"See you soon !"
8月前半はシュロモ・ミンツさんとの3つの演奏会があった。
(8/3都響プロムナードコンサート、8/9・8/11「ヴィヴァルディ&ピアソラ 2つの四季」)
8月3日のサントリーホール公演はミンツさんの弾き振りによるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲で始まり、アンコールにハイドンのヴァイオリン協奏曲から第2楽章、マーラーの交響曲第5番よりアダージェット、ベートーヴェンの交響曲第5番。
言うまでもなく、メンデルスゾーンの協奏曲はよく演奏されるレパートリーだけれど、今回は指揮者がいないので、オーケストラが互いの音に耳を澄ませていることがいつも以上に求められ、普段の演奏習慣も見直される所が多かった。
ミンツさんはこの曲に関して、可能性のあるあらゆる箇所での、あらゆるテンポ変化の可能性(ルバートや速く、遅くなど)を試してきたけれど、今はテンポ通りに、と仰ったことが興味深かった。
アンコールのハイドンは、短い緩徐楽章を小編成の弦楽器の伴奏で。特別美しい旋律、特別感情的な何かがある訳ではない、でもミンツさんの音が出た瞬間どうしてあれほど心が動いたのだろう。
後半に演奏されたマーラーのアダージェットにはスムースな流れがあり、「運命」も良かった。指揮者の音楽に、皆が無心になって集まったからなのかもしれない。
オーケストラ公演から数日おいて、ミンツさんと、9人の都響弦楽器奏者、チェンバロ大井駿さん、で2つの四季のリハーサルが始まった。
曲を始めて、何かがあるとミンツさんが止める。その何かに対するミンツさんの感度はものすごく高かった。音楽の流れが滞ったり、何かがうまくいっていなかったりすることに、とても敏感だった。ぼんやりした僕などには意識に上がってくるかこないか、くらいの違和感でも、すぐに止める。
それぞれのフレーズが持つテンポ感、フレーズの中のテンポの伸び縮み、そのフレーズの中の一つ一つの音にはどのような長さがふさわしいのか、・・・。リハーサルは2日あり、帰宅すると録音を聴き、その音の出し方はその場にフィットしているのかいないのか、毎日答え合わせをするようだった。翌日は、少しでも違う自分で出掛けられるように心がけた。
8月9日公演は東京文化会館小ホール、11日は小田原三の丸ホール。
本番の舞台でミンツさんは僕の眼前にいらして、一挙手一投足その全てから大切な何かを教わる時間だった。
音楽には核となる、要(かなめ)のような何かがある。それをしっかりと捉えていること。それをつかんでさえいれば、美しいとか、流麗なとか、まして演奏の巧拙など、些細なことのように思えた。
以前見たドキュメンタリーで、指揮者セルジュ・チェリビダッケが、
音楽は美しい、という考えはとうの昔に捨ててしまった、
と言っていたことを思い出す。
また、以前に参加した沖縄ムーンビーチのミュージックキャンプで、ヴァイオリンのイヴリー・ギトリスさんとメンデルスゾーンの八重奏を一緒に弾かせて頂いた時、彼の奔放なアゴーギグ(テンポの伸び縮み)に皆振り回されたのだけれど、ある時チェロの岩崎洸先生と、(8小節などの)フレーズ全体の寸法で見た時、もしかして彼は正確なテンポ感を持っているのかもしれませんね、と話したことも思い出す。
ヴィヴァルディの四季は、遠くから絵を見るように、とミンツさんは仰った。大きな音に人は動かされるのではない、とも仰った。
ピアソラの四季のリハーサルをする際は、皆に(男女2人で踊る)アルゼンチンタンゴの映像を見せ、男が支えとなって、女性は自由に踊ることができる。男は確実なテンポを刻みながら、でも常に女性にいつも合わせながら。演奏もこのように、と仰った。
場の雰囲気がほぐれてきた時、ミンツさんは"Joke"を仰ることがあった。日本語の冗談というよりは小咄に近い感じで、それなりに長く、ひねりが効いていたりもした。
昔モスクワ音楽院のナターリャ・シャホフスカヤ先生(ロストロポーヴィチの愛弟子)に習った時に、彼女が時々話してくれた逸話(アネクドート)の雰囲気を思い出した。
小田原でゲネプロが終わった時に話されたのは、ピアティゴルスキー(チェリスト、ルービンシュタインやハイフェッツと組んだピアノ三重奏でも知られる)が、演奏会前に練習するのは、死ぬ前にヨガをするのと一緒だ、と言ったというものだった。(僕は本番の舞台の直前、必ず弾いている・・・)
小田原公演の当日は雨。ホールのすぐ近くに海があり、傘をさしながら、久しぶりに波の音を聞くことができた。
今回使った「ブエノスアイレスの四季」の楽譜は、よく演奏されるデシャントニコフの編曲ではなく、ファビアン・ベルテロによるもの。僕はこのシンプルな編曲に好感を持った。
奥田佳道さんの解説によると、「演奏順は南半球の四季、つまり秋→冬→春→夏である。」
実際、春の規模が大きく、夏で華やかに終わる。
小田原での終演後、皆で写真を撮り、ミンツさんは
"See you soon !"
と仰って、解散した。




