも、製造して間もないものと、何年も前のストックでは音が違うのかも、と思う。昨日替えたヤーガーは何年も前に買って置いたもので、最初から明るい響きがして、新品特有の少しこもった感じはない気がする。気のせいかもしれない。
少なくとも、弦はくるくる曲げられねじられ、テンションのかかった状態でパッケージに入れられているから、それは伸ばして置いたほうが・・・。エンドピンは見附さんに作って頂いた鉄製のものが素晴らしく、気に入って使っているけれど、もしたたら製鉄による鉄でエンドピンを作ったらどんなものができるんだろう、と夢想する。金属の専門家で、チェロも弾く方がいたら教えを請いたいところです。

楽器や弓も変わる。本番の舞台に出て行く前と後では楽器の状態は違うとよく思う。人間の状態がかなり違うことは間違いがないけれど。弓もしばらく使っていると、あるいは使わないでいると印象が変わる。あれはいったい何だろう。木の中でも何かが起きているのかもしれない。

2019年11月11日 (月)

金属や木の中で その1

今年の夏、半分屋外のようなところで弾く機会があり、何年ぶりかでガット弦を外してスチール弦にした。空調の効き方で調弦がしょっちゅう狂うことに我慢ならなくなった、というもう一つの理由もあった。これまで何年も気にせず過ごしてきたのに、なぜだろう。
遠くない前にも一度、スピロコアを張ってみたことがある。わかってはいたけれど耳元であのじゃりじゃりした音がすることに耐えられず、1時間と経たないうちに外してしまった。
久しぶりに体験するスピロコアには様々な発見があった。一番驚いたのは、音を出す時のポイントがないこと。弓のテンションを少しかけると、いつの間にか音が出る。弓が滑っていってしまう、というのか。子供の頃から何十年も使ったのに、そんな大事なことに初めて気がついた。もう一つは、やはりあのじゃりじゃりした感じ。ものすごくたくさんの倍音が鳴るので、基音を感じることが難しい。ジャングルに踏み込んだら(入ったことはないけれど)背の低い茂みやら、草やら、落ち葉や何やらで地面がまったく見えない感じ。オーケストラを客席で聞いていると、低弦楽器の金属弦特有の倍音がよく聞こえてくる。あれがないと輪郭がぼやけて、多くの音の中からバスパートが聞こえにくいのは確か。でも基音が聞こえづらいことをいつも残念に思う。
学生の頃、Y先生門下の先輩がレッスンの時、開放弦を弾いて、少なくとも8つの音を聴くように言われた、という話しを聞き、不思議な先生だ、と思った。今はよくわかる。本当にたくさんの音が鳴っているもの。
そしてやはり不思議だったのは、あんなにうるさかった倍音が、1ヶ月くらいすると突然無くなること。11月になって気温が下がり、やかましいくらい鳴いていた虫たちの声がぐっと減ってさみしくなる、それに似た感じがした。あの倍音がなくなると、うって変わったように暗い音色の弦になる。

132da81e0e354465a3d2f015d36a4434

下2本をスピロコアにしたのと同じ頃、上にラーセンを張ってみた。わざわざ書くことは何もない、今のスタンダードの組み合わせだと思う。でも僕にはとても新鮮だった。強く、つぶれにくい上に、ラーセンの方が響きがつながりやすい気がした。扱いやすい。都響に来る様々なソリスト、CDなどで聴く様々な演奏も、この音色で弾いているのがわかる。素晴らしいのだけれど、均質過ぎる気もしてきて、ちょっと飽きてくる。
弦メーカーはそれぞれのウェブサイトで製品の張力を発表していて、なかなか興味深い。驚いたのは同じミディアムで比べるとラーセンよりヤーガーの方が強いこと、本当だろうか。計測の条件が違うのかもしれない。

湿度の高かった8月が過ぎ、9月も終わりになって、懐かしいオイドクサに戻した。スチール弦の後で力がなくてがっかりするかな、と思ったらそんなことはない。むしろ下の倍音は伸びている気がするし、音色も豊富、そして音を出すときの点が非常に明確。ここが気持ちいいんだな、とわかる(扱いに慣れがいるから人にはあまりすすめない・・・)。そして、やはり扱いに繊細さが必要なヤーガーを張ったら、あぁ、こういう良さがあった、と感じた。直接出ている音以外のどこかで楽器が鳴る。なるほどこれか、と思う。もしかしてこちらの音の方が通るかもしれない。

C280e8a23bba48e59bd8d6411ea96fe0

いつものセッティングに戻って落ち着き、これまで以上に特徴がわかる。でもあまり使わない弦を張っている期間も楽しく、たくさんのことを感じた。道具の優劣を判断するのではなく、使っているものの性格をよくわかって使うことが大切なのだと思う。それは楽器でも弓でも自分でもきっと同じだ。
四半世紀以上前、桐朋にアンナー・ビルスマが来てレッスンを受けたことがあった。彼が僕のチェロでロココのテーマを弾いてくれた時、自分の楽器が底までしっかり鳴っている、と驚いた。このチェロはこういう風に鳴るんだ、と思った。それは特別大きいとか、強いとか、美しい、とかそういうことではなく、楽器本来の音が出ている、という感じだった。彼は骨太で大柄、右手も左手も弦の真上から、そういう弾き方だったと思う。おそらく、裸ガットを弾くためにはそれしか方法が無いのだと思う。スチール弦はひねってもねじっても、斜めから弾いても音が出るから、便利で易しいけれど、もしかしてきちんとした弾き方を身につけるには遠回りなのかもしれない。

« 2019年9月 | トップページ | 2019年12月 »