ショスタコーヴィチの5番
2日間のサントリーホール公演(5/16定期B、5/17都響スペシャル)、多くの方々にお越し頂き、本当にありがとうございました。
16日の開演前、この曲(ショスタコーヴィチの交響曲第5番)が好き、というスタッフと話しをしていました。読書好きでもあるその方と、言葉は使っていないけれど、交響曲は物語のようでもありますね、という話しになりました。
いくつかのモチーフや主題があり、それらは旋律やリズムなどで現されているのですが、驚くほど多彩な手法で(ショスタコーヴィチの書いた和声進行をたどっていくのは、何度経験しても、素晴らしい時間でした)展開されていく。
ショスタコーヴィチの5番は楽しい曲ではなく、もちろんハッピーエンドも訪れない。明確な言葉にはすることができない様々なことがこの音楽には書かれていて、それは作曲家の苛酷な人生が投影されたものと思いますが、それを聴いたり、演奏したりすることで通り抜けると、自分の中で何かが変化する。浄化されるのかもしれない、と感じます。そして、曲は毎回違う姿で現れる。
様々な演奏を聴き、様々な指揮者でこの曲を弾いてきました。でも今回、これまで知らなかった曲を弾くようでした。指揮はクシシュトフ・ウルバンスキさん。
2日目、17日の舞台には途切れることのない集中があり(おそらく客席もそうではなかったか、と思います)、印象深いものとなりました。
プログラム前半はショスタコーヴィチの2番のピアノ協奏曲、演奏機会の多くないこの曲の音を出すのが待ち遠しかった。(ピアノはアンナ・ツィブレヴァさん)
5番の交響曲も、2番のピアノ協奏曲も、緩徐楽章の深い音楽に心が捉えられます。興味深いことに、どちらも3声体で始まります。なぜ作曲家は安定した響きとなる4声で書かなかったのか。もろく、はかない何かを表現したのだろうか、と僕は思います。
交響曲の第3楽章、低弦楽器が弾く運命の動機の後、ヴァイオリンのピアニシモのトレモロを伴ってオーボエがたった1人で第3主題を吹き始めます。舞台に100人近いオーケストラと、客席には2000人近くの人がいるのに。この部分に来るといつも、濃い霧がたちこめて行き先も方向も見失った人が、サーチライトを照らして手探りで進もうとしている、そんな光景が浮かびます。
このオーボエの主題はクラリネット、フルート、チェロに受け継がれ、悲痛な叫びとなって大きなクライマックスを迎えた後、再び第1、2、3主題が思い出され、最後は嬰ヘ長調の穏やかな、救われるような響きに包まれて楽章は終わります。
5番の交響曲の3年前に書かれたチェロ・ソナタは、チェロを弾く者にとって大切なレパートリーです。同じ音程で構成される8分音符二つと4分音符一つのモチーフの使われ方や、やはり緩徐楽章が深い内容を持つことなどから、交響曲との関連を思います。
ショスタコーヴィチがロストロポーヴィチと共演した録音を久しぶりに聴いています。作曲家はピアノの名手でもあり、素晴らしい演奏に心打たれます。








