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2020年7月29日 (水)

ベートーヴェンの1番と2番

4ヶ月ぶりに都響の演奏会があり、7月12日はベートーヴェンの1番、19日は2番がプログラムの中心だった。ベートーヴェンの初期の交響曲を2週続けて丁寧に弾く機会はあまりなく、とても興味深かった。
この2曲をたどると、ベートーヴェンが様々な試みをしていたことがよくわかる。そして、次に書かれた交響曲が「英雄」で、もちろん1,2番の後の3番なのだけれど、その間には信じられないくらい大きな跳躍があることに思い至った。人間の素晴らしい能力に触れることがある。「英雄」の作曲はその一つだと思う。この曲が書かれた後、交響曲の世界はまるで違うものになったのではないだろうか。

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和声がなかなか主調に到達しない第1番の交響曲の始まり方に驚く。当時、どのくらいインパクトがあったのだろう。こういうことを最初の交響曲の冒頭で書いてしまうなんて。(同じような書方を思い起こしてみると、ラズモフスキーの1番や第九、そしてチャイコフスキーの弦楽セレナーデ、「フィレンツェの思い出」、・・・。)
4+2の、6小節フレーズのような第2楽章に続き、'Allegro molto e vivace'(!)と指示された第3楽章メヌエットを弾くと、「英雄」の3楽章はすでにここにありましたね、と思う。そしてこのような速い3拍子は第九の2楽章にも、もう少し広げると田園の3楽章、7番の3楽章にもある。1番の終楽章では「運命」のモチーフが早々と現れ、第2主題は提示部と再現部で見事に変化し、そのスムースさはまるで熟練の職人技のようだ。

演奏会の後、改めて楽譜を見ながら1、2番を聴いた。1番には穏やかな感じが、2番にはボディブローを喰らうような重さがある(幸い喰らったことはないけれど)。

僕が初めてベートーヴェンの2番を弾いたのは学生時代、アレクサンダー・シュナイダーの指揮だった。当時カザルス・ホールと桐朋学園が提携した演奏会がいくつかあり、その一つだったと思う。シュナイダーは強烈な人で、曇った分厚い眼鏡の奥の大きな目をぎょろりと動かし、練習が始まると「Out of tune!」と怒鳴り、二言目には「Go home!」だった。ひたすら怒鳴られていた。
僕が最もよく聴いた録音の一つが、カザルスがケネディ大統領の招きに応じてホワイトハウスで弾いた1961年の演奏会。その中にシュナイダー、ホルショフスキー(奇跡のように素晴らしいピアノ)と演奏したメンデルスゾーンの三重奏があり、僕はCDのライナー・ノーツへのサインをシュナイダーに求めた。するとサインをしたシュナイダーは、君はこのCDをたくさん買わなければならない、と言い、なんだか狐につままれたような気がした。
ベートーヴェンの2番を弾くと、今でもシュナイダーのオーケストラの情景が目に浮かぶ。

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この曲の、腹にこたえるような暗さはどこから来ているのだろうか。主調のニ長調に対して出てくるニ短調かもしれない、と思った。第九の第1楽章がずっしり重いのも、一つにはニ短調という調性があるのかもしれない。そして32分音符で始まる2番の冒頭からは、32分音符が特徴的な第九の第1主題を思う。
身の周りのことで言うと、2番の特徴は、ヴィオラ、チェロ、コントラバスがよく一緒に動くことだ。大人数で同じ音符を弾いて、これはちょっとうるさいんじゃないの、と思う時もあるけれど、スコアを見ると、全体的に声部があまり分かれていないことに気付く。もう一つ、いつも不思議な感じがしたのが、2楽章の、第2ヴァイオリンとチェロがユニゾンで旋律を弾いた後の、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの動き。提示部と再現部でも違っていて、何だか腑に落ちない。
1番の交響曲のコントラバスは、まさにダブルバス(1オクターヴ下の音域)で、ほぼチェロと同じ動きをしている。それが2番のこの箇所では、うまくフィットする異なる動きを探しているように見える。こうしたことを知ると、「英雄」のオーケストレーションはとても洗練されている、と感じる。

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2番の交響曲はごつごつしている。むきだしの骨組みに触れているようだ。弾き終えた後、3番を聴くと、乗り心地のいいサスペンションのついた、しかも座席にはクッションまである上等な車に乗っている気がする。これまでは風を切って進んでいたのだけれど、3番はなにか特別なものをまといながら滑らかに進む。7月12日が1番、19日が2番だった。もし翌週に3番の演奏会があったら、いっそう心を動かされただろうと思う。

2つの公演の模様は7月29日から、医療へのチャリティとして有料配信されます。(https://www.tmso.or.jp/j/news/9136/) また、9月16日の都響演奏会には「英雄」があります。

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