音楽

2019年5月22日 (水)

「ペダルなしで、しかしたくさんの色彩をもって」

20年ほど前、年輩のアマチュアチェリストと、彼が親しくしていた理髪師と話をする機会があった。バッハのゴルドベルク変奏曲のことになり、当時の僕にはグレン・グールドの衝撃的なデビュー盤か、彼がスタジオにこもるようになってからの晩年の録音か、しかなかったのだけれど、その理髪師(仕事中によく音楽を聞かれていたのだと思う)は、私はグールドではなくアンドラーシュ・シフの演奏を聴きます、と言ったことを覚えている。何かひっかかりながら、その時の僕は「ふーん」と思っただけだった。

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数ヶ月前、シフの弾くバッハの平均律(前奏曲とフーガ)のCDを求めた。ずっとグールドの録音しか知らなかった。スピーカーから流れてくるシフの演奏は、まるで今そこで音楽が生まれているようにみずみずしい。
よく知られているように、前奏曲とフーガはハ長調で始まり、ハ短調、半音上がって嬰ハ長調、嬰ハ短調、ニ長調、・・・、と全ての調性を一巡りする。それが第1巻と第2巻と二回りある。シフの2011年の録音は4枚組になっていて、僕はその4枚を順繰りに聞いている。ライナー・ノーツにはシフ自身による 'Senza pedale ma con tanti colori' という文章(「ペダルなしで、しかしたくさんの色彩をもって」)もあり、このイタリア語の題から僕はチェロ組曲の、アンナ・マグダレーナ・バッハによる写本の表紙 'Suites a Violoncello Solo senza Basso composees par *. *. *. Bach Maitre de Chapelle' を思い浮かべた。( * にはイニシャルが入っているのだけれど、僕には判読不能・・・。)

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前奏曲とフーガを聞いているうち、2回に1回ある短調の時に、長調の和音で終止することがしばしばあることに気付いた。チェロ組曲、第5番のプレリュードもそう。おもしろいのは5番のチェロ組曲をバッハ自身がリュートのために編曲したト短調の組曲では(BWV995)、プレリュードは暗いまま終わる。どうしてだろう?。暗く終わっても明るく終わっても、たいした問題ではないのだろうか、それともバッハにはきちんとした理由があったのだろうか。
もう一つリュート組曲の興味深いのは、チェロ組曲にはない音がたくさん書かれていること。僕たちの知らなかった声部があり、あぁバッハはこう感じていたんだ、と思う。アンナー・ビルスマが、バッハは3曲の無伴奏ヴァイオリン・ソナタと3曲のパルティータ(チェロを弾く人間には、目もくらむような見事な4声体だ)を書いた後、チェロのための、もっと音を省略した、弾き手や聴き手の想像力を呼び起こす曲を書こうとした、とどこかで言っていたことを思い出す。そして、ソナタ形式という便利な方程式のようなものが発明される前、即興的で生命力にあふれたフレーズを、あんなにたくさんバッハが生み出したことは、驚くべきことだ。

これもビルスマが言っていたことと思うけれど、チェロ組曲の、マグダレーナ・バッハの写本の表紙にはイタリア語、フランス語、ドイツ語が混在している。そしてチェロ組曲を構成する5つの舞曲の出自は多彩だ。アルマンドはドイツを意味するフランス語、クーラントはフランスまたはイタリアが起源、サラバンドはスペイン、メヌエットとブーレ、ガヴォットはフランス、ジーグはイギリスやアイルランド。バッハの時代、隣国フランスでさえ、ましてイタリア、スペイン、イギリスは実際に行くにはとても遠いところだったと思う。どうしてバッハはこうした様々な国の言葉や舞曲を用いたのだろう。多くのことを統合しようと試みたのだろうか。

様々な作曲家の様々な曲を弾いてきた。そうした中で今もし、バッハの音楽はどういう音楽ですか?と聞かれたら僕は答えに窮する。ベートーヴェンは?という問いの方がまだ答える方法がありそうだし、時代が下るにつれ、モーツァルト、ブラームス、チャイコフスキー、マーラー、・・・、ずっと答えやすくなる。
子供の頃読んだパブロ・カザルスの写真集か本に、彼が毎朝ピアノでバッハの前奏曲とフーガを弾く、とあったことを覚えている。(小さかった僕は、どうしてチェロでなくピアノなの、と不満だった。)カザルスは毎朝初めて弾くようにバッハを弾いた、毎朝新しくバッハを経験していたのでは、と思う。
'Bach'はドイツ語で小川を意味する、と聞いたことがある。’小さい’とは到底思えないけれど、そして長く顧みられない時代があったようだけれど、後の西洋音楽の大きな流れの源になっていると思う。

2019年4月30日 (火)

「希望の灯り」

少し前に観たのが映画「希望の灯り」(原題'In the Aisles')kibou-akari.ayapro.ne.jp
すごい二枚目も絶世の美女も登場せず(こういうことを言うのははなはだ主観的だけれど)、舞台は時代に取り残されたような大型スーパー、画面に映るのはその大きな通路、陳列棚、フォークリフト、休憩所、幹線道路、街灯、バス、夜明けの空、・・・、昔の東ヨーロッパを思い出させる寒々とした光景ばかり。でもこの映画は美しい。見事だと思った。監督のトーマス・ステューバーは1981年生まれ、僕は30代半ばの時に世界をこう見ることはできなかった。彼は何が美しいのか、よく知っているのだと思う。美しいか美しくないか、は物によるのではない。
「希望の灯り」の冒頭は、スーパーの見上げるように高い棚の間をフォークリフトが動いていく映像で始まる(確か、僕の曖昧な記憶によれば)。その時にかかる音楽が「美しき青きドナウ」。それはS.キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」を強く思い起こさせる。宇宙船が漆黒の宇宙をゆっくりと動いていくシーンに使われた音楽だ。
帰宅して久しぶりに「2001年宇宙の旅」を少し見たら、素晴らしくて驚いた。CGというものなどない時代。公開は1968年、アポロ計画が月着陸を果たす前だ。2019年現在、有人宇宙船は木星はもちろん、火星にだって到達していないけれど、あの映画で重要な役割を果たすコンピュータ「HAL」は今のAIを予言しているようだ。

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「希望の灯り」を観た週、都響は東京、大阪で公演があった。プログラムの前半はグリークのピアノ協奏曲。ソリストはニコライ・ルガンスキー。
この曲を弾いていると海が見える、波の音が聞こえてくるようだ。(「希望の灯り」の基調の色は青、隠れた主題は海だったと思う。)特に好きなのは第2楽章、主題が始まった瞬間に心動かされる。後半いきなり調性が明るくなってチェロが旋律を弾く時は、解き放たれるようだ。
ルガンスキーは2公演とも、アンコールでメンデルスゾーンの無言歌を弾いた。大阪で弾いたop67-2「失われた幻影」は良かった。たとえ大きなドラマはなくても、音楽は本当にいいな、と思う。フェスティバルホールは舞台も客席もバックステージも広大だ(時々自転車か、キックボードが欲しくなる)。笑顔で拍手をして下さる聴衆を見て、心温まる思いだった。

2019年4月 4日 (木)

すらすらと

昨日までは冬のような北風で澄んだ青空、今日は南風が吹いてふわっと暖かくなり、空気の透明感はなくなった。紀尾井ホールに通っている。ライナー・ホーネックさんの指揮とヴァイオリンで、モーツァルトの交響曲第25番やセレナータ・ノットゥルナなど。駅からホールまで歩く間、桜が青空に映えて美しい。

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ホーネックさんがヴァイオリンを弾く姿は、まるで最初からそうだったように、楽器と体が一体となっている。言葉や指揮で説明するより、ヴァイオリンで弾く一つ一つの音が雄弁に語る。音、フレーズの感じ方、テンションのかけ方、音程の取り方、・・・。一つ一つのフレーズに話し方があり、ぼんやり聴いているとそれがとても自然なので気付かないけれど、日本人の感覚に遠く、もしかして気付いてすらいないことを教えてくれているのかもしれない、と思う。彼のヴァイオリンを聴いていると、projectionという言葉が浮かぶ。音は投射する、投影する、何かを空間に放つようなものだと感じる。手元で楽器をごしごし弾くのではなく。

ト短調、第25番の交響曲は劇的で暗い。冒頭にリズムの強い摩擦はあるけれど、皆同じ音を弾く。第3楽章、第4楽章の冒頭もユニゾンだ。4つの楽章のうち3つがユニゾンで始まる。どういうことなのだろう。

2楽章ではヴァイオリンが弾く主題をすぐファゴットが追いかける。2本のファゴットはぴったり3度音程で書いてあるのに、追いかけられるヴァイオリンは(第1ヴァイオリンと第1ファゴットは同じ音)、第2ヴァイオリンが少し違う動きをする。きっとヴィオラ、チェロ・バスとの兼ね合いをとるため、物事をスムースに進めるため、第2ヴァイオリンをそう書いたと想像するのだけれど、それは熟考の末なのか、それともすらすらと、こうした方がいいでしょ、という感じでモーツァルトは書いたのか、どちらなのだろう。 

モーツァルトのト短調と言えば、第40番の交響曲が有名だ。バーンスタインがハーバード大学で行った分析は本当に素晴らしい。(20171222日の日記をご覧ください http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/post-2a59.html)この交響曲は第3楽章を除けば、半音進行がたくさんあり(例えば第一楽章の、一度聴いたら忘れられない主題、ミ・レ・レがすでにそうだし、第2主題も)、それらは当然多くの転調を伴う。第2楽章の転調は魔法のようだ。信じられないのは、第4楽章の展開部の入り口、ユニゾンでシ・レ・ファ・ラ・シ・・・、と弾く19の音で書かれたフレーズ。主音のソ以外の全ての音(!)が使われている。モーツァルトはたまたまこう書けてしまったのか、それともそうしようと意図して書いたのか・・・。こういうことに出くわすと、以前にも引用したブコウスキーの言葉を思い出す。(20151230日の日記をご覧ください http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-9a57.html

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『・・・ひとつひとつの音を、新たなる血や意味の迸りを渇望している男のように大いに味わって楽しみ、しかもそうしたものが実際に含まれているのだ。何世紀にも何世紀にもわたる、偉大な音楽の汲めど尽きない豊かな泉に、わたしは心底驚愕させられている。ということはそんなにも多くの偉大な人たちがかつて生きていたというわけだ。そのことに関しては説明することができないが、そうした音楽を享受できたこと、感じ取れたこと、それらを糧にできたこと、そして賛美できたことは、わたしの人生に於ける実に幸運なできごとだと言える。ラジオをつけてクラシック音楽に耳を傾けることなしに、わたしはどんなものであれ決して書くことはできない。書きながらそうした音楽を聴くこと、それが常にわたしの仕事の一部となってしまっているのだ。ひょっとして、いつかそのうち、誰かが、どうしてクラシック音楽には驚嘆に値する人物のすさまじいまでのパワーが込められているのか、そのわけを教えてくれることにならないだろうか?・・・』

2019年3月27日 (水)

強く燃え立たせる

3月23日は都響福岡公演、24日名古屋公演、昨日26日は東京文化会館での定期演奏会だった。

名古屋で休憩時間にソリストのガブリエル・リプキンと少し話をした。そもそも「ロココの主題による変奏曲」の第3変奏をハイポジションで終えた後、しっかり松脂のついた指でそのまま第4変奏を始めるのは平気なの?という他愛もない質問を投げたのだけれど、すぐ弾き方のことになり、楽しかった。彼は僕の左肘を支えて腕を真上にして、この重さを使いたい、弾くときに腕の重さを100パーセント使うんだ、それは右も左も同じ、と言っていた。大柄な彼が低い椅子に座り、湾曲したエンドピンでチェロの角度を低くして弾く姿勢は、それを実現した状況になっている。いつも体と弦との接触を保っているよね?と尋ねたら、そう、左手だけでなく弓も同じで、それは例えば声を出している時に突然息を止めることをしないように、音が持続するように、ということだった。(僕のまったくひどい英語で、こう理解したのだけれど・・・)
湾曲したエンドピンを使っているのは、知る限り、彼だけだと思う。トルトゥリエやロストロポーヴィチは短いエンドピンでチェロを寝かすために、一カ所で曲がったものを使っていた。僕はエンドピンがしっかりした支えになるよう、太い10ミリ径のものを使っている。彼はきっとエンドピンの弾力を生かしているんだろうと思った。柔軟な体勢の楽器を弾く、思いもしなかったことだけれど、なるほどその発想は良いかもしれない。
僕の場所から見えるリプキンの弓は、見事にまっすぐな軌跡を描いていた。ロココの第4変奏の32分音符はすべて弓毛が弦に噛んでいて、一つ一つの弓の返しの度に、「くくくく・・・」という音が聞こえた。楽譜には書いてあるけれどほぼ誰もしない第2変奏のスラースタッカート(しかも下げ弓)、多彩なヴィブラート、トリル(とても速いトリルを遅くしていき、それをターンに自然につなげるところは見事だった)、第3変奏の最後のその高いミの音にしっかりヴィブラートをかけること、・・・。常識にとらわれず様々なことに向き合っていることがよくわかった。sempliceと書いてある主題をなんだか凝った感じで弾くことや、第3変奏の大変ゆっくりなテンポ(ドのピチカートが延々続くこちらは気絶しそうになる)には同意できなかったけれど。彼は自分に正直な人なのだなと思った。

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昨日の定期演奏会はロココではなく、ブロッホのシェロモ。本番の舞台でのリプキンは素晴らしい集中だった。ブロッホの音楽の何かに彼の心を濃く強く燃え立たせるものがあるようだった。その何かは指揮のインバルも感じていて、明らかに二人は音楽の核となるものを共有しているようだった。残念ながら、僕はその強いものを傍観するばかりだった。あの火のみなもとはいったい何なのだろう。

インバルの指揮するショスタコーヴィチの5番は、よく進む、テンポの速い演奏だった。83歳、他の誰よりも生命力にあふれ、よく通る声、笑顔、即断即決の指揮官型、指揮台にしっかりと立ち、素晴らしい肩の可動域(この人の辞書に四十肩とか五十肩という言葉はなかったのだろう)、暗譜で。年を取ることの見本のような人だと思った。
僕の持っているショスタコーヴィチの5番は、バーンスタインがニューヨークフィルを指揮したもの。40年前の東京文化会館でのライヴ録音だ。ショスタコーヴィチは世を去っていたけれど、鉄のカーテンがあった時代の、その厳しさを感じさせる素晴らしい演奏だ。彼と、当時の人々に思いを馳せながら弾いた。

3月、年度末。思いがけない方と共演でき、そして様々な出会いと別れがあった。

2019年3月23日 (土)

体験する

今日は福岡への移動日。東京から5時間新幹線に乗り、ホテルに荷物を置いた後、さらに1時間電車に乗って海に向かった。車窓から海が見える時にはいつも、はっとする喜びがある。どうして海を見るのか。自然は人間と関係なくあるからだと思う。素晴らしいことに、水平線はどこへ行っても水平線のままだ。

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音楽や文学、美術、社会、その他多くのことは、人間が関係している。そして100メートル走の記録のように明確な基準が存在することはあまりない。
音楽のよりどころは作曲家の残した楽譜だ。演奏とは、作曲家が何を言おうとしたかを読み取って、それを再現しようとすることだと思う。昔は、音楽は自分の好きなように弾けばいい、と思っていた。今は違う。黒子のように職人のように、楽譜に書いてあることを読み取ろうとする、そしてそれを実現しようとする。その先にはもしかして何かがあるのかもしれない。
多くの音楽に接してきた、そしてその時間が増えるごとに、作曲家のことをより強く感じるようになる。簡単に言えば、どうして人間にこんなことができたのか信じられないほどだ。

先日の演奏会はブルックナーの8番の交響曲だった。1月に6番を弾いた時も感じたけれど、テンポが速いと思う。先へ先へと追われているようだった。演奏会の前にO君が、ピアニストにとってブルックナーは最も遠い作曲家ではないでしょうか、と言っていたことを思い出す。オルガンのように常に持続する音の中にいる音楽だと思う。1つの和音から次の和音へ移るとき、その瞬間が本当に素晴らしい。
長大なこの交響曲の中で、第3楽章に先日の版では2カ所だけ、シンバルとトライアングルが入る。大変印象的な使い方だ。Nさんが教えてくれたのは、(音程がないことになっている)その2つの楽器に、音程が書いてあり、それはきっと作曲者が響きに明確なイメージを持っていたのでは、ということだった。シンバルとトライアングルが最初に入るところ、そこは曲全体の頂点と言っていいと思う。バスにシ♭が書かれたミ♭・ソ♭・シ♭の和音が輝かしく4小節鳴った後、バスがド♭に半音上がり、さらに強くド♭・ミ♭・ソ♭の和音が鳴る。その時が2度目のシンバルとトライアングルの登場だ。

ブルックナーの前には、バッハのマタイ受難曲の中から、アルトのアリアをごく小さい編成にアレンジして弾くことがあった。マタイ受難曲は昔よく聴いていた。純粋に音楽として聴いていたのだけれど、今回、対訳の歌詞を見ながら聴いたら、モノトーンだった世界が急に色彩を帯びてくるようで驚いた。言葉と音楽との関係が本当に興味深かった。言葉がどのように音楽に関わってくるのか、もしかして言葉が音楽を生み出すのか、チェロ組曲や他の器楽曲からは想像もできない豊かな世界があった。

このところ家にいるときによく聴くのはベートーヴェンのピアノソナタ。初期から始めて順番に中期、後期と聴き、32番まで行ったらまた初期に戻る。毎回初めて聴くように聴く。一人の作曲家がどのように変化していったかをたどるのは、奥深い探検のようだ。題名のついた有名な曲や、後期の人間離れした曲はもちろん素晴らしい。でも初期や名前のない曲にもたくさん惹かれるところがある。ベートーヴェンがどのようなモチーフを思いつき、どのように発展し展開させ、終わらせたのか。リチャード・グードがカザルスホールのプログラムに書いたように、驚くべきことにどの曲もまるで違っていて、でもどの曲もまぎれもなくベートーヴェンだ。
こういう聴き方をするようになり、たとえ聴く時でも音楽は体験するものだと、ようやく気がついた。

2019年2月28日 (木)

2月

上映が終わってしまう、と思って、今月初めにあわてて観に行ったのが映画「私は、マリア・カラス」。(https://gaga.ne.jp/maria-callas/)
全編マリア・カラスの映像、あるいは彼女の書いた手紙の朗読(誰が読んでいたのだろう)。有名なオペラの有名なアリアを歌うシーンはもちろん素晴らしく、あぁこういうものか、と思った。同時に、音楽家の優れたドキュメンタリーがそうであるように、大スターだったマリア・カラスも、体には血が流れ、きっと涙を流すことがあり、同じように傷つくことのある一人の人間だった、そのことを知り、心動かされた。
ル・シネマでの上映は混雑していて驚いたけれど、引き続き他の映画館で上映されているそう。これだけの映画、あの短い期間だけではもったいないもの。

今月は新国立劇場で仕事があり、その期間に出かけたのが隣、東京オペラシティ アートギャラリーで開かれている写真展「石川直樹 この星の光の地図を写す」(http://www.operacity.jp/ag/exh217/)
初期の写真(といっても石川さんは若い)から現在まで、変化に富んだ展示は見応え十分だった。会場のところどころには石川さんの言葉がある。世界中で撮られた写真を見終わり、出口近くで目に入ってきた文章が印象的だった。

『家の玄関を出て見上げた先にある曇った空こそがすべての空であり、家から駅に向かう途中に感じるかすかな風のなかに、もしかしたら世界のすべてが、そして未知の世界にいたる通路が、かくれているのかもしれません。』

何かを表現する時に、うまく言えないけれど、足が地に着いている、ということはとても大切なのだな、と思った。ひたすら頭の中で何かを考えたり生み出そうとしたりすることはできるのかもしれない、でもきっとそうではなく・・・。

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その写真展の翌日に出かけたのが、森美術館の「新・北斎展」(https://hokusai2019.jp)
平日昼間だったのに、六本木に着く直前に調べたら入場は60分待ち、との情報だった。せっかちで人混みの嫌いな僕は帰ろうか、と思ったけれど、あれこれ用事を作り、済ませ、夕方の美術館に入った。地に足がついていない、というのか、この地上50何階かにある美術館はどうも苦手、と最初思いながら、たくさんある作品にすっかり見入ってしまった。同じ日本でも今は2019年である、ということは抜け落ちてしまうようだった。
北斎のことは詳しく知らないけれど、ひたすら画を描いた生涯だったのだろうと思う。芸術、なんて意識はあったのだろうか。会場に多く展示されていたのは様々な木版画、それらは思ったよりはるかに小さく、緻密で、精確だった。木を彫って版木を作る、正確に美しく、しかも大量に速く。原画を描いた北斎だけでなく、版木を彫る職人、紙に摺る職人、・・・、名前の残っていない腕利きの職人たちが、おそらくたくさんいたのだろう、そんなことに思いをはせ、心打たれた。当時のできあがったばかりの版画をもし見ることができたら、それは思わず引きこまれてしまうような美しさだっただろう、と思う。
展示の最後には晩年の肉筆画がいくつかある。僕はひまわりの絵が好きだった。太い線で、何と言ったらよいのだろう、まっすぐ描いてある。この絵は縦長だけれど、ゴッホのひまわりを連想した。

昨日読み終わったのは山内一也著「ウィルスの意味論」。十分に理解した、とはとても言えない、でも楽しく、どの章も眼を開かれる思いで読んだ。ウィルスとはいったい何か、19世紀初めの驚くべき種痘プロジェクトなど、様々な事柄から最近よく報道される豚コレラまで。世界を見る目が変わるようだった。

2019年2月15日 (金)

ロメオとジュリエット、ウェストサイドストーリー

時々教えに行っている大学オーケストラの、今月の演目はチャイコフスキーの「ロメオとジュリエット」とドヴォルザークの「新世界より」。
チェロの分奏はいつも時間が足りなくなり、曲の後半が手薄になるので、先週は「ロメオとジュリエット」の後ろの方から始めた。曲の終わり近く、調性が明るくなり、木管楽器のコラールを過ぎて、低弦から始まる弦楽器のセクションをみていた時、もしかして・・・、と思った。バスがシ、ラ、ソ♯、・・・、と同じ音型を何度も繰り返すそのフレーズは、バーンスタインが作曲したウェストサイドストーリーの音楽の中にも、同じ音型がある。第二幕の「Somewhere」、女声で歌われる美しい旋律だ。七度音程の跳躍で始まるそのフレーズは何度も繰り返され、波のように押し寄せる。
ウェストサイドストーリーはシェイクスピアの戯曲「ロメオとジュリエット」に倣っている、と聞いたことがある。もしかして、バーンスタインはチャイコフスキーの「ロメオとジュリエット」へのオマージュとして、さらにもしかして、シェイクスピアへのオマージュとしても、チャイコフスキーの序曲からその音型を引用したのかもしれない、と思った。あるいは、たまたまその音型を書いてしまったのか(バーンスタインがチャイコフスキーのこの曲を知らなかった、ということはなかったと思う)、創作の秘密がどこにあるのかはわからないのだけれど。

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動画サイトでチェリビダッケ&ミュンヘン・フィルの新世界を見た。https://youtu.be/_9RT2nHD6CQ
何度も弾いてきた曲に新しい世界が見える。チェリビダッケの指揮を見ると、あぁ確かに楽譜にそう書いてありますね、でも僕はそのことに気づいていませんでした、と思う。2019年の今日にはもう、こんなに存在感のある指揮者はいないのかもしれない。オーケストラの団員の感じも他と違う。
しても仕方のない後悔だけれど、チェリビダッケとミュンヘン・フィルの演奏を実際に聴かなかったことは悔やまれる。聴くチャンスは二度もあった。

2019年2月 7日 (木)

昨日の日経新聞から

昨日、2月5日の日経新聞夕刊には楽しい記事がたくさんあった。
一面は翻訳家の松岡和子さん、
『マラプロビズム(おかしな言い間違い)成立には条件がある。まず、それを聞いた観客に、間違いのない「正しい」言い廻しを即座に思い浮かばせなくてはならない。次に、言い間違いが「正しい」言葉の反対語になったり、文脈上見当はずれになったりする「おかしさ」が生まれねばならない。この条件は原文のみならず、マラプロビズムの翻訳にも当てはまる。・・・・・』
その例として「へびこつらう」「悲喜もごもご」「ばっくざらん」「てもちぶたさん」と続く。

二面にはウナギの産卵場所を探す塚本勝巳さんの連載が、そして最終面には落語家、桂南光さんの「こころの玉手箱」。その中から

『「本来無一物」と書かれた掛け軸は、大師匠の桂米朝師匠の形見分けでいただいた。・・・・・
 この掛け軸は薬師寺の管主だった高田好胤さんからもらったそうだ。書いたのは好胤さんの師匠の橋本凝胤さんという人で、「人間は裸で生まれて裸で死んでいくわけだから『本来無一物』を信条に生きなさい」という教えだという。米朝師匠が掛け軸を気に入って譲ってほしいと頼むと、「なんぼ米朝さんでも師匠が私のために書いてくれた宝物をあげることはできません」と断られた。
 普通はここで引き下がるところ、米朝師匠は「そうでっか。本来無一物というのを信条に生きているのに、それを手放すことはできんということですなあ」とチクり。好胤さんは「米朝さんには参った。確かにそうですな」とくれはったという。』

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朝刊には悲しいニュースがあった。ジャズ評論家、児山紀芳さんの訃報。目にしたとき、あっと声が出た。
土曜日夜のNHKFMの番組「ジャズ・トゥナイト」、児山さんの穏やかな口調の解説と共に聞くジャズは、とても心地よい時間だった。最近は他の方に代わることが多く、気にしていたのだけれど。放送で一方的にこちらから知っているだけの方、でもラジオから流れてくる声を聞くだけで、音楽への広い愛情が伝わり、素敵だなと思う、そういう方だった。
黒田恭一さんのことを思い出す。黒田さんが担当されていた日曜日午前中のFM番組の最後は「どうぞお気持ちさわやかにお過ごしくださいますよう、・・・」と結ばれ、寝坊助の僕もその言葉に動き出すきっかけを頂いていた。もう10年近くたつのか・・・。(2009年6月の日記をご覧ください。ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-ea77.html)

謹んでご冥福をお祈りいたします。

2019年1月12日 (土)

シェーンベルクのヴァイオリン協奏曲

1月10日の都響定期演奏会の前半はシェーンベルクのヴァイオリン協奏曲。パート譜をざっと見た時、そんなに黒くないし(細かい音符が多くないということ)きっと大丈夫、と思っていたら、僕のこれまでの音楽人生の中で(さほどのものではない)、指折り何番目かの難しさだった。ただし同僚から、そんなに難しいんですか?、とか、チェロ大変そうだね、と言われたから、パートによって印象はずいぶん違うらしい・・・。(オーケストラではよくあること)

何が難しかったのか、考えてみる。
最大の理由は定型がほとんどなかったことだと思う。リズムが似ているようにみえる時でも、毎回少しずつ違う。あるリズムが拍の前にきたり、拍の頭にきたり、アップビートが八分音符だったり十六分音符だったり、複雑に入り組んでいる。慣れてきて他のパートが耳に入るようになると、かえって惑わされる。その上、十二音技法というのか、音の予想がいつもつかない。リズムにも音にも定型がない。逆に言うと普段、身についた定型に頼っている部分がかなりあるということだ。
そのような場合は、淡々と、ただ目の前の音符を一つずつ丁寧に弾いていく、それが良い方法だったのかもしれない。実際問題、丁寧に弾く時間はほとんどなかったけれど。猛烈なスピードで動いていく現在の状況の中に身を置きながら、楽譜を読んで、その中にフィットしていくように音を出していく。以前、オーケストラ奏者は空間認識能力が高い、という話を聞いたことがある。楽譜を図形のように、地図のように素早く読む、ということだろうか。(残念ながら、僕の能力がたいしたものだとは思えない)素人考えだけれど、世界ラリー選手権に出場するようなナビゲーター(運転席の隣に座って、地図を読み、方向などの指示をドライバーに出す人)がもしオーケストラ奏者になったとしたら、非常に高い能力を発揮するかもしれない、と思う。オーケストラで弾くことが趣味の、プロのナビゲーターがもしどこかにいたら、話を伺ってみたい。

自分が間違えて飛び出した箇所を、次に通る時気をつけていると、他の人が飛び出したりして、あぁ自分だけじゃないんだ、と思う。シェーンベルクという人は人間のことをよくわかっていて、こう書くと君たちは間違えるよね、と見られているようだった。
そして、これはいつものことだけれど、記譜が、へ音記号、ハ音記号、ト音記号と目まぐるしく変わり、ピチカートとアルコの持ち替えに加えてバットゥート(弓の木の部分で弦をたたく)の指示もあり、ディヴィジの指示(パートの中でさらにパートが分かれる)であちこち目が泳ぐ。加えて追い討ちをかけるように、写譜が読みにくい。同じ小節の中で1拍にあてられるスペースが違い、あぁもう、実に読みにくい。大事な休符が隅の方に追いやられて、くしゃっと書いてあったりする。写譜屋さんは独自の美学お持ちなのかもしれないが、たとえば四拍子なら、一小節をだいたい四等分して書いて頂きたいと切に願う。

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一言で言えば、足りない頭と体ををフル回転させた演奏会だった。難しさに翻弄されて終わったけれど、曲自体はなんだかおもしろそうだった。ソリストはパトリツィア・コパチンスカヤ。リハーサルの最初から素晴らしい演奏だった。何より素晴らしいと思ったのは、超絶技巧の演目のはずなのに、いつも自然な感じでいたところだ。そこが一番大切なのかもしれない。本番の衣装ではわからなかったけれど、彼女はいつも素足でヴァイオリンを弾いていた。

僕は聴いていないけれど、この曲はヒラリー・ハーンの録音がよく知られているらしい。そのCDのカップリングはシベリウスの協奏曲で、収録順はシェーンベルク、シベリウスだそうだ。何人かのヴァイオリンの同僚と話していて、シベリウスを聴く目的でこの録音を持っている人が、その時初めてシェーンベルクも入っていることに気づいていた。収録順からすると、演奏者の意図は明らかにシェーンベルクを聴いてほしい、ということだろうけれど、進んでシェーンベルクを聴く人は多くないかもしれない。だって例えば、朝すごく早い時間に目が覚めた時、シベリウスを聴こう、とは思っても・・・。(シェーンベルクさん、ごめんなさい)

プログラムの後半はブルックナーの6番。久しぶりに弾いた6番は、バランスが取れて美しい曲だった。
大野さんの指揮は早めのテンポで、横のつながりがよく見えた。シェーンベルクとは対照的に、ブルックナーのフレーズは2、4、8、16小節の定型で書かれている。それぞれのフレーズの和音がどのように書かれているのか、どのような進行をしているのか、そして次のフレーズに移る時、前のフレーズとどういう関係なのか、そんなことを感じながら弾くのは楽しかった。ブルックナーの演奏は重厚長大になりがち、でも今回のようによく進むテンポもいい、という思いと、低弦が十分に鳴り切るにはもう少し時間がほしかった、という思いがまざった。

2018年12月31日 (月)

ひたすら

6月に、ある小さな演奏会でバッハの二つのヴァイオリンのための協奏曲を聴いた。昔から何度も弾いてきて、通奏低音のパートはすっかり覚えているくらいだけれど、その時初めて、なんて素晴らしい曲なんだろう、と思った。今年の最も大きな音楽的な出来事の一つだった。もし無人島に一枚のレコードを持って行くとしたら、僕は迷わずこの協奏曲にする。第2楽章だけでもいい。
高校生の頃、オイストラフの演奏を聴いたはず、とCDを探した。(その時聴いたのがメニューインと協演したものだったか、オイストラフ親子によるものだったか定かではないのだけれど)録音を聴いても感動はよみがえってくる。カップリングで入っているベートーヴェンのロマンスも素晴らしい。オイストラフの演奏に触れると、弦楽器はこう弾くもの、音楽はこう演奏するもの、と感じる。様々な情報にあふれ、足元が見えなくなりそうなとき、立ち戻る場所になる。

もう一つ、今年素晴らしかったな、と思うことは、年代も国も様々な5人の優れた演奏家・作曲家に会った時に受けた印象だ。接したのはいずれもリハーサルの合間だったり、終演後だったりした、そうしたタイミングもあるのかもしれない、相対した時、拍子抜けするほど彼らには邪気がなかった。握手をしようと手を出すと、こちらの手が向こうに通り抜けてしまうような気がした。子供のよう。その印象が見事に5人に共通していた。彼らの素晴らしいパフォーマンスは、そうした心の持ち方も関係しているのではないか、と思うようになった。充分に自己実現できていて、それに打ち込むことができている。

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もちろん演奏家には、ただならぬ雰囲気を漂わせたり、威圧的だったり、何かを腹に抱えていたりする人もいる。僕はといえば、様々なとらわれがある。こだわり、執着、好き嫌い、と言ってもいい。独断だけれど、演奏家の多くは人一倍執着の強い人たちだ。それは意外なほど演奏に影響しているのではないか。
演奏家として、素晴らしいことや苦いこと、様々な経験をする。そうした経験に、善し悪しだったり好き嫌いだったり、価値判断や感情的なものが結びつき、長い時間をかけて澱のように心に積もっていくことは、果たして良いことなのだろうか、と思うようになった。

体を使って何かをする、パフォーマンスをする時に、心や意識がどうあるか、というのは技術的な訓練と同じくらい大切なのではないだろうか。子供から大人になり、経験を積み、意識が大きくなり、考え事をするようになり、何もなかったところに、名誉、報酬、責任、地位・・・、こうしたことが重くまとわりつくようになる。ただ夢中でしてきたことに、意識の様々なことが入り込んでくる。
毎年のように色々なスポーツで、華々しい活躍を見せる10代の選手が現れる。しかし長く活躍し続ける選手は多くない気がする。専門的なことはわからない、肉体的な条件など様々なことがあると思う。例えば有名になり、メディアの取材を受け様々な媒体に出て・・・、そうしたことが続いた時、多くの選手の心に何かが起きているのではないか。放っておいてあげればいいのに、といつも思う。大きな大会の前は特に。メディアが騒がなかったらきっと違う活躍が、と思う選手がたくさんいる。

執着といえば、報道が続く自動車会社元会長のことを考える。彼はどうしてあんなにたくさんのお金が欲しかったのだろう。僕には想像もできないような素晴らしい使い道があったのだろうか、それともただただ、欲しかったのだろうか。

大晦日、除夜の鐘が108回撞かれる。それほど人間には煩悩があり、それらがしっかりと根を下ろす前に払ってしまいなさい、ということだろうか。来年のことを言うと鬼が笑う、というけれど、来年はできることなら、なぜ、どうして、何のために、など考えず、毎日真っ白な心で、ひたすら生きて弾いて、過ごしたい。

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