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2020年5月28日 (木)

デュポールの練習曲

チェロを教えていて、何か練習曲を、ということになり、同僚や何人かの演奏家に聞いた後、デュポールに決めた。ポッパーはまだ早いし、3巻あるシュレーダーは僕が耐えられそうにない、と思った。
ほとんど練習曲を弾いてこなかった。ポッパーのハイスクールとほんの少しのピアッティ、グリュッツマッハーの第2巻は難しさとその分量に挫折・・・。デュポールを練習するのは初めて。以来半年と少したち、驚いたことにバッハの組曲を弾くのが楽になった。もう30年くらい早くさらっておけばよかった。少年老い易く、学成り難し、一寸の光陰軽んずべからず、・・・。

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パリのアンドレ・ナヴァラ門下に入るとまず、デュポールの7番を右手首を積極的に動かす練習に使う、と子供の頃教えられ、以来漠然と苦行のような印象を抱いていた。
デュポールの練習曲は21曲あり、7、8番が有名。楽譜を開けてみると、第1番はひたすら3度や6度の重音が続いて大変そうなので、他の番号をいくつか先に弾いてから戻った。第1番は美しい。バスパートが別にあり、2つのパートが合わさると音楽的に素晴らしく完結する。

対面でレッスンができなくなってしばらくして、確かどこかにデュポールのCDがあったはず、と探したら3曲も見つかった。ガブリエル・リプキンが7番を自由にアレンジして6連符で弾いているものと、ビルスマがスロウィックと録音した9番と11番。ロンベルクのソナタとのカップリングで、ケースには9番としか印刷されていないのに、11番も入っていることに気付いた時は、小躍りしそうだった。
ビルスマはどうして9番と11番を録音したのだろう。演奏は素晴らしい。アンナーさん、ご機嫌なテンポで飛ばしていますね、と言いたくなる。以前Yさんに、協奏曲を弾く時の彼は、本番になると練習よりずっと速く弾いて、大変なことに・・・、と聞いたことを思い出した。この録音を聴いた後でチェロを弾くと、何にしても重い音で、もたもたしているようにしか聞こえない。

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おそらく、チェロの練習曲を代表するのはポッパーだと思う。コンパクトで、技法が見事に凝縮されている。
岩崎洸先生がチャイコフスキーコンクールを受けに行ったとき、ポッパーの20番が課題だった。当時のソヴィエト代表は秘密主義で、練習の様子は外部に明かさない。予選が始まったらマイスキーはとてもゆっくりなテンポで20番を弾いた、と話された。
僕の学生時代、Hさんが、やはりチャイコフスキーコンクールのファイナリストが弾くポッパーの33番の録音を聴かせてくれた。それは信じられないくらい鮮やかな演奏だった。そして何と言ってもポッパーの素晴らしい演奏は、シュタルケルの録音だ。器が違いすぎることに打ちのめされる。

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デュポールを弾くと、ポッパーは断定的でいかめしく、重たいと感じられる。一方、こちらは次から次へと話題の出てくる、饒舌でお洒落な人と遊んでいるようだ。有名な7、8番は、やはり素晴らしかった。全体的に細かい音符が多く、重音もたくさんあるけれど、実際に音にしてみると、心の動きが引き出され、チェロや音楽の新鮮な可能性に触れられるようだ。

楽器の練習は、どんな方法でどんな内容で、どのくらいの時間、そうしたことばかり気にしてきた。晩年のトルトゥリエが、毎朝チェロのケースを開けるのが楽しみで仕方ない、と言っていたことを倉田先生に伺い、あぁそんな人がいるのかと、恥ずかしながら、驚いた。
どのように生きて、どのように世界が見え、どのように音楽が満ち、あるいは思い描き、それを実現するために、与えられた自分の心や体をどう使うのか、自分の出す音をどう聴くのか、毎日少しずつ耕すような、何かをつなぎ変えていくような、そういうことなのかもしれないと思う。

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