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2020年9月

2020年9月30日 (水)

9月の日経新聞から

9月をふり返ってみる。感染に関する報道が減ったのは、乱暴な言い方だけれど、この状況に慣れてきた、ということだと思う。

9月18日日経夕刊から、
『新型コロナウィルスの感染拡大に歯止めがかからない。世界の累計感染者数は17日、3000万人を超えた。インドが新たな感染拡大の震源地となり、移動制限を緩めた欧州でも感染者が再び増加した。米国などで新規感染者数は減少傾向にあるが、収束への見通しは立っていない。
 米東部時間17日夕時点の米ジョンズ・ホプキンス大の集計で明らかになった。8月10日に2000万人に到達してから、1ヶ月強で1000万人増加した。累計死者数は94万人超に達した。退院などによる回復者数は世界で少なくとも2000万人にのぼる。』

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9月11日日経夕刊から、
『英製薬大手アストラゼネカのパスカル・ソリオ最高経営責任者は10日、新型コロナウィルスのワクチンについて、年内に臨床試験(治験)の結果を当局に申請する計画は変わらないと述べた。ロイター通信などが報じた。深刻な副反応の疑いで治験を中断したが、早期再開を目指す。 ・・・
 オンラインイベントに参加したソリオ氏によると、治験には6万人が登録しており、まれな副反応を検知するのに十分な規模という。』

9月24日日経夕刊から、
『米日用品・製薬大手のジョンソン・エンド・ジョンソンは23日、開発中の新型コロナウィルスワクチン候補について最終段階の臨床試験を開始したと発表した。同社のワクチンは1回の投与で効く可能性があり最大6万人を対象に治験を実施して安全性と有効性を確認する。
 ・・・
 米国でコロナワクチン治験の最終段階入りしたのは、米モデルナ、米ファイザー・独ビオンテック連合、英アストラゼネカ・オックスフォード大連合に続く4例目となった。J&Jは9月、日本でも初期段階の治験を始めている。』

9月29日日経朝刊から、
『中国が開発中の新型コロナウィルス向けワクチンで臨床試験段階での大規模な投与が行われていることが明らかになった。現地報道によると接種者数は少なくとも35万人に達した。
 駐在員や留学生を海外渡航させるための緊急的な使用で、接種者らは「副作用は特に感じない」と話すが、安全性への懸念は消えない。 ・・・
 シノファームの資料によると「接種者のうち、ごく少数の人で発熱や頭痛などが起こるが自然に回復する」。シノパックは治験の第2段階までで、接種者(成人)のうち発熱の副作用がでた割合は1~3%、疲労感が2~8%、体の痛みは約10%で安全性に大きな問題はないと説明する。
 ただ、治験段階のワクチンで緊急投与を認めた国は中国のほかロシアやアラブ首長国連邦などごく少数だ。米国でも治験終了前の緊急接種が検討されているが、英アストラゼネカや米ファイザーなど欧米製薬9社は8日、ワクチン開発では安全を最優先するとの共同声明を出し、拙速な接種に懸念を示した。』

9月23日日経朝刊から、
『世界保健機関などは21日、新型コロナウィルスのワクチンの公平供給を目指す枠組みに156カ国が参加したと発表した。先進国が開発に先駆けて自国分のワクチンを囲い込もうとする中、途上国にも行き渡るようにする。2021年末までに20億回分のワクチン供給を目指す。
 ・・・
 米国や中国、ロシアなどは不参加。』

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9月30日日経朝刊に掲載されたビル・ゲイツ氏の寄稿文から、
『新型コロナウィルスのワクチンが来年初めには実用化されると予測されており、世界は科学的な偉業を成し遂げようとしている。しかし、ワクチンの生産と展開の戦略は失敗しそうだ。
 現在、ワクチンの国際的な入札合戦が起こっており、高所得国はすでに人口の2.5倍以上のワクチンを確保した。世界人口の半数近くが住む低所得国、下位中所得国には製薬会社と大口取引する購買力はない。ワクチンが行き渡らず、人口の14%しかカバーできない。
 言うまでもなく、貧困国にとっては悲惨な状況になる。しかし、あまり気付かれていない事実は、これが裕福な国にとっても災難となる点だ。
 ・・・
 どこかの国で感染を収束させる唯一の方法は、世界中で同時に収束させることである。最も喫緊の課題は貧困国と裕福な国のワクチンギャップを埋めることだ。
 ・・・
 来年実用化される見込みのワクチンはウィルスが人から人に伝染するのを防ぐのに非常に効果的かもしれないが、場合によっては軽症者の深刻化を防ぐにすぎないかもしれない。後者の場合には伝染を防げるようになるまで研究開発に投資し続けなければならない。
 新型コロナでは、自分を守ることと他者を守ることが同義である。利己的でも無私無欲でも、貧困国に感染症を収束するツールを供給すべきだという点に変わりはない。
 世界の人々がこのことに気付くのが早ければ早いほど、危機は早くに終息するだろう。』

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9月6日日経朝刊から、
『新型コロナウィルス感染症から回復した患者がしばらくして再び感染したとの報告が各国で相次いでいる。一般に最初の感染で免疫がつくと、抗体などが次の感染を防ぐとされる。新型コロナは抗体ができにくいか、回復後に抗体が減少するとの指摘もある。ワクチンの効果にも影響することから、研究者らはどんな人が感染を繰り返すのか原因究明を急いでいる。』

9月15日日経夕刊から、
『9月6日までの1週間に全国約5千カ所の医療機関から報告されたインフルエンザの患者数が3人だったことが厚生労働省のまとめで分かった。昨年の同時期の千分の一以下の水準。新型コロナウィルス対策で手洗いやマスク着用の習慣が広がった影響とみられる。

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9月8日日経朝刊から、
『ぴあ総研によると、新型コロナによるコンサートや演劇公演の中止・延期による損失は来年1月までで6900億円にのぼる見込み。政府による収容人数の制限が残るなか、各ホールは公演の質を落とさず採算が取れるしくみづくりを模索している。埼玉県三芳町の音楽ホール「コピスみよし(三芳町文化会館)」は集金アプリやチケット販売サービスを活用し、オンラインの「投げ銭」システムを導入した。公演を無料で動画配信し、任意で寄付を募る。
 8月23日の配信コンサートでは、当日と翌日の2日間で5万円が集まった。針ケ谷利治館長は「芸術文化を維持・支援する仕組みを作りたい」と意気込む。』

9月15日日経朝刊、渋谷陽一さんの「音楽ライブ配信の可能性」という記事から、
『最初に驚いたのは、韓国の人気男性グループBTS(防弾少年団)が6月に開催したオンラインライブです。3000円前後のチケットが何と約70万枚売れて、20億円くらいの収入があったそうです。わずか2時間でですよ。コンテンツはとても良くできてましたが、製作費に何億円もかけているとは思えない。恐るべき利益率です。
 あくまで推計値ではありますが、日本ではサザンオールスターズが18万人集めて約6億5000万円、星野源さんが10万人集めて約3億5000万円、・・・

司会 人気ミュージシャンだからできる技では?

渋谷 もちろん小さなライブハウスなどではBTSのような映像は作れない。でも実際にリアルで4、5人だったお客さんがオンラインで20~30人になるということがあちこちで起こり始めている。

司会 リアルがダメならみんなオンラインにいこう、ということですか。

渋谷 そう簡単ではない。俺はいい音楽を作ってオンラインで流したけれど誰も聞かない。オンラインなんてダメだ、というミュージシャンが必ず出てくる。それは違う。オンラインライブ時代に音楽はどう聴かれるのが良いか、一人ひとりのミュージシャンがよく考え、工夫しなければいけない。・・・
ミュージックビデオに目覚めて数十年。今度はオンラインライブに目覚める時が来ているのだと思います。・・・
・・・オンラインで新しい産業が生まれることによって、リアルライブはより一層魅力的になります。オンラインだけで充足するわけではない。オンラインとリアルのハイブリッド成長スパイラル。これが僕の描く音楽産業の明るい未来です。』

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9月24日日経朝刊から、
『クラシック音楽では3月8日、川崎市のミューザ川崎シンフォニーホールが提携する東京交響楽団の無観客コンサートを無料配信し、約10万人が視聴した。7~8月には全17公演という、コロナ禍では世界でも例のない大規模なクラシックの音楽祭「フェスタサマーミューザKAWASAKI」を開催。入場者は定員の3分の1に絞ったが、1公演あたり千円のオンライン鑑賞券を販売し、およそ9千枚が売れた。
 「有料で配信する以上、ホールに来ているように本物の演奏を楽しんでもらいたい」(ミューザの前田明子さん)と経済産業省の予算も得てカメラ8台を配置。テレビの音楽番組さながら、オーケストラの演奏風景を様々な角度から撮影するなど臨場感を伝えることにこだわった。
 ・・・・・
 ニッセイ基礎研究所の吉本光宏研究理事は「音楽を伝えたり、聴いたりするインターネット技術は配信する側、視聴者側ともに進歩している。コンサートやCDとも異なる『オンラインリアル』という市場が新たに生まれたのではないか」とみる。
 もっとも、オンライン配信を軌道に乗せるにはコスト面の課題が残る。サマーフェスタも映像制作、配信に約2400万円かかった。半分は国の補助があったとはいえ、オンライン鑑賞券の収入だけでは支出を賄いきれなかった。・・・ただ、コロナ収束後もオンライン配信が音楽ホールの新たな収益源として検討されていくのは間違いない。』

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9月15日日経夕刊から、
『米国で2020年1~6月期のレコードの売上高が1980年代以降で初めてCDを上回った。音楽配信サービスの普及でCDの販売が低迷する一方、新型コロナウィルス禍で家庭でレコードをかける人が増えている。
 ・・・
 CDの販売が減少している最大の要因は、音楽配信サービスの普及だ。消費者はCDを購入せずに、音楽を聴くようになっている。配信サービスは20年1~6月に12%増え、売上高は47億9700万ドルと楽曲全体の約85%を占めた。』

何年も前からレコードを聴きたいと思っていて、昨年秋、消費税率が上げられる前に、それなりの心づもりをしてレコードプレーヤーの試聴に出かけた。考えていた予算の倍の値段のプレーヤーを聴いたら、圧倒的に良く、買うなら無理しても良いものか、あるいは買わないかのどちらか、と思った。以来、そのまま。
導入する費用はもちろんだけれど、そもそもレコードプレーヤーやレコードを置くスペースが、という大きな問題があり、いつもあきらめてしまう。

2020年9月18日 (金)

ベートーヴェンの3番

9月16日の都響公演、プログラムのメインはベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」。
今年7月に新鮮な気持ちでベートーヴェンの1,2番を弾いた。そして今月、これまで幾度も弾き、オーケストラのレパートリーの重要な所に位置する「英雄」を、やはり初めて弾くような気持ちで弾いた。素晴らしい時間だった。

他の多くのベートーヴェン作品のように、「英雄」の始まり方も個性的だと思う。主和音が2度、強く打ち出されてから、第2ヴァイオリンとヴィオラの八分音符に乗ってチェロの旋律が始まる。

旋律が7小節目でド♯に行くことを、以前アラン・ギルバートは特別なこと、と言い、今回の大野和士さんもレからド♯に移る時を、と言った。本当に素晴らしい瞬間だと思う。変ホ長調の安定した響きの中に、一瞬翳りのようなものが見える。でも、まるでそんなことはなかったかのように、すぐに元の世界に戻る。

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作品61のヴァイオリン協奏曲ではティンパニの4つの音の後に、オーボエの旋律が続く。この冒頭は、主和音を2つ鳴らす「英雄」の経験の後に書かれたのだろうか。そして、ラズモフスキー第1番(作品59の1)の冒頭でも、第2ヴァイオリンとヴィオラの八分音符にチェロの旋律が乗る。(和声の構造や、旋律で始まる、という違いはある)
ラズモフスキーとの関連で言うと、「英雄」終楽章の404小節からの弦楽器のリズムは、ラズモフスキーの1番の、やはり終楽章に出てくるものとほとんど同じ。弦楽四重奏の方がテンポも速く、ずっと難しいけれど。

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「英雄」の第1、3楽章は3拍子。この二つの楽章を弾いていると、3拍子のリズムの豊かさ、躍動感に充たされる。
今回スコアを見ていておもしろいと思ったのは、第1楽章の124小節からの四分音符。半ば習慣のように、2拍目より3拍目を弱く弾く。でもその弱く弾く3拍目にはトランペットとティンパニ、という強い音の楽器が入り、しかも入り方が不規則・・・。興味深いことに、再現部ではその二つの楽器は2、3拍どちらも演奏する。でも入り方はやはり不規則に見える・・・。

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「英雄」のティンパニの使い方は素晴らしいと思う。特に終楽章のクライマックス、短い3連符のアウフタクトは大好きだ。

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2番の交響曲と比べた「英雄」の特徴は、スムースに旋律が運ばれていくことだと思う。そして、その理由を僕の身の周りで探してみると、チェロとコントラバスの働きが分化し始めていることではないか、と思う。例えば第1楽章の展開部、284小節からのフレーズでは、チェロは倍音の乗りやすい音域でオーボエを支え、コントラバスは変わらずバスパートを弾いている。

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コントラバスの動きで言うと、第2楽章の冒頭は当時、どのくらい斬新だったのだろう。2020年の今でも、僕には斬新に響く。

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木管楽器と弦楽器の音域を考えた時、クラリネットはヴィオラに、ファゴットはチェロに対応すると思う。でも「英雄」の終楽章、373小節からのフレーズではクラリネットの6連符はチェロとユニゾン、ヴィオラはコントラバスとユニゾンで動く。作曲者はこの楽器の組み合わせにどんな色彩感を持っていたのだろう。

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また、第3楽章の144小節からはファゴットとヴィオラがユニゾンで、少し軽い音域のバスパートを受け持つ。ここの感じは絶妙だと思う。

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終楽章の328小節からしばらく、チェロとコントラバスが16分音符でシ♭・ラ・シ♭・ラ・・・、と引き続ける。僕は7番の交響曲の終楽章でチェロとコントラバスがミ・レ♯・ミ・レ♯・・・、とやはり半音で弾き続ける箇所を連想する。

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16日の演奏会の前半は、やはりベートーヴェンの三重協奏曲。作品56のこの協奏曲は、短くて美しい第2楽章からアタッカでロンド形式の終楽章に入る。この書き方は作品61のヴァイオリン協奏曲と同じ。

前述のように、ヴァイオリン協奏曲はティンパニの4つの音で始まり、長大な第1楽章の間、4つの音の動機は陰になり日向になり、様々な楽器によって現れる。見事な書法だと思う。この書法をさらに推し進め、同じ動機を全曲を通して使ったのが、作品67の交響曲第5番ではないか、と思う。

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ずいぶん長いこと、ぼんやりと音楽に接してきた。それでも少しずつ、目や耳や心が開き始めると、その度にこうした音楽を作ってきた人たちのすごさに圧倒されるばかりだ。

この日記ですでに引用したのだけれど、チャールズ・ブコウスキーがこんな文章を書いている。(2015年12月の日記です。http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-9a57.html)

『・・・クラシック音楽がわたしの拠点だった。そのほとんどをわたしはラジオで聴き、今も聴いている。そして今の今でさえ、力強くて、新鮮で、これまで耳にしたことのない音楽を聴くたびに、変わることなく驚かされている。・・・何世紀にも何世紀にもわたる、偉大な音楽の汲めど尽きない豊かな泉に、わたしは心底驚愕させられている。ということはそんなにも多くの偉大な人たちがかつて生きていたというわけだ。・・・ひょっとして、いつかそのうち、誰かが、どうしてクラシック音楽には驚嘆に値する人物のすさまじいまでのパワーが込められているのか、そのわけを教えてくれることにならないだろうか。・・・』

音楽に接していて、とうてい自分と同じ人間が書いたとは思えないことが、度々ある。でも最近、作曲家の大きさに圧倒される思いから、時々自由になることが、と思うようになった。同じように、多くのエネルギーを注いできた音楽やチェロから自由であることも、きっと大切だと思う。

限りない畏敬の念を抱くこと、心からの愛情とエネルギーを注ぐこと、そしてとらわれないこと。そうしたことがほんの少しでも実現できたら、もしかして良い演奏に近づけるのかもしれない。

2020年9月15日 (火)

儀式のように

9月も半ばになって思い出した。9月はGREEN DAYの "Wake me up when September ends" を聴き、10月になったら聴かない。何年か前、FMから流れたのが耳に残り、9月に聴くことが儀式のようになった。
東京も秋の空気になり、夜の散歩から戻って、久しぶりに "Wake me up ・・・ " を聴き始めた。

このところの僕はクラシック音楽ばかり聴いている、と言っていいかもしれない。昨日からはプーランクのピアノ曲を。本当に素敵だと思う。その前はバッハのマタイ受難曲やロ短調ミサ、モーツァルトのレクイエム、シューマンの詩人の恋などを聴いていた。以前とは違う心のどこかに音楽が入っていく感覚がある。

GREEN DAYを聴いてうらやましいことの一つは歌詞。

"Here comes the rain again
 Falling from the stars
 Drenched in my pain again
 Becoming who we are

 As my memory rests
 But never forgets what I lost
 Wake me up when september ends"

こうした歌詞は、僕が普段接している音楽の範囲にはなかなかない気がする。21世紀には、21世紀に適した言葉があるのかもしれない。
そして "Wake me up ・・・ " を聴くといつも、まさにそこ、という場所で歌詞に絡むベースギターを弾けたら、気持ちいいだろうな、と思う。

2020年9月10日 (木)

シューマンの3番

今日からシューマンの交響曲第3番のリハーサルが始まった。僕がシューマンの素晴らしさに目を開かされて初めて(2020年8月の日記をご覧下さい http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-d6c6ef.html)、久しぶりに弦楽器14型の大きさのオーケストラで弾き、様々なことが思い浮かんだ。

第1楽章の再現部、ファゴットとチェロ、それからクラリネットとヴィオラで演奏される2小節フレーズは、ブラームスの3番の主題を思わずにいられない。そもそもシューマンの3番とブラームスの3番の冒頭のリズムは、こちらが3拍子のヘミオラ、あちらが6拍子という違いはあるにしても、似ている。ブラームスはシューマンへ敬意を表して、同じ番号の交響曲で同じリズムを用いたのだろうか。(二人はどちらも4曲の交響曲を書いた。)

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第4楽章の冒頭、管楽器のコラールに対する弦楽器の3連符のピチカートは、指揮の大野和士さんも言っていたけれど、第九の第3楽章のピチカートを思い起こさせる。

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終楽章、148小節からの2小節間でクラリネット、ファゴット、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの演奏するシ・ラ・ファ・レ・・・、という音型はシューマンのピアノ五重奏、第1楽章繰り返しの第1カッコと全く同じ。フレーズの行き先の座りはピアノ五重奏の方が良いと思う。

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やはり終楽章の255小節からのフレーズ。もしニ長調で書かれていたら、マーラーの「巨人」の終楽章、クライマックスへの入り口に聞こえるかもしれない。金管楽器の後のヴァイオリンの動きまで似ている。(もちろんシューマンが先に書いた。)

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僕の一面的な聞き方でも様々なことが聞こえてくるのだから、つながりを思い起こさせる音型は、きっと他にも多くあると思う。(交響曲ではなく、そしてこれはよく知られたことと思うけれど、シューマンのピアノ協奏曲の冒頭、オーボエが吹く旋律のリズムは、シューベルトのアルペジョーネソナタの旋律のリズムと似ている。)
このような関連を感じるのは、勘違いかもしれない。あるいは優れた作曲家なら誰でも思いつくことなのかもしれない。でももしかして、作曲家たちは世代を越え、意識の下でつながっているのだろうか、と思う。地下深くの水脈を共有しているように。

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2020年9月 9日 (水)

体の動きから

9月6日の公演は東京芸術劇場の舞台を広く使い、後方に都響がいて、ラヴェルのピアノ協奏曲とアルヴォ・ペルトのフラトレスの2曲には、Noism Company Niigataのダンスが入った。

音楽は感情を表現することに適した形だと思う。そしてNoism Company Niigataの体の動きからは、不思議な感覚だったのだけれど、感情が見えるようだった。喜びや悲しみ、怒りになる前の、感情の原型とでも言うべき何かが現れていて、そのことに心を動かされた。視覚的なダンスと聴覚的な音楽、この二つは表現を共有しようとしている、そういう時間だったと思う。

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ラヴェルのピアノ協奏曲は第2楽章のみ。ピアノ(江口玲さん)とコール・アングレの美しいやり取りは今も頭の中で鳴っていて、幸せな気持ちになる。
ペルトのフラトレスは、学生時代にCDを買い、聞き、チェロアンサンブル版を弾いたりもした。自分の中で長く眠っていた音楽を、半年近い休止の後の演奏会で弾くことには感慨があった。(ヴァイオリンソロは矢部達哉さん)
そのCDには黒田恭一さんが1984年に書いた解説があり、このように始まっている。

『いつだってページはひっそりと捲られる。音楽のページの捲られたことにききてが気づくのは、新しいページが始まってからにきまっている。』

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