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2022年10月30日 (日)

管弦楽のための協奏曲

久しぶりにバルトークの、管弦楽のための協奏曲を弾くことになり、少しずつ準備をしている。

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この曲を初めて弾いたのは、桐朋に入った年の学生オーケストラだった。指揮は井上道義さんで、プログラムはバルトークの弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽、ベルクのヴァイオリン協奏曲、そして管弦楽のための協奏曲というもの。盛りだくさんで興味深い、でも学生オーケストラにはちょっと荷が重かったかもしれない。

その頃の桐朋学園のオーケストラはほめられたものではなかった。

ソロや室内楽ばかりで、オーケストラは片手間という認識だったと思う。学生が製本したパート譜を使うのだけれど、初見で来たプルトはリハーサルが始まってから、製本ミスでページが欠けていることに気付き、あたふたするありさま。早々に、井上さんは「かつての栄光はどこに・・・」と嘆き、その時たまたま桐朋を訪れていた小澤征爾さんは「ワセオケ(早稲田大学交響楽団)の方がうまい」と仰った、と聞いた。

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クラシック音楽の世界を一本の大きな樹木に見立てたとき、その太い幹を構成する素晴らしい作品群の中に、残念ながらチェロのソロのレパートリーは、ほぼ入らない気がする。バッハのチェロ組曲やベートーヴェンの5曲のソナタ、ドヴォルザークやシューマン、ショスタコーヴィチの協奏曲・・・、そうした多いとは言えないレパートリーを繰り返し演奏するのも良いかもしれない。でもチェロのソロというこだわりを離れると、驚くほど豊かな世界が広がっている。

同じ人間とは思えないほどの能力を持った作曲家達が、本当に素晴らしい仕事をした作品の多くは、やはり交響曲をはじめとする管弦楽作品、オペラ、ソロ楽器ではピアノの作品と思う。

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管弦楽のための協奏曲を弾くたびに、あの時の光景を思い出す。一週間くらいあったリハーサルの期間、練習が終わった桐朋に残ってさらったこと、図書館で借りたブージー&ホークス社のポケットスコアをコピーし、製本して自分のスコアを作ったこと。

それから30年以上たち、自分がオーケストラの仕事をするようになり、これがどれほど尋常ではない素晴らしい作品なのか、少しわかるようになった。

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昔、無我夢中で弾いた曲のそこここに、何と言ったら良いのだろう、胸が痛くなるようなバルトークの鋭敏さ、深い奥行きを生み出す巧みなオーケストレーション、常人離れしたフレージングの素晴らしさ、一つ一つのモチーフの扱い方の信じられないような創意工夫、そうしたものがあふれている。

当時聴いたCDは今もある。ズービン・メータ指揮ベルリンフィルの演奏。

録音は、おそらくマイクをそれぞれの楽器から離して置き、個々の奏者の音よりは全体を一つとして捉えようとしている。演奏も、全体が見事に調和し、一人一人の奏者が全体の中での自分の立ち位置や役割を把握して、演奏しているように聞こえる。

とてもスムースなので、これがどのくらい素晴らしい演奏なのか、どのように素晴らしいのか、当時はわからなかった。同じCDを聴くことができるのは、とても幸せだと思う。

大切なことは最初から目の前にあった。でも僕がそのことに気付くには、ずいぶん長い時間が必要だった。

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