音楽

2018年2月18日 (日)

受け継ぐもの

都響はオペラ、ローエングリンの最中。昨日からオーケストラピットに入っている。

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ワーグナーのオペラは初めて。楽員の間で、あるモチーフがチャイコフスキーの白鳥の湖に似ている、という話になった。その他にも弾いているとマーラーやR.シュトラウスの曲はここから、と感じるところがたくさんある。
ローエングリンの初演は1850年。僕の勝手な想像で、ワーグナーのオペラは音楽的な内容はもちろん、規模など様々なことを含めて当時の最先端だったのだろう、と思う。規模の大きな音楽が、しかも精緻に書き込まれているのに驚く。それはきっと続く作曲家たちに強い影響を与えたに違いない。ワーグナー、チャイコフスキー、マーラー、R.シュトラウス、そうした人たちは一人一人がとても大きい。でも彼らも受け継ぐものがあり、そうして発展したものを今の僕たちは享受しているのだと思った。

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2018年2月 8日 (木)

シューベルト

海へ。海の上に雲が出始め、雲の透き間には短い虹も見え、振り返ると山側には黒い雲がかかっている。夕立の時の雲と同じ、でもまさか、と思っていたら雪まじりの雨が降り始めた。空気が動いているときの景色はドラマチックだ。夢中で写真を撮っていたら、シャッターを押せなくなるくらいの寒さになっていた。

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「群像」2018年1月号に掲載されたヴァレリー・アファナシエフと吉増剛造さんの対談から。
『先ほど吉増さんが触れられたシューベルトの最後のソナタは長い曲なので、構成をまとめるのが難しいと言う人がいます。でもわたしは、個々の要素をうまく一つにまとめようとは考えないほうがいいと思います。一度自分の中で作品の和声感を完全に感じることができるようになれば、好きなように、自由に弾いていいんです。これは矛盾した結論と思われるかもしれません。しかし、いったん自分の中で空間と時間の使い方が確立されてしまえば、形式は自然と現れるので、その中で自由にいろんなものが作れるようになるのです。』
『メロディーとハーモニーの関係は音楽家がもっと真剣に考えなければならない問題ではないでしょうか。このところよく思うのですが、メロディーは、いつも邪魔されるというか、中断されてしまう危険をはらんでいます。しかしハーモニーは、いつもそこに存在しており、それだけで完璧なものです。実際にコンサートホールで演奏しているときにも、ハーモニーの働きによってメロディーそのものが横に延ばされ、時間を拡張されたハーモニーになってくるときがあります。そうなると、もうわたしではなく、コンサートホール自体が演奏しているようになる。演奏していると、そんなことが起こるのです。』

演奏という感覚的なことを言葉にするのは難しい、でもアファナシエフはまさに言いあらわしていると思う。新日フィルにいた頃、彼が指揮する演奏会があった。プログラムはシューベルトの「未完成」とブルックナーの9番(どちらも未完の曲だ、でもどちらも見事な曲だ。)。指がぬっと出てくるような指揮は独特だったけれど、音楽はよく伝わってきた。

『・・・シューベルトは決して音楽に成長を強いようとしたりはしないんです。言うなれば、一人の人間の中から何かが自然に成長していく。だから作曲するときにも、ずっとこのままだと単調だから、ここで違うフレーズを入れよう、などとは考えない。・・・』(アファナシエフ)

昔クリスチャン・ツァハリアスにシューベルトの変ロ長調のピアノ三重奏のレッスンを受けた時、彼は「シューベルトの音楽は、今ここにいることの心地よさだ」と言った。その言葉に目を開かれるようだった。このピアノトリオも、他の多くのシューベルトの作品と同じように、旋律が何度も何度も繰り返されていく。転調やモチーフの小さな変化は伴うけれど、ベートーヴェンのように大きな展開をしたり、その恩恵を受けた壮大な結末を迎えたりはしない。旋律は湧き続ける泉のように自然で美しく、どんな小さなモチーフにも、いつまでも手元に置いて弾いていたくなるような愛らしさがある。こうした音楽に接するといつも、書いた人に畏敬の念を覚え、同時にこんなに素晴らしいものを残してくれたことにただただ感謝したくなる。こんな音楽を書くことができたなんて。

アンドラーシュ・シフがフォルテピアノで録音したシューベルトの即興曲、ソナタ(D894、D960)のCDがある。シフが書いたライナー・ノーツから。

『・・・19世紀には(さらに後になっても)、シューベルトはビーダーマイヤー風にセンチメンタルで無邪気に演奏されがちであった。彼のドラマチックな才能、その音楽の暗い力と計り知れない深さは、正当には認識されていなかった。爆発力と力強いクライマックスだけでなく、シューベルトが他の誰にも比べられないほど我々の心に迫るのは、静かな、最も静かな瞬間なのだ。彼の楽譜ではpとppが支配的である。pppも稀ではない。・・・』

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僕がたった一冊持っているピアノソナタの楽譜が、シューベルトの最後のソナタ(D960)だ。初めて楽譜を開いた時、冒頭がピアニシモで始まることと、重ねられている音の多さに驚いた。今日楽譜を開いて、冒頭だけでなく、第2、第3楽章もピアニシモで始まることに気付いた。これほど規模の大きなソナタがピアニシモで始まることは普通ではない。きっと大切なことは規模ではなく、まるで自分一人のために書かれたかのような親密さなのだと思う。

ルービンシュタインがシェリング、フルニエと録音したシューベルトの変ロ長調のトリオの素晴らしい録音がある。ライナー・ノーツはリン・S・マッツァが著し、書き出しには様々な人の言葉がある。
『シューベルトは、死というものにまっすぐ向き合うことができた唯一の作曲家だろう・・・・自分が死ぬとき、私は周りに誰もいてほしくない。威厳をもって死ぬために森の中に消えていく動物のように、私は死にたい ー たったひとりで」(ルービンシュタイン)
『人生は時によって、われわれの愛や成功や自由や健康や幸運を奪い取ってゆく。しかしながら人生はわれわれの思考、想像力、あらゆる芸術や本や花への愛、そしてあらゆるものへの興味を奪うことはできない』(ルービンシュタイン)
『音楽は、人間本性がそれなしではすごせないようなある種の快楽を作り出す』(孔子)
『シューベルトのトリオ(Op.99)を一瞥するだけで、われわれの人間的な経験における困難は消えうせ、世界は再び新鮮で輝かしいものとなる』(シューマン)

こんなに印象的なライナーノーツはそうない。それぞれの言葉の出典が記されていないことを残念に思う。もしかして何かわかるかもしれないと思い、ルービンシュタインの自伝を図書館で借りてきた。生き生きとした冒険譚のようなこの本の後ろには、今は使われなくなった図書カードが挟んであった。日付は全て昭和だった。

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2018年1月24日 (水)

言葉

トゥーランガリラ交響曲の第6楽章「愛のまどろみの庭(Jardin du Sommeil d'Amour)」は弾くのにけっこう大変な曲で(多くの弦楽器奏者に同意して頂けることと思います。コントラバスは休みです。)、そんな時は楽譜に書かれたフランス語を見つめたりしていた。「Jardin」も「Amour」も見たことのある言葉だったけれど、はて「Sommeil」?
家で辞書をひくと、眠りや睡眠を意味する言葉だそうだ。なるほど。「愛の眠りの庭」と訳しては感じがでないものね。用例に進むと「premier Sommeil」は「寝入り端(ばな)」とある。ふうむ。直訳すると「最初の眠り、第一眠り」かな。でも英語で「first sleep」とはきっと言わないだろうし、同じラテン語由来のイタリア語やスペイン語なら「プリモなんとか」と言ったりするのだろうか・・・、と考えたりした。言葉は楽しい。

先日電車に乗っている時、僕の前に立った女性が使いこまれたネパール語会話集のような本で熱心に勉強を始めた。きっとすでにネパールに行ったことがあり、そしてまもなくまたネパールに出かけるのだろう、そんな感じがした。その女性が僕の隣に座ったのでその本を横目で見ると(ごめんなさい、とても興味深かったのです)、まるで知らない不思議な文字と、その読みと、日本語訳が記してあった。もし明日からネパール語で話さねばならないとしたら、それは大変なことだと思った。

普段の生活はもちろん日本語を使い、時おり、英語やヨーロッパの言葉が入ってくる。でも当たり前のことだけれど、世界には僕のまったく知らない、文字も文法も表記も想像できないような言葉がたくさんあるんだな、と思った。日本にいるとなんだか右も左も英語英語という感じで、しかもそれが世界共通語みたいに扱われているのは少し残念な気がする。僕の貧しい経験から言えば、聞いていて楽しいのはイタリア語、美しいのはフランス語、演説に向いていそうなのはドイツ語、「ありがとう」しか知らないのはフィンランド語、ロシア語・・・。多くの言葉がある世界はきっと、豊かな世界だと思う。名古屋を離れて20年以上、僕の名古屋弁はすっかりいんちきくさくなってしまったけれど。

テレビのクイズ番組でアイスランドを取り上げられたとき、アイスランド語はこの1000年変わっていない、とのことだった。信じられない、本当かな。日本で言うとたとえば、古事記は無理でも源氏物語なら誰でもすらすら読める、ということになる。もう一つ聞いたところでは、彼の国では外から来た言葉は自国語にできるだけ訳して使うそうだ。(僕は中国語をほとんど知らないけれど、例えば中国語の宇宙ロケットを調べてみると「宇宙火箭」と書くそう。こんな感じだろうか)
日本語にはカタカナという便利なものがあるせいか、外来語があふれているし、しかもそれが日本語化して新たな意味を持ったりする。釣りに夢中だった頃不思議だったのは、ブラックバス釣りをする人たちがカタカナ言葉をよく使うこと。例えば「昨日のプラクティスでシャローにネストが見えたので、今日はヘビータックルでボトムを・・・」とか。

昔イタリアに行ったとき、イタリアの悪ガキたちが僕の読んでいる文庫本を見て日本語の話になり、
「日本語には3種類の文字があって、ひらがなが50文字、カタカナも50、漢字は」
「それも50でしょ」
「いや、何千もある」と言ったら、正気か、という顔をされた。

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毎年暮れの放送を楽しみにしている沢木耕太郎さんのラジオ番組「Midnight Express(J-Wave)」、昨年も素晴らしかった。番組の終盤に父上の句が紹介され印象深かった。(放送から起こしたので、文字使いが違っているかもしれません)

『聖夜なり 雪なくば せめて星光れ』
『差し引けば 幸せ残る 年の暮れ』

沢木さんは昨年7,8月、執筆のため毎日ハワイ大学の図書室に通ったそうだ。夏休みで閑散としたその図書室には、沢木さんと同じように毎日姿を見せる二人がいて、彼らは窓際の席に並んで座り、休憩もなく朝の9時から13時まで、中国語の方言らしいものを教え教えられしていた。その東洋人の老人と女子学生の真剣な後ろ姿を、『滅多に見られない美しいものを見た気がした』と沢木さんは言った。確かに、それはとても美しい光景だっただろう、と思う。

2018年1月22日 (月)

アナログレコード

正月帰省した折りに、久しぶりにLPレコードを何枚も聴いた。
驚いたのは、最近CDで買った録音が昔から実家の棚にあったこと(例えばズッカーマン&バレンボイムのブラームスなど)、もう一つ本当に驚いたのはレコードの音が良かったこと。このことは言い古されたことで興味深くもなんともないけれど、それでも驚いた。家にあるレコードプレーヤーはオーディオファンが憧れるような名器ではなく、手入れもろくにしないまま30年くらいたっている。それに僕が生まれる前からあるレコードを乗せて聴くと、これ以上のものはないように思われた。幸せな時間だった。
80年代レコードがCDに席巻され、さらにSACDという規格が出て(あまり普及していない気がする)、ハイレゾと呼ばれるものが今のはやりのようだ。でもその技術の素晴らしい進歩のようにみえたものはなんだったのかな、と思わずにいられなかった。

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CDの規格を作る時に、人間の耳に聞こえないであろう高い音域をカットした、というのはよく知られた話だと思う。それがどうもよくない、というのでその高い周波数域を入れたのが「ハイレゾ」だと僕は理解している。でもそれはそもそもレコードに入っていたものではないだろうか?ただし両者の音の違いにはきっと他にも多くの要因があり、単純な比較は難しいのかもしれない。なんといってもデジタルオーディオは便利だ。でも不便で、大きなレコード盤をターンテーブルに置き、ホコリを取り、針を降ろすといった儀式的なことすら必要なアナログレコードの方が楽しい、というのは本当におもしろいところだと思う。
昨年12月8日の日経新聞夕刊に掲載された大橋力さんの記事の中から

『CDの規格を決める際に高周波を含む音と含まない音を10~20秒間交互に被験者に提示して違いを判別する心理実験が行われました。その結果、20キロヘルツ以上は違いを判別されないとされました。脳を同じ条件で一定の反応を示す機械のように扱っています。しかし脳の状態は40秒以上高周波にさらされたとき変容し、影響が100秒以上尾を引くことがわかりました。心理実験はいわば「心」に違いを尋ねる実験ですが、私たちの陽電子放射断層撮影(PET)の実験は「体(脳)」に尋ねました。
 米生理学会の学術誌は「最も読まれた論文」を毎月公表しています。2000年のPET実験論文は今もベストテンに入り読まれ続けている。CDを超える音を求める昨今の高音質のハイレゾリューション・オーディオのブームの火付け役にもなりました。でも、私は不満です。
 その後の研究で2つ新たなことがわかりました。まず高周波を感知するのは聴覚ではなく体表面の皮膚であるらしいこと。2つ目は、特定の高周波帯域では脳の活性を抑える負の効果もあることです。ハイレゾについて、こうした事実を踏まえる必要があります。』
『人工知能が人間の知能をしのぐといわれますが、この世界には機械では置き換えられない別の情報領域があります。かつて人類は森で暮らし豊かな音に囲まれていました。今や人工物であふれる生活を送っています。音と人間との関係からみて、私たちの科学技術文明の今後について、今とは違うもう一つの戦略がありえるのではないかと思います。』

理屈で考える以前に、人間にはもともと備わった大きな力があるのではないか、と最近感じるようになった。それは多くの情報を取り入れ、頭ばかり使っていると見えにくくなってしまうものではないだろうか。
諦めていたレコードプレーヤーがまた欲しくなった。一番の問題はレコード盤を置く場所・・・。

2018年1月20日 (土)

トゥーランガリラ交響曲

1月18日の都響定期演奏会は東京文化会館で大野和士さんが指揮するトゥーランガリラ交響曲。よい流れがあったのではないだろうか。オンド・マルトノについて原田節さんに伺った。スピーカーのように見えるものは、銅鑼だそうだ。シンバルくらいの大きさ。これを響かせるならきっと倍音が上まで伸びますね、と言ったら、そのとおりで、オンド・マルトノの音を聞くと気持ちが良くなって眠くなる、とのことだった。昨年の日経新聞に大橋力さんによるハイパーソニック効果についての興味深い記事が載っていたことを思い出した。(耳に聞こえない高い音も人間に影響を与えるのではないか、というもの。以前から言われてきたLPレコードとCDの音の違いも、この高い音の成分が関係しているのでは、と思う)

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昨日19日は仙川へ散髪に。それからアンカーヒアで昼ご飯。久しぶりにアンカーの唐揚げを食べた。来月から改修のため2ヶ月ほどお店を閉めるそう。いいタイミングで行けてよかった。仙川に住んでいた頃の食生活はアンカーの唐揚げ、仙川とんかつ、家族庵(経営が変わってしまったけれど)のけんちんうどんがローテーションの3本柱だった。

今日は東京芸術劇場でトゥーランガリラの2日目。2日目の方が緊張した。「愛のまどろみの庭(Jardin du Sommeil d'Amour)」という題名のついた第6楽章は、オンド・マルトノと弦楽器が弾くゆっくりとした旋律(他にあまりないゆっくりとした長い長い旋律だ)に様々な楽器が不思議な感じで関わってくる。特にピアノを聴くと、深々とした森の中にいて鳥の鳴き声を耳にしているようだ。それにしてもよくこんな壮大な曲を書いたものだと思う。メシアンが書くまで世界にトゥーランガリラ交響曲はなかったのだから。
楽譜はレンタルで、おそらく日本の中で使われているものと思うけれど、いろいろな書き込みがあり、それらに助けられたり、もう少しすっきりしていた方が見やすいと思ったり、その時々の様々な様子がうかがえるような気がした。今回の楽譜、ところどころ締まりのないおたまじゃくし(音符)がガイドに書いてあり、見てすぐぴんときた。ずいぶん以前、九響で弾いた時の僕の書き込みだった。

2017年12月31日 (日)

まじりけなく

以前この日記に少しだけ書いた新しいエンドピンのストッパー、こんな理屈による。エンドピンは垂直ではなく、ある角度をもって床に接する。だからチェロの表板と裏板には異なる方向の力がかかるのではないか。ではエンドピンが常に床面と垂直な関係になるようにしたらどうだろう。父にこのアイデアを話したら、仮想的にエンドピンは点で床と接するから角度は関係ないのでは、と言われた。なるほど確かに。

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ハンズで材料(15ミリ厚のサクラ材)を加工してもらい、組み立てた。弾いてみると、明らかに響きが多い。角度の問題なのか、床から浮いた充分な厚さの板がうまく共鳴しているのかはわからないけれど。

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何年も左右非対称のテールピースを使ってきた。それは低い弦がよく鳴るように、という願いから。半年前、重野さんの息子さんが九州産の柘植で作ったテールピースを見て、是非これにしようと思った。材料の密度と加工の素晴らしさはほれぼれするようだ。実際代えてみて、低音は前より出るようだし、音色もはっきりしている。
彼はヴァイオリン、ヴィオラの柘植のあご当てと、さらにそれを楽器に固定するための金属部品も作っている。通常クロムメッキの真鍮製のその部品を、チタンの削り出しで作ったら音がよいそうだ。テールピースを削り出す前の材料を見せてもらったけれど、あの硬さの塊から形を作るのも、チタンの棒から部品を削り出すのも、大変な技術と根気だと思う。

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エンドピンは鉄のエンドピンと、時々真鍮のエンドピンを使ってきた。鉄の音はまっすぐでよく飛ぶけれど、音が平らになったり響きがほしくなったりすると真鍮にし、また鉄に戻し、そんなことを繰り返してきた。以前8ミリ径のエンドピンで鉄を芯にして周りが真鍮、というものを使っていたことを思い出し、それの10ミリ径を見附さんにお願いした。まだ広いところで試せていないのだけれど、響きも多く、低音もよく出ているようだ。

楽器のどこかに少し手を入れても、弓を変えても、エンドピンを変えても、弦を変えても音は変わる。それは本人にとって割と大きな問題ではある。はたして実際に音楽をする際にはどうなのだろう。今の僕は楽器や弓から教えてもらうことが多い。いったいこの楽器は、この弓はどんな音がするのだろう、と感じながら弾くようにしている。

僕のあこがれるあるチェリストは、太く存在感のある低音が魅力的だ。でも彼がそのチェロを手に入れた時のことを知る人から、当時鳴らない印象だったという話を聞き、意外な気がした。低音が出るように、と思って弾き続けた結果その音になったらしい。
もう一人僕のあこがれるチェリストは、いぶし銀の音だ。派手さはないけれど、あぁその音はどんな音なんだろう、もっと聴いてみたい、と思わせる力がある。

本当に大切なことは音楽と心と楽器と体が調和していることだと思う。言葉で書くほど易しくない。できることなら音楽と心と楽器と体の間に何もまじりけなくいたいと思う。

2017年12月29日 (金)

「出発の地に」

12月28日、日経新聞夕刊に掲載された森田真生さんの「偶然の散歩」という文章から

『気づけばあれから半年が経ち、この連載もついに最終回を迎える。最後の原稿に取りかかる前に、またあの公園に出かけたいと思った。「すべて私たちの旅の終わりは、出発の地に辿り着くこと」 ー エリオットの詩の一節が、僕の頭にはあった。』
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「すべて私たちの旅の終わりは、出発の地に辿り着くこと、そしてその地を初めて知るのだ」。エリオットの詩の続きを、僕は心の中で聴いた。』

今年の新聞記事切り抜きを整頓した。それまで知らず、だからいっそう毎週新鮮で素晴らしい発想を頂いたのが独立研究者、森田真生さんの文章だった。やはり知らなかったけれど、言語学者、黒田龍之助さんの文章も楽しかった。切り抜いて取っておかなかったのが悔やまれるのが、パスタのゆで具合(アルデンテ)についての文章。僕のあやふやな記憶でものすごく乱暴に要約すると、好きなゆで具合で食べればいいじゃないか、という痛快なものだった。この夕刊のエッセイは、何度も書いた多和田葉子さんは言うに及ばず、ジェーン・スーさんも素敵だった。
スポーツではベンチプレス、児玉大紀さんの記事が強烈だった。信じられない思いで読んだ。他には三浦知良さん、為末大さんの切り抜きが多かった。音楽ではなんと言っても庄司紗矢香さんの読書日記がよかった。大切な示唆だった。そう、夏限定で読む信濃毎日新聞にも毎年素晴らしい記事がある。
心引かれて切り抜いた記事に共通するのは、とらわれない発想、アイデア、気持ちの持ち方、そうしたものだった。貴重なことを学ばせて頂いた。

昨年の夕刊のコラムで、切り抜いておかなかったことを残念に思うのが漆間巌さん。肩書きからはすぐには想像できない音楽の話が何度も出てきて楽しかった。子供の頃、オイストラフの演奏を体育館で聴いてヴァイオリンの虜になったこと、ソ連駐在中にチャイコフスキー・コンクールを予選から聴いたこと、など。オイストラフの音、どんなだったのだろう。

ところで、今日29日から夕刊は休み。あぁ実につまらない。

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2017年12月28日 (木)

今年の第九

一昨日12月26日は都響、今年3回目の第九だった。3回とも初めて第九を弾くような気持ちで舞台に上がった。大きな伽藍があって、それが「第九」とよばれる伽藍で、ちらりと横目で見て、あぁ第九ね、知ってる、と通り過ぎることもできるし、初めて出会ったその大きな建造物をまじまじと見ることもできる。

まず全体が目に入ってくる、それからだんだん視野を狭めて細部を見ていく。大きな伽藍も、一つ一つの部分からできていて、その部分たちは様々に有機的な働きをしていることがわかる。そしてもう一度全体を見渡したときに、伽藍はまるで違って見える。
第九の始まり方は不思議だ。しばらくラとミの音しかない。ホルン、第2ヴァイオリン、チェロなどがラとミを持続している間、第1ヴァイオリン、ヴィオラ、コントラバスが動機をラミ、ミラ、ラミ、ミラ・・・、と受け継いでいく。色のない5度音程の時間がずいぶん長い。その1時間くらい後の終楽章で、低弦楽器のレシタティーヴォが一山あり、再び第1楽章の冒頭が断片的に現れる時、そこではコントラバスなどが第3音を弾いている。ぼんやり聞いていると、あぁ冒頭が戻ってきたな、と思うのだけれど、実はそこはもう色のない世界ではなく、ドの音が加えられたラドミの三和音がある。ベートーヴェンがはっきりと意思を持ってドを書いたのか、それともごく自然な流れでそう書けたのか、僕にはわからないけれど、そうしたことにも創作の秘密があるような気がした今年の第九だった。

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2017年12月26日 (火)

「雨の歌」

昨日同年代のある方から、以前○○で会ったことがある、と言われ、顔から火が出そうだった。ほとんど30年前、今でもろくでもない人間だけれど、その頃なんて本当に。でも思い返してみて、少なくともひたむきだったあの頃はちょっとだけまぶしく見える。

昨日の第九の舞台裏でブラームスのヴァイオリンソナタが聞こえてきた。
高校生の時、ブラームスをよく聴いた。特に3曲のヴァイオリンソナタと2曲のピアノ協奏曲。「雨の歌」と呼ばれる第1番のヴァイオリンソナタは作曲者によってチェロ用にも編曲されていて、何年か前その楽譜を手に入れ、音域の広さに驚いた。同じブラームスでもチェロソナタとは一つのフレーズの中での音の移動量がまったく違う。

今朝は珍しく早起きして、冬の抜けるような青空の下「雨の歌」を聴いた。高校生の時聴いていたのとおなじオイストラフの演奏だ。

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2017年12月22日 (金)

「答えのない質問」3

「答えのない質問」第1章は「音楽音韻論(Musical Phonology)」。興味深く倍音が説明されることは覚えていた。倍音列の話から(基音がドなら最初の倍音は1オクターヴ上のド、次にその5度上のソ、そして再びド、ミ、ソ、シ♭(ラ♯)、・・・。弦楽器を触ったことのある人ならハーモニクスとかフラジオというあれです。弦長のちょうど半分のところにオクターヴ上の音がするへそみたいなところがありますね、そこから上下どちらにでも指をすべらせて音を出してみると、G線ならほら、ソ、レ、ソ、シ、レ、ファ(ミ♯)、・・・と)、そこに3和音(ドミソなど)が由来すること。そしてトニック(例えばドミソ)に対するドミナント(ドミソに対してはソシレ)の関係が5度の倍音に由来すること(調性音楽のシステムの根幹がここにある)。さらにその5度の倍音、つまりドの5度上のソ、ソに対するレ、レ・ラ、ラ・ミ、・・・(くるりと1周して)ファの5度上のド、この1周した12個の音を1オクターヴの範囲にぎゅっと並べなおすと半音階になること、など。職業音楽家として今さら恥ずかしいけれど、何十年もただあれこれ詰め込んで散らかっていた頭の中が、突然整頓され、いきなり遠くまで見通せるようになった。
例えばピアノのソナチネアルバムで、左手がドソミソドソミソを弾いてからシソレソとなるのは、その作曲家が発明したもの、あるいはもっと昔の誰か偉い作曲家が発明したものというより、音の持つ性質に見事に基づいていること。弦楽器の調弦が5度あるいは4度(5度をひっくり返したもの)になっていることは、まったくもって当然そうなるべきことである、と腑に落ちる。

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さらに第1章の講義では半音階に対する全音階や転調の例としてやはりモーツァルトのト短調の交響曲が出てくる。第一楽章で主題が半音進行をしているときにバスが5度、5度、・・・と進行していること、特に終楽章の展開部の信じられないような転調については、本当に世界が違って見えてくるようだった。第2章でも再びト短調の交響曲を取り上げるのは、今度は散文と詩の違いを題材にとり、文学と音楽を対比して、いったい何が芸術となるのかを実に興味深いアレンジを施して説明するためだった。ふう。

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それにしてもバーンスタインの素晴らしいのは理論的な話になってもいつも、生き生きしたものが芯にあることだ。さて、年末は第4章に進むつもり。

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