書籍・雑誌

2019年9月26日 (木)

ラグビーワールドカップ

20年前のこの時期、コンクールを受けにフランス、トゥールーズに行き、ホームステイさせてもらっていた。素敵なホストファミリーのご主人Fさんはエンジニア(トゥールーズはエアバス社など航空宇宙産業がさかん)で、アマチュアのヴァイオリニスト。
1日遠出をしよう、というのでアルビまで出かけた。アルビはトゥールーズ・ロートレックの出身地であり、もう一つ、異端とされるアルビジョワ派の討伐後に建設された大聖堂がある。その中には細かな装飾がたくさんある一方、茶色のレンガでできた外側はのっぺりとしてマッシヴ、圧倒的な大きさからは異様な感じすら受けた。
Fさん夫妻と街にいると、あの建物のあの部分は何世紀のいつ頃の様式、ここはいつ頃の様式・・・、と僕には同じように見える建物の見方を教えてくれた。トゥールーズの大きな見本市会場での骨董家具の展示にも連れて行ってくれた。3つのブースに分かれていて、一つは誰が見ても文句のない一級品のブース、もう一つには(おそらく)頑張れば手の届きそうな家具、最後の一つには何だかよくわからないもの、例えば、傷みが激しく、ほとんどすだれのようになった絨毯とか、蛇口あるいはドアの取っ手だけが集めて置かれ、そんな中にフレンチブルドッグが寝そべっていたりした。
Fさんは、自宅にあるあの家具は何世紀のいつ頃のものだから、それに合う別の家具を探しているんだ、と言っていた。日本にいては到底知ることのできない、ヨーロッパの人たちの世界の見え方を教えてくれていたのだ、と思う。ご主人の仕事のことももっと聞いておけばよかった。
そう、トゥールーズと言えば、サン=テグジュペリが定期航路のパイロットとして飛んでいたところだ。彼の書いた「人間の大地」の、定期路線にデビューする箇所は好きな文章の一つ。

『・・・僕は雨に光る歩道で小さなトランクに腰を下ろし、空港行きの路面電車を待っていた。とうとう僕の出番だった。ぼくより先に、どれだけ多くの僚友がこの神聖な一日を迎えたことだろう。いったいどれだけ多くの僚友が、いくらか胸を締め付けられる思いで、こんなふうにして路面電車を待ったことだろう。・・・
・・・トゥールーズのでこぼこの敷石の上を走るこの電車は、何だか哀れな荷馬車みたいだった。定期路線のパイロットもここでは乗客の中に埋もれてしまって、隣席の役人とほとんど見分けがつかない。少なくとも、最初のうちはそうだ。だが、立ち並ぶ街灯が後方に流れ去り、空港が近づくと、がたがた揺れる路面電車が灰色のさなぎの繭に化けるのだ。そこから、じきに蝶に変わった男が飛び出してくるだろう。
 僕の僚友の誰もが皆、一度はこんな朝を迎えたのだ。そのとき、彼らはまだ横柄な監督の指揮下にある無力な下っ端に過ぎなかったはずだが、それでも彼らは、スペインとアフリカの定期路線を背負って立つ男が自分の内部に生まれつつあるのを感じたのだ。・・・』

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ある日、一人でトゥールーズの街を歩いていたら、スポーツバーのような店からすさまじい歓声が聞こえてきて驚いたことがあった。Fさんに尋ねると、ラグビーワールドカップでフランス代表がニュージーランドに勝った、しかもフランス代表にはトゥールーズのチームから何人も入っているんだ、と教えてくれた。その時はただ、ふーんと聞いたのだけれど、今月日本でワールドカップが始まり、その熱狂が少しわかるような気がする。ルールをよく知らない僕でさえ、大きな人たちが俊敏に動き回る迫力にすっかり魅せられるもの。
調べてみた。1999年の第4回大会、準決勝でフランスはニュージーランドを破り決勝に進出。10月31日のことだ。

2019年9月18日 (水)

虫展

先月、六本木の2121デザインサイトで開かれている「虫展」へ。www.2121designsight.jp>insects

子供の頃は虫取りをした。最近はセミに触るのもおそるおそるで、虫展にも多少ためらいがあったけれど、日経新聞に養老孟司さんの記事が掲載され(本展の企画監修は養老さん)、とても興味深かったので出かけることにした。

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会場に入ってすぐ、虫の美しい標本があり、目を奪われる。想像もしなかったような様々な形、色、大きさの虫たち。
大きな部屋ではゾウムシを、工業製品のように、設計図のようにしてモニターに現していた。2センチに満たない小さなゾウムシを拡大して見たとき、人間はこれまでこんなに精緻な、動くものを作ることはできただろうか、と思った。僕は飛行機が好きで、様々な乗り物や機械、構造物に興味がある。でも目の前に示されたゾウムシはそうしたものよりずっと、バランスが取れていて美しく、機能的に見えた。素晴らしい色や形、しかもこの小さな生き物たちは意図してそれらを身につけてきたのではない。

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虫展には養老さんの言葉もたくさんある。その中から。

『生きものは三十億年の間に、ありとあらゆる問題に直面しつつ、それを解いて生き延びてきた。その解答が目の前にある。私はそう思うんですね。見ているのは問題集の答えだけです。では問題は何だったのか。そんなふうに思いながら虫を見てもらえると嬉しい。』

トンボの羽をとても大きくした展示もある。軽く強く、という要求を見事に満たした構造なのだろう、と思う。
様々な虫の跳び上がる瞬間、飛び立つ瞬間だけをスロー再生する映像があり、しばらく見入った。その後にブレイクダンスをする人間の映像があり、もちろん展示の主旨はそこにないのだけれど、大きな人間は自分の体をあまりうまくコントロールできないように見えた。(こんな書き方をしてごめんなさい)
例えば猫が高い塀を上ったり、狭い隙間を通り抜けたりするのを見て、人間は到底及ばないと思う。頭が大きくなり知能を持つようになったことと引き換えに、人間は動物のような身体能力を失ったのだろうか。

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東京に住んでいると、自然は生活から排除され、物理的にも心理的にもほとんど人間の作り出したものの中だけで生きることになる。人間の作り出したものが全て、と思い込んでいるかもしれない。
養老さんの「唯脳論」の最初にこんな文章がある。

『現代とは、要するに脳の時代である。・・・
 都会とは、要するに脳の産物である。あらゆる人工物は、脳機能の表出、つまり脳の産物に他ならない。都会では、人工物以外のものを見かけることは困難である。そこでは自然、すなわち植物や地面ですら、人為的に、すなわち脳によって、配置される。われわれの遠い祖先は、自然の洞窟に住んでいた。まさしく「自然の中に」住んでいたわけだが、現代人はいわば脳の中に住む。』

養老さんがこの本を書いたとき、スマートフォンは存在していなかった。とりつかれたようにスマートフォンの小さな画面を見る、それはまさに脳の中に生きている、ということだろうか。

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東京でも秋には虫の声が聞こえる。夜散歩をしながら耳を澄ませると、日々虫の声が変化していくことを感じる。コンクリートとアスファルトに覆われたこの街で、人間の思惑と関係なく、小さな生き物たちが生きていることに少し安心する。
虫の美しい標本から、マタイ伝の中の言葉を思い出した。

『又なにゆゑ衣のことを思い煩ふや。野の百合は如何にして育つかを思へ、労せず、紡がざるなり。然れど我なんぢらに告ぐ、栄華を極めたるソロモンだに、その服装この花の一つにも及かざりき。・・・』

2019年8月30日 (金)

最近の日経新聞から

毎朝新聞が届くのが楽しみ。
届いた日経新聞の、最初に目を通すのは最終面の連載、私の履歴書。6月は脚本家、橋田壽賀子さん。テレビドラマに興味はなかったけれど、この連載は見事だった。初日、橋田さんはご自分のことを「天涯孤独」と書き始め、最終日まですっかりひきつけられて読んだ。数々の脚本の裏側にはこんなに切実な話があったのか、と思った。
7月はゴルフの中嶋常幸さん。スランプに陥った時の記述が特に素晴らしかった。物事がうまくいっている時、本人にも理由がわかっていないことは多いと思う。中嶋さんは若手が不調を訴えた時、徹底的に苦しめと言う、と書いていたと思う。
今月はファッションデザイナーのコシノジュンコさん。子供時代、洋裁店を営む岸和田の実家の店番をしているとき、自分で作ったカバンを棚に並べて、強気の値札をつけてみた、というあたり、なるほどこういう経験がのちの仕事の核になっていくんだ、と思った。後半は、なんだか功績ばかりの記述になって・・・。

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8月下旬、スポーツの記事がおもしろい。スポーツの魅力の一つは、考えたようにはなかなかならない、ということだと思う。実際にやってみないとわからない。それはきっと音楽も同じ。

8月23日に掲載された北島康介さんの記事は、7月に行われた競泳世界選手権について、
『個人メドレー2冠の瀬戸大也はやっぱり運を持っている選手だ。これはとても重要。競ったら、最後はわずかなスキも見逃さず、勝機を味方にできる選手が勝つのだから。
 記録は良くはない。大也も「これでは五輪は駄目」と自覚している。個人メドレーは最後にへばらないようターゲットタイムを決め、ペース配分して泳ぐ種目だ。ただ、今回の大也は五輪を見越し、失速覚悟で飛ばし、どれだけやれるかを試していた。その勝負度胸にはしびれた。
 ・・・・・
 記録、競り合い共に最もハイレベルだったのは200メートル平泳ぎ。前世界記録保持者の渡辺一平は目前で記録を破られ3位。一平は今まで決勝でタイムを落としたけれど、今回は記録をあげていたいいレースだった。がぜんやる気が出る負けだったと思う。
 ・・・・・
 日本は好成績を出して五輪に向けて勢いづきたかっただろうけど、結果が芳しくない方がいい時もある。すべきことが明確になるからだ。 頑張って記録を伸ばせ。今大会を見た限り、五輪での勝機はまだ十分あると思う。』

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8月27日に掲載された小久保裕紀さんの記事から、
『勝負どころで決められたのは緊張をコントロールする極意のおかげだった。5秒ほどぐっとバットを握りしめて、緩める。止まっていた血が再び流れるのを手のひらで感じ「よし、いつも通りの自分だ」と確認する。この手順を踏めば、緊張しながらも我を失わず、打席に入れるのだった。
 もちろん、一朝一夕に身についたものではない。むしろ、自分でも情けないほど好機に弱い時期があった。・・・・・
 日本屈指のメンタルトレーニングの先生の門をたたくと、まず「緊張するのは悪いことではありません」と言われた。人は緊張するから力が出せるし、大舞台で仕事ができる。要はその緊張を制御すること、といわれて取り入れたのが、バットを強く握って緩める方法だった。
 同様に、歯をくいしばって緩める、腹筋に力を入れて緩める、ぎゅっと手を握って緩めるという、緊張とリラックスの切り替えを寝る前、起床後に毎日繰り返した。そのうち脳に新たな回路ができ、意識的に緊張を制御できるようになる、というのが先生の教え。その通りになったのだ。』

昨日8月29日に掲載された権藤博さんの記事から、
『・・・監督とコーチはやらせてみないとわからない、というのが私の持論。
 ・・・・・
 元木で思い出すのは、守備のときに、いつも隠し球を狙っていたこと。とにかく油断ならず、目が離せなかった。
 外野から返った球を持ち、ぷらぷらとベースに戻ってくる。常に同じ顔、同じペースというのがミソで「腹に一物」の気配がない。だから、やられる。私はその手口を知っていたから、常に警戒し、グラブに球を入れたままにしているのを見つけては「もときーっ」とベンチから叫んだものだった。
 隠し球も野球センスの塊だからできる芸当。そんな元木には珍しく、「ゴー」のタイミングなのに、走者を三塁で止めたことがあった。
 「あれは『ゴー』だろ」と私は言った。するとあっさり「はい、あれはミスでした」。その素直さに感心した。「いや、走者が」とか、言い訳するのが普通で、自分の非を認めるコーチには会ったことがない。これはいずれすごい指導者になるかも・・・・・。』

2019年7月20日 (土)

最近読んだ本から

しばらく前に2年がかりで読み終えたのは平家物語。岩波文庫版で4分冊、僕の浅い理解で、ものすごく大まかに言うと、最初の2冊は平家の世、後半2冊は流れが源氏に移っていく。最初はなかなか読み進めず、何ヶ月も中断していることもあったけれど、後半は合戦が多く、知っている地名も次々と出てきて、毎晩眠る前に少しずつ読むのが日課になった。文章に何かのリズムがあり、それが心地よい。
人の生き死に、誇り、おごり、見栄、恐れ、恩愛、別れ、出家、嘆願、ねたみ、・・・、そうした様々なことに一つ一つ心を動かされた。細部の描写と同時に、平氏から源氏へと流れが移っていく大きな動きも見えて、見事だと思った。作者不詳。琵琶法師たちがこの物語を各地で諳んじて語ったのだろうか。

昨日読み終えたのは釈宗演著「禅海一瀾講話」。図書館で借りて読み始め、この本は必ず読み返すことになる、と思い書店に行った。七百ページを越える分厚い本はどうにも持ち歩きにくく、非常に行儀が悪いのだけれど、半分あたりで分けてしまい、自分で表紙をつけた。

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どれほど理解したか、はなはだ怪しいけれど、釈宗演さんの語り口に触れているだけで十分と感じたし、ちんぷんかんぷんだった仏教書、例えば臨済録について、あぁそういうことなのかもしれない、と感じることがあった。先日のヨーロッパにもこの本を持っていき、飛行機の狭い座席に辛抱ならなくなったとき、機体後部、トイレ前のわずかなスペースに立って、読み進んだ。その時読んだ部分はとても印象的だった。

『・・・凡そ「大道」を知ろうというには須く「見性」しなければ話が出来ない。心を見るということが出来なければいかぬ。これは禅宗の本旨でありますが、世間的に言うと中々注目すべき文字でありましょう。心を知るとか、心を究むるとか、心を学ぶとかいうことは言うであろうが、「見性」というて、物質を手に乗せてアリアリと見るが如くに我が心を見るのが「見性」で、『血脈論』には「若し仏をもとめんと欲せば須く見性すべし」とある。また、「菩薩の人は眼に仏性を見る」などともある。こういうことは出来得られないと思うのは、我々が意識的に考えて居るので、モウ一層その上に出て来ると、この物質を見る如く明らかに見ることが出来る。大乗仏教の本領、禅宗の真髄はそこにある。』

今年の前半、この2つの本を読めたことは本当に素晴らしかった。得がたい経験だったと思う。
こうして古い本ばかり読むのは、まぁ僕が古くさい人間だということだろうし、それ以上に、昔の人の方が、人間というものについてよく知っていたのでは、と思うことがあるから。技術が進んだ現代、人々は自分たちついて本当によくわかっているのだろうか、現代人の心や体の使い方は本当にこれでいいのだろうか、と常々疑問に思う。スマートフォンはおろか、車も電気もなかった時代、人間と人間は生身でやりとりするしかほぼ方法がなかった時代、人々はどのように生きていたのだろう。

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少し前、書店でたまたま見つけ、それがとても幸せな出会いだったのが、V.S.ナイポール著「ミゲル・ストリート」。書いてあることは実際に起きたことなのか、それとも作者のファンタジーなのか、両方の混合なのか・・・。こんなに自由に生きていいんだ、と思った。
今読んでいるのはJ.M.シング著「アラン島」。確か読んだような気もするのだけれど。こうして始まる冒頭から素晴らしい。旅に出たくなる。

『僕はアランモアにいる。暖炉にくべた泥炭の火にあたりながら、僕の部屋の階下にあるちっぽけなパブからたちのぼってくるゲール語のざわめきに、耳を澄ませているところだ。・・・』

2019年4月10日 (水)

一本の木

桜が散り、街路樹には新しい芽が出て、様々な柔らかい色が見られるようになった。
4月8日の日経新聞に掲載された池上彰さんと黒田博樹さんの特別講演の記事から。
池上 「初めから自信のある人はいないし、自信があると言い切れる人は鼻持ちならない。私は働き始めてからも自信がないままの日々だった。だから目の前の課題にコツコツと取り組んで、少しずつ自信を持てる部分を増やしていくことが大事だ」
黒田 「一試合勝っただけで自信につながるなら、一試合に負けて自信を失うこともあるはずだ。自信とは、結果を出すための裏付けや取り組んできた過程があって、初めて経験できるものだ。小さな積み重ねでも、いつか『こういうことだった』とわかる日がきて、自信につながる」
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一本の木のことを考える。大きさや見映えはどのようでもいい、雨が降ったり風が吹いたりしても、何かに寄りかかることなく、まっすぐ立っていられたら、と思う。

2019年2月28日 (木)

2月

上映が終わってしまう、と思って、今月初めにあわてて観に行ったのが映画「私は、マリア・カラス」。(https://gaga.ne.jp/maria-callas/)
全編マリア・カラスの映像、あるいは彼女の書いた手紙の朗読(誰が読んでいたのだろう)。有名なオペラの有名なアリアを歌うシーンはもちろん素晴らしく、あぁこういうものか、と思った。同時に、音楽家の優れたドキュメンタリーがそうであるように、大スターだったマリア・カラスも、体には血が流れ、きっと涙を流すことがあり、同じように傷つくことのある一人の人間だった、そのことを知り、心動かされた。
ル・シネマでの上映は混雑していて驚いたけれど、引き続き他の映画館で上映されているそう。これだけの映画、あの短い期間だけではもったいないもの。

今月は新国立劇場で仕事があり、その期間に出かけたのが隣、東京オペラシティ アートギャラリーで開かれている写真展「石川直樹 この星の光の地図を写す」(http://www.operacity.jp/ag/exh217/)
初期の写真(といっても石川さんは若い)から現在まで、変化に富んだ展示は見応え十分だった。会場のところどころには石川さんの言葉がある。世界中で撮られた写真を見終わり、出口近くで目に入ってきた文章が印象的だった。

『家の玄関を出て見上げた先にある曇った空こそがすべての空であり、家から駅に向かう途中に感じるかすかな風のなかに、もしかしたら世界のすべてが、そして未知の世界にいたる通路が、かくれているのかもしれません。』

何かを表現する時に、うまく言えないけれど、足が地に着いている、ということはとても大切なのだな、と思った。ひたすら頭の中で何かを考えたり生み出そうとしたりすることはできるのかもしれない、でもきっとそうではなく・・・。

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その写真展の翌日に出かけたのが、森美術館の「新・北斎展」(https://hokusai2019.jp)
平日昼間だったのに、六本木に着く直前に調べたら入場は60分待ち、との情報だった。せっかちで人混みの嫌いな僕は帰ろうか、と思ったけれど、あれこれ用事を作り、済ませ、夕方の美術館に入った。地に足がついていない、というのか、この地上50何階かにある美術館はどうも苦手、と最初思いながら、たくさんある作品にすっかり見入ってしまった。同じ日本でも今は2019年である、ということは抜け落ちてしまうようだった。
北斎のことは詳しく知らないけれど、ひたすら画を描いた生涯だったのだろうと思う。芸術、なんて意識はあったのだろうか。会場に多く展示されていたのは様々な木版画、それらは思ったよりはるかに小さく、緻密で、精確だった。木を彫って版木を作る、正確に美しく、しかも大量に速く。原画を描いた北斎だけでなく、版木を彫る職人、紙に摺る職人、・・・、名前の残っていない腕利きの職人たちが、おそらくたくさんいたのだろう、そんなことに思いをはせ、心打たれた。当時のできあがったばかりの版画をもし見ることができたら、それは思わず引きこまれてしまうような美しさだっただろう、と思う。
展示の最後には晩年の肉筆画がいくつかある。僕はひまわりの絵が好きだった。太い線で、何と言ったらよいのだろう、まっすぐ描いてある。この絵は縦長だけれど、ゴッホのひまわりを連想した。

昨日読み終わったのは山内一也著「ウィルスの意味論」。十分に理解した、とはとても言えない、でも楽しく、どの章も眼を開かれる思いで読んだ。ウィルスとはいったい何か、19世紀初めの驚くべき種痘プロジェクトなど、様々な事柄から最近よく報道される豚コレラまで。世界を見る目が変わるようだった。

2019年2月 7日 (木)

昨日の日経新聞から

昨日、2月5日の日経新聞夕刊には楽しい記事がたくさんあった。
一面は翻訳家の松岡和子さん、
『マラプロビズム(おかしな言い間違い)成立には条件がある。まず、それを聞いた観客に、間違いのない「正しい」言い廻しを即座に思い浮かばせなくてはならない。次に、言い間違いが「正しい」言葉の反対語になったり、文脈上見当はずれになったりする「おかしさ」が生まれねばならない。この条件は原文のみならず、マラプロビズムの翻訳にも当てはまる。・・・・・』
その例として「へびこつらう」「悲喜もごもご」「ばっくざらん」「てもちぶたさん」と続く。

二面にはウナギの産卵場所を探す塚本勝巳さんの連載が、そして最終面には落語家、桂南光さんの「こころの玉手箱」。その中から

『「本来無一物」と書かれた掛け軸は、大師匠の桂米朝師匠の形見分けでいただいた。・・・・・
 この掛け軸は薬師寺の管主だった高田好胤さんからもらったそうだ。書いたのは好胤さんの師匠の橋本凝胤さんという人で、「人間は裸で生まれて裸で死んでいくわけだから『本来無一物』を信条に生きなさい」という教えだという。米朝師匠が掛け軸を気に入って譲ってほしいと頼むと、「なんぼ米朝さんでも師匠が私のために書いてくれた宝物をあげることはできません」と断られた。
 普通はここで引き下がるところ、米朝師匠は「そうでっか。本来無一物というのを信条に生きているのに、それを手放すことはできんということですなあ」とチクり。好胤さんは「米朝さんには参った。確かにそうですな」とくれはったという。』

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朝刊には悲しいニュースがあった。ジャズ評論家、児山紀芳さんの訃報。目にしたとき、あっと声が出た。
土曜日夜のNHKFMの番組「ジャズ・トゥナイト」、児山さんの穏やかな口調の解説と共に聞くジャズは、とても心地よい時間だった。最近は他の方に代わることが多く、気にしていたのだけれど。放送で一方的にこちらから知っているだけの方、でもラジオから流れてくる声を聞くだけで、音楽への広い愛情が伝わり、素敵だなと思う、そういう方だった。
黒田恭一さんのことを思い出す。黒田さんが担当されていた日曜日午前中のFM番組の最後は「どうぞお気持ちさわやかにお過ごしくださいますよう、・・・」と結ばれ、寝坊助の僕もその言葉に動き出すきっかけを頂いていた。もう10年近くたつのか・・・。(2009年6月の日記をご覧ください。ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-ea77.html)

謹んでご冥福をお祈りいたします。

2019年1月23日 (水)

感情

昨年の秋、ごく些細なことで怒りがこみ上げることがあった。そしてその感情が通り過ぎていく時、どうしてこんなことで僕はこんなに怒っているのだろう、と不思議に思った。感情とはいったい何だろう。ものごとを見聞きする際、好き嫌いや、何かの感情を伴っていることがある。あるがままに見る、とはどういうことだろうか。そんなことはできるのだろうか。
以前、商業音楽の作曲をする音楽家が、クライアントの要請に応えるために、できるだけフラットな気持ちでいるようにしている、と言っていたことを思い出す。彼がどうしてそういうことを言ったのか、今少しわかる気がする。

元日の中日新聞に2ページの紙面を使った、興味深い対談が掲載された。棋士の豊島将之さんと独立研究者、森田真生さん。その中から。

『 - 豊島さんは対局中とても冷静に見えますが、指しながら湧き起こる感情にはどう対処していますか。
豊島  そうですね、自然と感情が落ち着くようになった感じです。対局後になぜ負けたか反省しますが、喜びすぎて失敗したり、思いも寄らない手を指されて動揺したりと、感情が原因になっていることもある。感情の動きをプラスに働かせる方法があってもいいと思うんですけれど。
森田  感情を積極的に生かす棋士もいますか。
豊島  結構います。自分の将棋は逆転勝ちが少ないのですが、気持ちを前面に出して戦っている棋士の方が逆転が起こっている気がします。
森田  僕の場合、ものを考えるときに求めるのは「懐かしい」という感覚です。物事を深く分かった時や、未知なものについて考えていて、自分にとって遠いはずのものがよく分かったりした時に、懐かしいと感じる。自分が、自分より大きなものの一部であると感じて安心する感覚というんでしょうか。
豊島  自分も感情を大切にしているところはあります。将棋ソフト、つまりAIの示す最善手とは違っても、自分が好きだと思う手には価値を認めてそれを指すことにより、最後まで一貫した指し手が続く気がしています。』

1月5日の日経新聞に掲載された五木寛之さんの記事から。

『「今は、難民の時代でもある。移民や難民が押し寄せて、それをどう扱うかで国民国家の存立が問われている。その影響で、米国でも欧州でも新たなナショナリズムが台頭している」
 - 欧米ともにポピュリズムの政治家が人気を得て、排外的なムードが高まっている。
「人間とはそんなに利口ではないな、とつくづく思うことがある。第1次世界大戦で1千万人以上もの人が死んだというのに、またすぐ第2次世界大戦を起こすというのは、どう考えても納得がいかない。人間は決して理性的な存在ではなく、情念とか衝動に流されやすい生き物だと思うほかない」』

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先日読んだのは、野口晴哉著「体癖」。実に痛快だった。その中から。

『動物の動くのは要求の現象である。人間においても同じであって、そのエネルギーは欲求となり欲求実現の行動に人間をかりたてる。一を得れば二を求め、三を追う。かくして人間は後から生ずる欲求を、実現せんものとあくせくし続ける。涯(かぎり)ある生をもって涯りない欲求を追っているのだから、いくら余剰があるように見えても充分ではあるまい。しかし欲求実現のために他動物はその体を動かすのだが、人間生活の特徴はその大脳的行動にある。坐り込んで機械器具を使って、頭だけをせっせと使うのだから余剰運動エネルギーは、方向変えして感情となって鬱散するのは当然である。そこで、八十の老婆も火の如く罵り、髭の生えた紳士も侮辱されたと憤る。四十秒の赤信号が待ちきれないで運転手は黄色になるや否や飛び出す。足もとも見ないで遮二無二焦だって(いらだって)いる姿は理性のもたらすものとはいえない。余剰エネルギーの圧縮、噴出といえよう。人間に安閑とした時のないのも、また止むを得ない。しかしこれとてエネルギー平衡のための自然のはたらきであって、他の動物はこれによって生の調和を得ているのである。・・・』

2018年11月15日 (木)

イェイツ

前に行ったのがいつだったか思い出せないくらい久しぶりに、城ヶ島に出かけた。なかなか出かけなかったのは遠くて時間がかかるから。今は目的地に近づいていくそうした時間の流れを心地よく感じる。すっかり空は高くなり、すすきが美しく映えていた。肥えた猫たちがそこここにいてうれしかった。

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高校生の時、通信教育に入っていた。あの頃、後にできることはできるだけ後にする、という傾向が今よりひどく、提出する解答用紙はたまっていくばかりだった。確か月2回、送られてくる回答と解説の掲載された小さな冊子の表紙はなかなか洒落たデザインで(2018年の今、もう一度見てみたい気がする)、おそらく秋だったと思う、表紙にイェイツの詩が載ったことがあった。それは印象的な詩で、心にとまるものだった。編集に携わった誰かがイェイツを好きだったのかもしれない。受験生向けの冊子ではあったけれど、その思いは見事に届いていたことになる。
今の僕は毎日、目の前のことをあるがままに見て生きていこうとしている。40代後半になり、10代のみずみずしい心はどれほど残っているだろうか。ようやく空気がひんやりとし、高くなった空を見て、その詩を思い出した。「落葉」という題、岩波文庫には対訳付きで収められている。でも訳は、昔のノートにメモしてあったその冊子のものがしっくりくる。どなたの手によるものだろう。

・・・・・・・・・・


落葉

秋は来た、2人をいとしむ長い木の葉のうえに
オオムギの束のなかに巣くうハツカネズミのうえに
ナナカマドの葉はわれらの頭上に黄ばみ 露しとど野イチゴの葉も黄ばみはてた

恋のおとろえのときはわれらに寄せてきて
2人の悲しい心は、いまはもの憂く疲れ果てた
いざ別れよう、情熱のときのわれらを去らぬうちに
伏目なるきみの額にくちづけし 涙しながら

      W.B.イェイツ


The Falling of the Leaves

Autumn is over the long leaves that love us,
And over the mice in the barley sheaves;
Yellow the leaves of the rowan above us,
And yellow the wet wild-strawberry leaves.

The hour of the waning of love has beset us,
And weary and worn are our sad souls now;
Let us part,ere the season of passion forget us,
With a kiss and a tear on thy drooping brow.

W.B.Yeats

2018年10月31日 (水)

リー・キット展、前橋汀子さん

原美術館で開かれているリー・キット「僕らはもっと繊細だった。」展へ。www.haramuseum.or.jp/jp/hara/exhibition/243/
久しぶりの原美術館、久しぶりの現代美術、楽しかった。今回の展示、モノとして価値のあるものはあまりなく、がっかりする人もいるかもしれない。美術品があると思って入ると、空っぽな感じがするかもしれない。もとは私邸だった美術館のそれぞれの部屋には光がゆらぎ、ゆったりとした時間が流れ、心地よかった。今回のインスタレーションは外から差し込む光が大きな要素になっている。僕が行ったのはよく晴れた午前中だったけれど、例えば曇っていたり、日が落ちてからだったりすると、きっと印象が異なると思う。
(この数年現代美術がつまらなく感じられるようになり、展示から足が遠のいていた。たいして通った訳でも詳しい訳でも、もちろんないけれど、現代美術にお金が流れ込むようになったことや、アートっぽいものがもてはやされる今の風潮が関係しているのではないか、と僕はにらんでいる。ところで先日、ある絵がオークションで落札された直後に、内蔵されたシュレッダーで裁断される、ということがあった。作者はこうした状況を揶揄したかったのだろうか、と想像する。https://youtu.be/vxkwRNIZgdY)

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今月の日経新聞連載「私の履歴書」は前橋汀子さん、毎日楽しく読んだ。10月6日の記事から、
『私の人生を変えたともいえるコンサートがある。55年2月に初来日したソ連の世界的なバイオリニスト、ダヴィッド・オイストラフの公演だ。日比谷公会堂の客席に陣取った私は小学5年生だった。
 あんなバイオリンの演奏は聴いたことがなかった。大きな体と楽器が一体となった、ふくよかな響き。「楽器が体の一部みたい。バイオリンでこんな音が出せるんだ」。まさに衝撃だった。
 「ソ連で勉強すればオイストラフのように弾けるようになるかしら」。私の心に大きな火がともった瞬間だった。』

10月29日の記事から、
『大学で教える一方、自分が生徒になった時期もある。62歳から1年間、都立大泉高校の定時制課程に通ったのだ。当時、本格的にスラブ民族史を学びたくなり、どの大学で講義が受けられるか調べてみたのだが、自分が高校を中退してソ連に留学したことに気づき、まずは高卒の資格を取ろうと思い立ったのである。
 夜学の生徒の大半は昼間に働く10代の若者。「前橋さん」「はい」と出席を取るところから始まり、彼らと同じように授業を受けた。生物や化学の面白さに目覚め、参考書や科学雑誌を買って読みふけった。・・・
 期末テストは一夜漬けで頑張った。初めて答案用紙に名前を書く時は鉛筆を持つ手が震えたのを覚えている。
 15分遅刻すると欠席扱いになる。自転車で猛ダッシュして滑り込みセーフの日もあった。・・・』

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