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2020年12月30日 (水)

世界史の年表に

今月、昔からの友人にチェロの弓について様々なことを尋ねられ、彼がどんなことを感じているのか、何を求めているのか、楽しいメールのやり取りがあった。一本一本の弓に世界があると思う。

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今年、経験や様々な思い込みを捨て、素の自分と向き合って練習した。
優れた演奏家と自分と何が違うのだろう、と考えた時、自分の出した音、発した音楽をどれだけ正確に把握できているか、きっとそこだろうと思った。そして返ってきた音に対して、どのように動くのか、そのフィードバックのループがとてもスムースにつながっている。心と楽器の間にすき間がなく、頭で考えるごちゃごちゃとしたことや、意識のようなものが邪魔をしていない。

同じように、弓に触れている右手と、弦や指板に触れている左手が、弓や弦をよく感じていて、加えた力に対して返ってきた反応にどのように答えるのか、ということもきっととても大切だ。
誰かと話をするときに、こちらのことだけを一方的に喋らないように。あるいは、猫に触るときに、その猫のことを感じながら触るように。そんな当たり前のことを言うな、と怒られそうだけれど。
(おそらく、どのように弓を持って、どのように楽器を構えて、どのような姿勢で、どのような弓使いで、指使いで、・・・、そうしたことはそれほど重要ではない、と思う。)

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毎朝、この楽器とこの弓はいったいどんな音がするんだろう、と思って弾き始める。
今のチェロとは四半世紀以上の付き合いになる。でも、もしかしてこの楽器のことを僕はよくわかっていないかもしれない。何本かある弓についてもそうかもしれない。実際、何年も使ってきた弓が時々に見せる内面的な顔、そしてそれによって引き出されるチェロの可能性には、はっとさせられることがある。
30年以上前、音楽を志す大きな転機となった草津の音楽祭で、あるピアニストに、音楽家になるなんてやめておきなさい、あの素晴らしい演奏家たちでさえ毎日練習しなくてはならないんだから、と言われた。その時、この人は不思議なことを言う、と思った。演奏を職業とするようになり、楽器に触れることを辛く感じる日々はあった。でも今は、昨日とはほんの少し違う自分で新たに音を出せることを幸せに思う。

9月から演奏会が再開され、また楽器を持って電車に乗るようになった。
比較的空いていた電車に小さな子供を連れた家族が乗ってきて、その子供が僕の持つ楽器を指し、あれなに?、と親に聞く姿を見ることが度々あった。物心がつき始めた子供たちにとって、半年近い巣ごもり期間が過ぎ、ほとんど初めて接するまぶしい外界で、大きなチェロはとても不思議なものに見えただろう。でもいつも若い親たちは、静かに、とたしなめるばかりだった。僕もよく、なんで?どうして?と親に聞いていた記憶がある。
その子たちの好奇心を満たしてあげたいと思ったけれど、そうしたことが難しい状況になった。

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外出するとほぼ全ての人がマスクをしていて、顔の下半分の表情が見えない。小さな子供たちに世界はどのように見えているのだろうか。そして彼ら彼女たちはどのように表情を獲得していくのだろう。
以前よりさらに消毒が行われるようになり、様々な雑菌に触れる機会が激減したと思う。僕のような少々古くなった人間はともかく、子供たちに何が起きるのだろうか、それとも何も起きないのだろうか。10年くらい過ぎた時、2020年の影響で思いもよらないことが起きているのだろうか。

もし百年後にも世界史の年表があるなら、2020年の新型コロナウィルスの感染拡大は大きなトピックとして記されていると思う。五大陸の全てで人類が同時に同じウィルスの感染にさらされることはこれまでなかった。

ワクチンの接種が始まり、来年をどうにか過ごして再来年は、と思っていたところに、変異種の流行が報道されるようになった。
先月の新聞記事をさかのぼると、すでに感染力の高い変異種のことを様々な研究者が指摘していたことがわかる。(11月30日の日記の中ほどをご覧下さい http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2020/11/post-1c09ea.html
)彼らはとても重要なことを発信していたのだけれど、当時は大きく注目されることなく時間が過ぎ、さらに感染が広がった。こうしたことはきっとこれまでも起こっていたし、残念ながら、これからも起こるのだろうと思う。

12月の新聞記事を見返していると、アメリカでは人口あたり17人に1人の感染者、1000人に1人の死者、とあった。また、英エコノミスト誌の記事で、『01~18年にパンデミックが発生した133カ国について調査した国際通貨基金の報告書によると、感染症発生から約14ヶ月後に社会不安の事例が急増し、24ヶ月後にピークを迎えていた。』とあった。

来年のことを言うと鬼が笑うと言う。でも足りない頭で考えてみる。
シナリオA:ワクチン接種が主要な事案になり、効果があり、1年かけて普及し、再来年、世界はかなり平常に動くようになる。
シナリオB:変異種が手強く、あるいはワクチンの効果が上がらず、長引く。
シナリオC:さらに別の感染症、あるいは自然災害が発生し、混迷する。

ずいぶん前、致死率の高いエボラ出血熱に関する本を読んだ。不思議なことに、水がひいていくように感染がおさまっていく、と書いてあったと記憶する。今回もそういう幸運が起きるとよいのだけれど。

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