音楽

2017年11月12日 (日)

クレルヴォ交響曲

11月8日都響定期演奏会は、引き続きハンヌ・リントゥの指揮でシベリウスのクレルヴォ交響曲。
3日の演奏会でリントゥがシベリウスの2番を演奏した時、リハーサルでは、皆この曲をよく知っているよね、という感じであまり大きく振らず確認だけして、本番でようやく開いた感じだった。含羞と言ったらよいのか、僕は彼のそういうあり方が好きだ。でもクレルヴォではリハーサルの最初から違った。

シベリウス・プログラムが続いたので、シベリウスについて少しだけ調べてみる。1865年生まれ、クレルヴォ交響曲は1891年の作曲、フィンランディアは1899年、2番の交響曲は1901年。フィンランディアに歌詞がつけられたのはずっと後の1941年、それをシベリウス本人が合唱用に編曲し、第2の国歌として歌われている。
クレルヴォはウィーン滞在中に作曲され、その頃シベリウスはブルックナーの3番の初演に立ち会ったらしい。そうでしょう、そうでしょう、クレルヴォの最後の部分の弦楽器の扱いはブルックナーによく似ているもの。ただし僕の意見を言わせてもらえば、その書き方はうまくいっているとは思えない。あんなに細かい音符が多いと弦楽器は鳴りにくい。(長大な曲を弾いていて最後のページにたどり着くといつも、ほっとした喜びにあふれるのものだけれど、このクレルヴォではその最後のページが目に入ったとき一瞬げんなりして、それからもう一度ぐっと下腹に力を入れる。)
第4楽章の後半、イ長調の明るい和音が鳴り(メンデルスゾーンのイタリアの冒頭のよう)そのすぐ後に様々な楽器が主題を追いかけるところの音の感じは、バルトークのオーケストラのための協奏曲の諧謔味たっぷりのフーガ(フーガというのだろうか、第2ヴァイオリンから始まり、第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラと受け継がれるごとに縮まって、コントラバスに順番が回ってきた時は冗談のように短い)にそっくりだ。もちろん、バルトークの方がずっと後だ。
クレルヴォ交響曲には、若いシベリウスが情熱をそのまま書くことにぶつけたような、たくさんの音符がある。独特で民族色が濃くエネルギーも強い。そうしたたくさんの音符は果たして、それに見合う十分な演奏効果をもたらしているかどうかは疑問だ。少し後のフィンランディアや2番の交響曲の頃には楽譜はずっとすっきりとしてくる。でもクレルヴォを弾いていると、様々な作曲家が現れてくるようで楽しかった。シベリウスが意識して書いたというより、深いところで作曲家同士がつながっている感じがした。
シベリウスの生きた時代(彼は長生きだった)、つまり1865年から1957年の世界には、ブルックナーやバルトークの他にも、ざっと見ただけでベルリオーズ、ワーグナー、スメタナ、ブラームス、チャイコフスキー、マーラー(1860年生まれ)、ドビュッシー、R.シュトラウス、ラヴェル、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチ、ブリテン、・・・、ときら星のように名前がある。

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今年2017年はフィンランド独立100年。フィンランディアは独立の前に書かれ、演奏を禁止されたこともあったらしい。今回の演奏会の指揮者、ソリスト(メゾソプラノ:ニーナ・ケイテル、バリトン:トゥオマス・プルシオ)、合唱(ポリテク合唱団)は全てフィンランドから。彼らは文化会館の舞台でどんな気持ちでフィンランディアを歌い聴いたのだろう。彼の国の人口は現在で550万に満たないくらい、東京の半分だ。その小さな国が隣接する大国から独立を守ることがどんなことだったか、僕たちには想像し難いことかもしれない。
ハンヌ・リントゥはクレルヴォに強い思い入れがあるようだった。強いリーダーシップが必要な曲と思う。舞台に立ってから躊躇なく演奏を始めるのもいい。一方で、例えばどこかのパートがもりもり弾くと、お、けっこうやるね、と表情で語ったり、時々(指揮の仕方で)遊んでみたり、カーテンコールの時の所作がドライだったり、そんなところにも共感した。
ポリテク合唱団はヘルシンキ工科大学の学生とOBからなるそうだ。90人の男性合唱の指揮が若く美しい女性で、合唱団と指揮者がうまくいっているらしいのも興味深かった。メンバーは大柄な人が多いけれど、意外に純朴な感じ。黒い飾りのついた、日本でいう学生帽のようなものをかぶっていて、それを洗わないというのがどうも伝統らしい。トリフォニーでの演奏会では燕尾服にその帽子という出で立ちだったそうだ。文化会館でもそうしたらよかったのに。ヘルシンキ工科大学ということは、もしかしてフィンランド発のゲーム、アングリーバードの開発者の中にポリテク合唱団のOBがいたりしないのかなぁ。

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ところでもし万が一、職業音楽家がこの日記を読んでくださっていて、しかもあなたの予定表の近いところにクレルヴォ交響曲があって(まぁそんなことはあまりないと思うけれど)、さらにそのあたりが忙しかったりしたら、この曲はけっこうヘヴィですよ、と申し上げたい。

2017年11月 9日 (木)

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲

11月3日、都響演奏会の前半はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。
サントリーホールの舞台で弾きながら、あの演奏会も同じサントリーでやはりこの時期だったと思い、胸がいっぱいになった。以前にもこの日記で書いたけれど、僕は95年の11月か12月にN響のエキストラに乗せてもらい、初めてベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を弾いた。ソロはイヴリー・ギトリス。その時の第1楽章の展開部の美しさは、あれは何だったのだろう、魔法にかけられたようだった。その演奏会が忘れられないのはギトリスだけでなく、徳永兼一郎さんが出られていたことだ。藤森さんや銅銀さんが徳永兼一郎さんを支え、楽器や弓を持って舞台に上がっていた。舞台袖でギトリスの演奏を「素晴らしいね」、と穏やかな表情でおっしゃったことを思い出す。22年たつ。

この曲はティンパニの4つの音で始まる。4拍子の、音程の同じ4つの音。初演の時この冒頭はどのように受け止められたのだろう、初めて聴いた人は驚かなかったのだろうか。エリアフ・インバルはこの4つの音からなるモチーフを、どこにも行かない、と言った。常に前へ進むということが西洋音楽の大切な要素の一つと思うけれど、それに相いれない彼の言葉に、なるほどと思った。
不思議なのは、後日都響の人たちと話していて教えてもらったことだけれど、独奏ヴァイオリンにそのモチーフが出てこないこと(カデンツァ以外では。そのよく演奏されるカデンツァもベートーヴェンによるものではない)。そして独奏ヴァイオリンが重音を弾くこともなく(カデンツァ以外では)、旋律を弾くこともあまりなく、印象としてほとんどいつも分散和音か対旋律を弾いていること。その裏返しで旋律は主にオーケストラが受け持ち、それが見事な重厚さを曲に与えている。ヴァイオリン協奏曲なのに、オーケストラを弾く醍醐味や幸福感にあふれている。
すっかり耳に馴染んでいるし、ぼんやり聴いていても名曲中の名曲に違いない。でもベートーヴェンは革新的なアイデアを持ってこの曲に取り組んだのだと思う。当時もちろん、ブラームスやチャイコフスキーのような規模の大きなヴァイオリン協奏曲は存在しなかったし、おそらく前例のない中でこのような音楽を構想できたことは信じがたいことのように思える。

第1楽章の展開部では独奏ヴァイオリンの影に隠れるかたちで様々な楽器がその4つの音のモチーフを受け継いでいく。この展開部の素晴らしさは比類ない。道を探して森の中をさまよう、と言ったらよいのか、木管楽器の後、トランペットの長い四分音符を、さらに弦楽器がピチカート(当然短い音だ)で受け継ぎ、再現部ではオーケストラ全体が喜びをもってそのモチーフを演奏する。ティンパニだけで始まる冒頭と見事な対比だ。カデンツァの後、弦楽器のピチカートを伴奏に独奏ヴァイオリンがシンプルに旋律を弾く終止部も美しい。そしてその旋律をファゴットが受け継ぐことは、冒頭の旋律がオーボエで始まることも含めて、それぞれの楽器の音色を生かしたお手本のような書き方だと思う。

4つの音のモチーフは第1楽章全体を通じて、日向になり日陰になり、流れる大切なものだ。ベートーヴェンはこのアイデアをさらに発展させ、あの有名なモチーフが全曲を通じて力を持つ「運命」交響曲を書いたのではないだろうか。

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11月3日の演奏会のソリストはヴェロニカ・エーベルレ。曲の後半に向って加速度的に良くなっていく演奏だった。終楽章のテンポの速さは昨今の流行りだろうか。なぜかはうまく言えないけれど、きっと忘れられない演奏会にの一つになると思う。ただし、冒頭を2つ振りで始めるのにはどうも馴染めなかった。指揮のリントゥさん、あれはやはり4つではありませんか?


2017年10月19日 (木)

10月14、15日の演奏会は小曽根真さんのソロでバーンスタインの交響曲第2番。
1ヵ所だけ、小曽根さんのピアノとピーター・アースキンのドラムスで短いアドリブがある。見事なもので、二人で実に楽しそうに会話をしているのが手に取るようによくわかった。それは言葉以前の、もっと心の動きに近い何か、あるいは気持ちそのものをやりとりしているようだった。
端で見ていて、一旦話が始まってしまえば、あぁ始まった、とわかるし、なるほどそうやりとりするんですね(どこにも隙間のないスリリングなものだ)ということもわかるのだけれど、そのきっかけがどう生まれているのか、いつも不思議だった。いつの間にかごく自然に始まっている。
演奏だけでなく、仕事の場にいる小曽根さんの振舞いも素晴らしいと思う。彼がそういう雰囲気でいることで周囲の人も仕事がしやすくなるし、結局それが全体の良さにつながるのだと思う。

この交響曲第2番は1949年、バーンスタイン30代初めの作曲。ウェストサイドを書く前のバーンスタインだけれど、本当に素晴らしい。音楽とは一体何だろう、そんなことを考えた数日だった。

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2017年10月 4日 (水)

青山スパイラルで開かれている窓学展へ。http://madogaku.madoken.jp
展示を見て、ロストロポーヴィチの言葉を思い出した。
(オイストラフに関するドキュメンタリーの中、当時の体制下で)
音楽だけが太陽に向かって開かれた窓だった、この気持ちは西側の人たちにはわからないだろう、こんなことを彼は言っていたと思う。

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月刊都響6月号、奥田佳道さんの文章の中に大変興味深いロストロポーヴィチの言葉があった。
『「私(ロストロポーヴィチ)はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が大好きです。あなた(筆者)もそうでしょう」と言い、冒頭のオーケストラの調べをティーラララ~と歌い出す。
「ところであなたは、チャイコフスキーがニ長調のロマンティックなメロディを作曲した時、どんな天気だったかを考えたことはありますか?ないでしょうね。そんなこと、誰も考えません。ロシア人音楽家以外は(笑)。
あのメロディは晴れた空を表現したか、そのイメージです。昔のロシア人ならば、歌ったり踊ったりしたことでしょう。
私は歴史家ではありません。しかしチャイコフスキーがヴァイオリン協奏曲のスケッチを始めたときのお天気は、第1楽章のメロディから判断する限り、晴れ以外、考えられないのです。晴れた日のチャイコフスキー、いいでしょう!」』

2017年8月25日 (金)

今週の松本はBプログラムに小澤さんの指揮でレオノーレの3番がある。
先週のマーラー9番は演奏時間一時間半ほど、でも結局あっという間に最後の和音を弾いていた。必ずしも時計が刻むようには時は流れないようだ。今週のレオノーレはおよそ15分、その時間はとても密度が濃い。言葉ではうまく言えないけれど、手に取ることができるような何かがある。

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プログラムの後半はシュトゥッツマンの指揮でマーラーの歌曲とドヴォルザークの交響曲。今週はチェロの場所が外側になり、管楽器がよく見える。言うまでもなく彼らの演奏は素晴らしい。溶けるような音色、彫りの深さ、飛び立つような自由、そうしたものは愛するものを慈しむような演奏から出てくることがよくわかる。僕たちもその中に誘い込まれるようだ。

2017年8月21日 (月)

昨日がファビオ・ルイージが指揮するマーラー9番、2回目の本番。本当になんという曲だったのだろう。あまり経験しない、ずっしりとした重さを感じていた。でも演奏会が終わった今、当分この曲を弾かないことをさみしく思う。

本番の舞台ではいつも、気が付くと終楽章の入り口にいた。それまでにずいぶんたくさんの難しいことを、おそらく一時間は弾いたはずなのに、その時間は飛び越えて終楽章の入り口にいる。
そしてやはりこの曲は終楽章なのだな、と思う。あんなに素晴らしい冒頭のヴァイオリンを聴ける機会はそうない。後半、多くの楽器と一緒に旋律を弾くとき、あたたかい光に包まれる。その時、あぁこの曲はこの人の最後の・・・、と胸がいっぱいになる。(その感じはブルックナーのやはり9番の終楽章で感じるものと同じだった)
ニ長調で始まる第一楽章は霊感にあふれ、提示部も再現部も比類ない美しさだ。その音楽は様々な道をたどり、変ニ長調で終わる。人間の創造の可能性と、素晴らしい演奏家たちの可能性に触れた一週間だった。

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今日は少し譜読みをしてから大糸線に乗った。毎年のように出かける中綱湖、木崎湖へ。草の匂い、鏡のようにないだ湖面に映る山、その湖面に魚たちの波紋が広がる。張った気持ちが溶けていくようだった。

2017年7月11日 (火)

7月10日都響定期演奏会のメインはブルックナーの3番。これまで弾いたことのない1873年版(初稿)で、きっと演奏されることは多くないと思う。冗長に感じられたり、この書き方は上手いとは言えない、という箇所はあったけれど、良い意味でプリミティブで、ブルックナーがどんな人だったのか感じられるような気がした。

第2楽章で次のフレーズの前にチェロのトリルだけが残るところがある。その後すぐにコントラバスだけのトリルもある。そこに来るとシューベルトの最後のピアノソナタを思い出す。変ロ長調D960のソナタには、美しい旋律の合間に、その美しさにぶつぶつ不平を言うような低音のトリルがある。
そして交響曲の終楽章の終わりの方にそれまでの楽章を回想するところがあり、木管楽器が吹く旋律が、どうしてもシューベルトの子守歌に聞こえてしまう。

指揮はマルク・ミンコフスキ。およそコンパクトとは言えないこの曲が長く感じられなかった。終始にこやかに、しかも集中は途切れずに。
それにしても第1ヴァイオリンの音符の密度と量は大変なものだ。あの人たちの仕事ぶりには頭が下がるばかりだった。

2017年6月17日 (土)

昨日はJTアートホールで向山佳絵子さんを中心としたチェロアンサンブル。4年ぶりの演奏会は、何だか夢のようで、あっという間に終わってしまった。

95年に始まったこの公演は、僕にとって大きなものだった。素晴らしい人たちに混じって弾かせてもらう機会は何より得難いものだった。力不足だったり、周りが見えていなかったり、そういうことは多々あったと思う。
久しぶりに個性豊かな12人が集まると、やはりにぎやかで、楽しい時間が戻ってきた。20年以上たっても変わらず楽しくなる人たちを選んだ向山さんにはただただ感服する。そしてこの12人の中に入れてもらった幸運に感謝するしかない。

以前よりずっと、それぞれの人たちのそれぞれの素晴らしさを感じた。様々な音楽の方向があり、それぞれにいぶし銀のような仕事の仕方があることが、間近で接して、ひしひしと伝わってきた。そんな中で弾ける時間は密度が濃く、幸せだった。

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2017年4月24日 (月)

先週先々週と、都響にはアラン・ギルバートが来ていた。昨日一昨日はベートーヴェンプログラム。
「英雄」を弾きながら、30歳を過ぎて初めてこの曲を弾いた時のこと、試用期間が始まる前の新日フィルで、小澤さんの指揮で7公演のツアーを回ったことなどを思い出した。
アランの指揮はよく練られた中に即興性を持ったものだった。今の僕は以前よりはるかに曲の重さを感じる。ベートーヴェン渾身の、驚くべき革命的な音楽だったのだと思う。演奏の度に僕たちはその世界を旅していく、ということだろうか。人間にこんな曲が書けたことは信じられない。便利に快適に生きる現代の人間にはもはや不可能なことでは、と思う。

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プログラムの前半はイノン・バルナタンのソロでラフマニノフの狂詩曲。彼の素晴らしい集中力は、こちらまで楽しくなるようだった。
昨日は大阪公演。街に着くと東京とは別の国にすら感じる。街の人たちも聴衆も明るかった。もう一つ、新幹線の弁当売り場、東京より大阪の方が安く品揃えも豊富に感じたのは気のせいか。

2017年3月21日 (火)

今日の東京文化会館公演で、3公演続いた大野和士さん指揮のブラームスプログラム(ニ短調のピアノ協奏曲とホ短調の交響曲、ソリストはシュテファン・ブラダー)は終わり。ずしりとしたプログラムの期間中、様々な思いが去来した。

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