2023年の公演を振りかえって (1)
今年の印象深かった演奏会を振りかえってみる。(特に記していないものは都響の公演です)
1月8日サントリーホール、小林研一郎さんの指揮でチャイコフスキーの4番など。
これまでのように強く、激しい音が求められるだろう、と思っていたら、小林さんは「そんなに強くお弾きにならないで」と仰り、驚いた。音楽の陰影がいっそう深く感じられる公演だった。
1月20日東京文化会館、ヨーン・ストルゴーズさんの指揮したマデトヤの交響曲。前半にシベリウスのヴァイオリン協奏曲があり、ソロはペッカ・クーシストさん。
シベリウスの協奏曲はヴィルトゥオーソピースで、ヴァイオリニストは鬼気迫った様子で弾く、という僕の印象を覆す演奏だった。リハーサル時のクーシストさんは、ほんの少し低めの音程で、感情的なヴィブラートはなく、一方で右手で弓のヴィブラートをかけているようにも見え、不思議な感じがした。
この日の白眉は彼がアンコールで弾いた二つの「Finnish traditional music」だったのではないかと思う。かすかに足音を響かせながら、音楽がホールに立ち昇っていく。自然な旋律と、体が動いて刻まれる拍、これがまさに音楽ですね、と感じた。
プロムスでの映像を見ると、聴衆まで巻き込む彼はただ者ではないことがわかる。
https://youtu.be/gpN2k5zz81o?si=DUMSqK3WKdpRns-Q
彼はオーケストラの演奏を興味深そうに見ていた。来年4月、再び都響に来る公演が楽しみ。
https://www.tmso.or.jp/j/concert/detail/detail.php?id=3776&my=2024&mm=4
2月14日サントリーホール、ヤン・パスカル・トルトゥリエさんの指揮でフローラン・シュミットの協奏交響曲など。(ソロは阪田知樹さん)
ライブラリのIさんに「難しいよ」と言われていたけれど、久しぶりにすごいのが来た、と思った。難曲。音楽自体はロマンティックで美しい。ただ書法がとても込み入り、精密に書かれたスコアは理論的には可能だけれど、複雑な声部の重なりを聴き分けられる人はどのくらいいるだろう。
3日間のリハーサル、当日のゲネプロでも指揮者は頻繁に止め、一度も通すことなく本番を迎えた。あの日、皆が集中して演奏できたことは奇跡のようだった。
2月23日サントリーホール、ディヴィッド・レイランドさんの指揮したシューマンの3番など。
繊細な指揮をするレイランドさん、ゲネプロではほとんど言葉を発さず、オーケストラを見事にひきつける演奏だった。
3月27、28日サントリーホール、大野和士さん指揮でリゲティ:マカーブルの秘密など。パトリツィア・コパチンスカヤさんが一大旋風を巻き起こした公演。
本番前の舞台袖で、彼女はあるオーケストラ奏者と話をしハグをした。どんな話をしていたのですか、と後で尋ねると、その奏者はヴァイオリン協奏曲で鍵となるパートを担当していたのだけれど、コパチンスカヤさんは、あなたの演奏に乗るから、と伝えたそう。常人離れした能力と舞台上での華やかなパフォーマンスの一方、このように細やかな気遣いがあることに心打たれた。
4月13日サントリーホール、15日愛知県芸術劇場、16日大阪フェスティバルホール、大野和士さん指揮でマーラー7番。
僕にとって謎の多かった曲。少しでもその音楽に近づけただろうか。
5月6日プリモ芸術工房、昨年に引き続き自分の演奏会。長尾洋史さんのピアノでブラームスの2番のソナタなど。
オーケストラの仕事をしていると、そこに全ての時間を使われてしまうほど広く、深い世界に入ることができる。一方、素の自分に向き合う時間も大切で、本番の舞台で自分がどうなるのか、どう動けるのか、実際に経験させて頂く機会は本当に有り難かった。
来年も5月、無伴奏のプログラムを考えています。
5月12日東京文化会館、山田和樹さんの指揮で三善晃作品。
僕が桐朋に在学していた時の学長が三善先生。一度無伴奏の曲をレッスンして頂いたことがあり(デュティーユ:ザッヒャーの名による3つのストロフィ)、厳しい眼差しに圧倒された。卒業式での先生のスピーチもあたたかいものだった。
あの頃すぐ近くに、音楽の深さを体現された方がいたのに、そのことに全く気づいていなかったことを痛切に思う。
7月14、15日サントリーホール、アラン・ギルバートさんの指揮でニールセンの5番など。
普段親しんでいるものとは異なる語法の音楽に触れることは、大変だけれど、素晴らしい経験だった。
7月19、20日東京文化会館、アラン・ギルバートさんの指揮でアルプス交響曲など。
変ロ短調で始まる、ただならぬ雰囲気の冒頭など、R.シュトラウスの作曲技法に感服するばかりだった。
8月中旬、一宮市民会館、いつもとは違うオーケストラでモーツァルトのオペラ「魔笛」。
都響の公演は大編成のレパートリーが多く、モーツァルトのオペラを経験したことがなかった。貴重な時間だった。新しくはない一宮市民会館にはオーケストラピットや、見たことのない古い型の譜面灯がある。繊維産業で街が栄えていた時代に作られたのだろうか。
34年前、初めてオーケストラのエキストラの仕事をした公演がこのホールだった。あの頃、先の見通しなどまったくなく、ただ無我夢中だった。
8月25日サントリーホール、杉山洋一さんの指揮で湯浅讓二さんの作品など。
大編成で演奏したクセナキスのジョンシェ、"non-octave scale"という初めて経験する音階で書かれ、沖縄民謡のようにも聞こえた。音楽の世界の広さを実感する公演だった。
9月2日キッセイ文化ホール、5日サントリーホール、ジョン・ウィリアムズさん、ステファン・ドゥネーヴさん指揮のサイトウキネンオーケストラ。抜群の乗り心地の、豪華な音のする大きな乗り物に乗っているようだった。
91年か92年だったと思う、サイトウキネンを聴いた僕の父は、これが(齋藤秀雄)一門の音か、と感心していた。2023年夏のSKOは様々な国籍やバックグラウンドを持つメンバーで構成され、以前のような厳しさはないかもしれないけれど、広く、穏やかで、機能的だった。
映画音楽中心のプログラムの中、小澤さんのために書かれた"For Seiji"という曲は趣が異なり、技術的にも、音楽的にも難解だった。ジョン・ウィリアムズさんは、本当はこういう曲を書きたかったのでは、とも思った。
一つの演奏会に二人の指揮者が立つ。ドゥネーヴさんは言葉を尽くして長いリハーサルをし、一方、ジョン・ウィリアムズさんからの指示はあまりない。彼の明晰な表情はこちらによく伝わり、同じオーケストラでも驚くほど違う音がした。
ハリー・ポッターの音楽はチェレスタで始まる。リハーサルで初めてチェレスタの音が聞こえてきたとき、そこには特別な流れがあり、魔法がかかった、と感じた。
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