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2020年3月21日 (土)

音楽の自然な流れが

学生時代、あれほど通った演奏会に行くことが本当におっくうになり、ずっと足が遠のいていた。今年は1月にイッサーリス、今月は2つの演奏会に出かけた。いずれも素晴らしい経験だった。

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3月12と19日、オペラ・シティでのサー・アンドラーシュ・シフ、ピアノリサイタルへ。
12日の演奏会、シフさんは1曲終わるごとに立って拍手に応え、またすぐ弾き始めた。19日は、曲間の拍手を控えるようアナウンスがあり、彼は曲が終わっても、鍵盤から手を離すことはほぼ無く、演奏を続けた。音楽をすること、ピアノを弾くことがごく自然で、一度その中に入ると、いつまでもそこにいられるようだった。音楽の自然な流れがあり、彼が鍵盤に向かうと、その流れを僕たちにも見えるものにしてくれるようだった。
演奏を全身で聴いている、けれどいつもあっという間に終わっていて、もっと聴いていたかった、と思う。川の流れに手をひたすことはできる、すくおうとすると、水が手のひらからこぼれ落ちてしまう、そんな感じだった。

12日のアンコール、イタリア協奏曲の第1楽章が始まったので、ということは2と3楽章も弾きますね、と思ったらその通りになり(17日の大阪いずみホールでは「ワルトシュタイン」ソナタを全曲弾いたそう(!))、その後のベートーヴェンが素晴らしく、さらにメンデルスゾーンがあり、ブラームスの有名な間奏曲が始まった時、まさか今日聴けるとは思いませんでした、本当にありがとうございました、と思った。さらにシューベルトが演奏され、シューベルトとは今ここにいることの心地よさ、というあるピアニストの言葉を思い出し、演奏を聴いている幸福感でいっぱいになった。

19日、開演前のアナウンスで、今晩の演奏はP.シュライヤーとP.ゼルキンに捧げられる、と伝えられた。二人の素晴らしかった演奏がよみがえるようだった。
演奏会はシューマン、ブラームス、モーツァルト、・・・。曲が変わる度、確かにその作曲家の音の世界はそうですね、と感じながら聴いた。プログラム最後の「告別」ソナタの後は、ゴルトベルク変奏曲のアリア。その美しさに、大きく拍手をするのがはばかられるようだった。それからソナチネアルバムに入っているモーツァルトのハ長調のソナタ(子供のように無垢だった)、ブラームスと続き、シューマンの「楽しき農夫」は意外で、チャーミングだった。この日も最後はシューベルト。

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2020年3月、あふれかえる情報に接しないわけにはいかず、ますます人生が断片的になっている気がする。他方で、このような時間の流れがあり、そこに身を任せることができたのは幸せだった。
演奏会の翌朝、いつものように楽器を出してさらった。これまで本当に雑多な音ばかり出してきた、と思う。今からでも遅くない。

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