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2023年4月11日 (火)

マーラーの7番

バーンスタインが指揮したウィーンフィルのマーラー5番をあまりによく聴いて、僕は曲とこの演奏が不可分になってしまった。音色、リズム、そして何より、腐る寸前まで熟した果物や肉のような濃厚な何かがあり、本当に素晴らしいと思う。

でも実際に演奏をする時には、たとえどれほど素晴らしくても、一つの演奏に縛られない方がいい、と思うようになった。今は大きなレパートリーに取り組む時は、できるだけ複数の演奏に接するようにしている。

マーラーの交響曲第7番は、もともとバーンスタインの全集で持っているのだけれど、見通しが良いとは言い難く、図書館やストリーミングサービスで様々な演奏を聴いた。

クリーブランド管弦楽団、と言えばジョージ・セルの指揮を連想する。ブーレーズの指揮で最近のこのオーケストラの音(1994年録音)を聴き、力で押し切るのではなく、品があって、改めて素晴らしい団体と感じた。バーンスタインの演奏からすると、客観的過ぎると感じるかもしれない。
(ジョージ・セルが指揮した録音は、どれも磨き抜かれた演奏だけれど、ある録音は、ある楽器の奏者の演奏が明らかに不調のまま入っていて、オーケストラ弾きとして聴いていて辛くなる。指揮者はとても厳しい人だったのだろうか・・・。)

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学生時代、前述のように5番の交響曲は聴いていて、では7番でも聴いてみよう、と求めたのがクルト・マズア指揮ゲヴァントハウスのCD。聴いてはみたものの、5番とはまるで別の曲で、ぼんやりした僕にはとらえどころがなく、30年くらい棚で眠っていた。
つい先日聴き、驚いた。1982、83年、ドイツが東西に分かれていた時代の録音。見事に引き締まったオーケストラの音で、それぞれの楽器のソロも素晴らしい。ホルンはヴィブラートがかかり、旧ソビエト連邦のオーケストラを彷彿とさせる。バーンスタイン&ウィーンのマーラーが官能的なのに対して、こちらはショスタコーヴィチのような厳しさがある。
僕は83年と85年の2回、当時の東ドイツに行った。壁の向こうの国は、日本にいては想像もできない世界だった。(「37年前の演奏旅行」をご覧下さい。)
また、オイストラフについてのドキュメンタリーの中で、ロストロポーヴィチが、当時の体制の中で、音楽だけが太陽に向かって開かれた窓だった、その気持ちは西側の人にはわからないだろう、と語ったことを思い出す。
壁があった時代、ライプチヒの音楽家たちが、このように素晴らしいマーラーを演奏していたことに、心動かされる。

現代のオーケストラの素晴らしさを堪能できるのは、マリス・ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の2016年の録音。
高級スポーツカーに乗っているよう(乗ったことはないけれど)。高性能で、奥行きがあり、官能的で豪華、どこにも不快なところがない。聞こうとしたらできたのに、マリス・ヤンソンスの演奏を実際に聞かなかったことをとても残念に思う。

 

5番はよく聴いたけれど、7番は馴染めない、とこぼす親に書いたのが下記の私流聴き方ガイドのようなものです。読み飛ばして頂けたら、と思います。言及しているCDや分数はヤンソンス&コンセルトヘボウの演奏です。
終楽章の説明の中で、空耳できらきら星変奏曲が聞こえる、と書いていますが、今日のリハーサルで大野さんは、その部分はオッフェンバックの引用、と仰っていました。


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マーラー:交響曲第7番「夜の歌」
5つの楽章から構成され、第1楽章の規模が最も大きく、真ん中に速い3拍子の第3楽章、その第3楽章を挟むように「夜の歌」と名付けられた第2、4楽章が置かれています。終楽章はロンド形式、主題が形を変えて幾度も現れます。


第1楽章
付点音符のリズムに乗って現れるのが、「テナーホルン」によって奏されるゆっくりとした旋律、すぐ木管楽器、チェロ、トランペットと次々に受け継がれます。この流れを追いましょう。
だんだんテンポが速くなり、お送りしたCDで3分45秒頃に主部に入ります。チェロが弾くモチーフが重要です。このモチーフをよく覚えておいて、様々な楽器、拍子に変化して現れるのを追っていくことが鍵になると思います。


第2楽章「夜の歌」
4拍子、2つのホルンが1つの旋律をかけ合います。この旋律が他の楽器、木管、弦楽器、金管楽器に受け継がれます。この流れを追いましょう。時々ヴィオラのソロがあります。
途中、鈴(カウベル)が鳴ります。これは家畜の群れを模しています。弦楽器のコル・レーニョ奏法(弓の、木の部分で弾く)の叩くような音が聞こえます。
中間部は暗い響きになり(7分40秒頃)、まずオーボエが旋律をとり、その後2本のチェロが加わります。物憂げで、美しい。


第3楽章スケルツォ
速いテンポで目まぐるしく動きます。一つながりの旋律線に聞こえますが、細かく様々な楽器が受け継いで行きます。実際の演奏を目にすると、きっとそのことがよくわかると思います。オーケストラの能力が問われる部分です。
2回、コントラバスとチューバが絡むソロがあります。低音楽器のソロは、とても個性的です。


第4楽章「夜の歌」
ゆったりとした2拍子、独奏ヴァイオリンのオクターヴの跳躍で始まり、ギターとマンドリンが加わる大変珍しい編成です。それまでの大規模なオーケストラが急にこぢんまりとして、親密な感じになります。こうしたコントラストのつけ方がマーラーの巧みなところと思います。
ヴァイオリンソロの旋律はチェロソロやヴァイオリンtuttiの形でも現れます。

第4、5楽章の特徴として、同じ音程で構成されるモチーフがよく現れます。このモチーフを追うことも、作品後半の鍵になると思います。


第5楽章ロンド
ティンパニで勇ましく始まり、華やかな旋律がトランペットに、さらに弦楽器に受け継がれ、オーケストラ全体の強い音楽になります。この時ヴァイオリンの旋律の裏で、木管楽器が演奏する名人芸的な16分音符の細かい動きも、重要なモチーフです。
ハ長調の響きに、遠い変イ長調の和音がかぶせられ(1分38秒)、曲は次の部分へ進みます。
ロンド、同じ旋律が幾度も回るように現れる形式です。最初の旋律が様々に形を変えて(楽器を変え、拍子を変え)現れるのを追いましょう。
弦楽器の力技が求められるのが、7分35秒頃と11分7秒頃から始まるフレーズです。特にそれぞれ7分52秒頃と11分30秒頃からの八分音符の連続はとても技巧的です。弦楽器セクションの力量が問われます。

本筋ではありませんが、12分53秒頃からの、同じ音のモチーフが続くフレーズは、きらきら星変奏曲の主題のようにも聞こえます。

曲の最後はハ長調(ド・ミ・ソ)の輝かしい響きに包まれます。ただ、最後から2小節目だけ、ソが半音上がり、配置も変えられて(ソ#・ド・ミ)、一瞬不思議な響きがします。見事なひねりの加えられた着地と思います。

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