音楽

2020年6月30日 (火)

6月の日経新聞から

今月をふり返ってみる。

6月29日日経夕刊から、
『米ジョンズ・ホプキンス大学によると、世界の新型コロナウィルスの累計死者数は29日、50万人を超えた。欧米各国に加え、ブラジルやメキシコなど新興国でも増加している。・・・
 新型コロナの世界の累計感染者数も1千万人を突破した。先進国を中心に経済活動を再開する動きが見られ、感染ペースが鈍化した国では渡航制限を一部緩和する動きも出てきた。ただ再開を急ぐあまり感染が再拡大する懸念も広がっている。
 感染の再拡大を防ぐための動きも出ている。・・・』

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6月5日日経夕刊から、
『英製薬大手のアストラゼネカは4日、英オックスフォード大学と開発する新型コロナウィルスのワクチンについて、今年から来年にかけて20億回分の生産が可能になるとの見通しを発表した。』

6月11日日経夕刊から、
『米政府が支援する3つの新型コロナウィルスのワクチン開発計画が今夏にも治験の最終段階になどに入ることが10日、分かった。・・・
 報道によると、7月に米バイオ医薬ベンチャーのモデルナがワクチン開発の最終段階に当たる治験の第3段階に入る。
 米ジョンソン・エンド・ジョンソンは9月に予定していた初期段階の治験を7月後半に前倒しすると10日、発表した。
 8月には英オックスフォード大学と協力する英製薬大手アストラゼネカも第3段階に入る。米政府の支援を受け、各社は約3万人を対象にワクチンとプラセボ(偽薬)を投与し、新型コロナ発症率の差を確認する。通常、同段階では数千人が治験対象となるが、開発を加速するために規模を拡大する。
 これらとは別に、米政府が100億ドルを投じた「ワープ・スピード作戦」の支援対象となっている米ファイザーのワクチン候補は7月にも第3段階の治験に入る準備を整えている。
 ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、今後、仏サノフィが開発するワクチンも大規模な治験を政府が支援する可能性があるという。
 米紙ニューヨーク・タイムズによると、新型コロナのワクチン開発計画は世界中で135に上る。しかし、第1段階以上に進んでいるものはごく少数に限られる。』

6月13日日経朝刊から、
『第一三共は12日、新型コロナウィルスに対するワクチンを開発すると発表した。2月から東京大学と研究を進めてきたが、効果が確認できたことから開発に乗り出す。今後は動物試験などを実施。2021年3月ごろの臨床試験開始を目指す。』

6月18日日経夕刊から、
『大阪府の吉村洋文知事は17日の記者会見で、大阪大発のバイオ企業「アンジェス」が開発を進めている新型コロナウィルスのワクチンについて、10月に400~500人規模の臨床試験を実施すると説明した。
・・・
 ワクチンは大阪大の森下竜一教授が中心となって開発。吉村氏は治験や国にの認可を経て、2021年春~秋の実用化を目指し、数百万人分の製造が可能としている。』

6月24日日経朝刊から、
『新型コロナウィルスの「第2波」に備え、欧州各国がワクチンの調達を急いでいる。ワクチンはまだ開発段階だが、米国が先駆けて欧州製薬会社と契約を結んだことに対抗する。各国政府が製薬会社と直接交渉し、今秋にも供給されるワクチンを確保しようと躍起だ。』

6月18日日経朝刊、「史上最大のワクチン事業 仙台医療センター・ウィルスセンター長、西村秀一氏に聞く」という記事から、
『ワクチンは流行が来てみないと効くかどうか分からないんです。頻度は低いかもしれないが副作用もあるし、因果関係が不明でも接種後に偶然亡くなる人が出ることだってあります。たとえば心筋梗塞など。多くの人が接種するほどそうした報告が頻発する。すぐに大量のワクチンが用意できないときは、接種の優先順位を決める必要があります。医療従事者か、高齢者か、基礎疾患のある人なのか。小児はどうするのか。
 こういうことを接種事業を実施する前に国民に説明しなければならない。副作用事案に備えてきちんと調査をする期間を整えておく必要もあります。何事もリスクはあります。』

秋以降、欧米でワクチンの接種が始まり、日本では来年になって一部の人に、ということだろうか。そして来年の春にはワクチンの効果や副作用について、検証や報道がされているのだろうか。

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6月5日日経朝刊から、

『新型コロナウィルスに感染した子供で、発熱や発疹、腹痛などを患う『川崎病』に似た症状になったとの報告が欧米で相次いでいる。』

6月6日日経朝刊から、
『新型コロナウィルスの感染者が重い合併症を患う症例が、世界で相次ぎ報告されている。心臓や脳、足など肺以外でで重篤化するケースが目立つ。世界では300万人近くが新型コロナから回復したが、一部で治療が長期化したり後遺症が残ったりするリスクも指摘され始めた。各国の研究機関は血栓や免疫システムの異変など、合併症のメカニズム解明を急ぐ。』

6月12日日経朝刊から、
『新型コロナウィルスの感染が拡大していた4月、「特定警戒地域」だった13都道府県のうち11都府県で平年より死亡数が大きく上回る「超過死亡」があったことが11日、日本経済新聞の集計で分かった。・・・
 東京都は11日、緊急事態宣言が発令された4月分の死亡数を公表。死亡数は1万107人で、平年より1056人(11.7%)増加した。都を含め埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、福岡の計7都府県は平年より1割以上増えていた。』

わからないことばかりだ。

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6月17日日経朝刊、「唾液の抗原検査 重要」という専門家会議副座長、尾身茂さんの記事から、
『PCR検査と組み合わせる検査として期待を示したのが唾液による抗原検査だ。この検査は唾液に含まれる新型コロナウィルスの一部の物質を検出する。現状では、遺伝子の量を調べるPCR検査に比べて感度が劣る。企業が精度の検証をしている段階で、まだ実用化していない。
 尾身氏は予備的な調査を元に、精度の問題をクリアして利用できる見込みを示唆した。』

6月22日日経朝刊から、
『専門の技師や検出器を使わず、30分程度で新型コロナウィルスを判定する検査法が実用に向けて動き出す。日本大学の桑原正靖教授らが作ったウィルス検査で、月内に塩野義製薬と量産向け検査キットの開発でライセンス契約を結ぶ。インフルエンザのように病院で医師や看護師が検査してすぐ結果を知ることもでき、経済再開に向けた環境整備につながる。
 塩野義は検査キットが診断に使えると判断すれば、厚生労働省に薬事承認を申請し、今秋の実用化を目指す。』

人類の叡智を結集して、リトマス試験紙のように、誰でも手早くできる検査方法を開発できないのだろうか。外出前、5分くらいで陰性か陽性か調べられるようになったら、ずいぶんいいのに。


6月10日日経朝刊から、
『ソフトバンクグループは9日、グループの社員や医療従事者ら4万人を対象に実施した新型コロナウィルスの感染歴を見る抗体検査の結果を公表した。抗体を保有していた陽性率は0.43%だった。』

6月16日日経夕刊から、
『厚生労働省は16日、東京、大阪、宮城の3都府県で実施した新型コロナウィルスの抗体検査の結果を公表した。過去に感染したことを示す抗体保有率は東京0.1%、大阪0.17%、宮城0.03%だった。いずれも公表ベースの感染率を上回ったものの、海外と比較して低水準だった。・・・
 一方、米ニューヨーク州が実施した検査の抗体保有率は12.3%、スウェーデンのストックホルムは7.3%に達しており、海外の感染拡大国に比べると低水準だ。
 同省も「大半の人が抗体を保有していない」と結論付けた。現時点では抗体がどれだけの期間持続するかや、抗体保有者に再感染リスクがないかは分からないとしている。』

6月4日日経夕刊から、
『スウェーデン政府で新型コロナウィルス対策を担う疫学者のアンデュ・テグネル氏は3日「我々がやってきたことは明らかに改善の余地がある」と述べた。同国はロックダウンをせず、多くの人が感染して『集団免疫』を獲得することを目指す独自路線を取ったが、死者数が増えて批判が強まっていた。』

6月26日日経朝刊、「集団免疫 終息のカギ」という記事から、
『集団免疫は感染者の割合がどれくらいになれば得られるのか。これは1人の感染者が新たに何人に感染させるかを表す『基本再生産数』という値などから割り出す。欧州の感染例を参考に基本再生産数を2.5として感染の広がりを求めると、全体の6割程度の人が免疫力を持てば感染は収まるとされている。・・・
 スウェーデンのストックホルム大学などは免疫を持つ人が4割程度で集団免疫が獲得できるとの試算をまとめ、英科学誌サイエンスに発表した。外出する機会などが多い13~39歳の若年層が感染した割合が7割に達すれば、高齢者などの感染した割合が3割前後に留まっても再流行しないと分析した。
 英オックスフォード大学などのグループは人口の1~2割が感染するだけで流行が拡大せず終息に向かうとした。感染しやすさや接触頻度がばらつけば、感染は広がりにくいという。
 ・・・・ ただ集団免疫の推定を巡る研究は実際の社会で実証されておらず追加の研究が欠かせない。また感染者でも免疫が長期にわたり保たれず集団免疫は期待しにくいとの指摘もある。』


6月24日日経朝刊から、
『空港検疫のPCR検査で新型コロナウィルスの感染確認が相次いでいる。入国制限により検査対象は全国で1日1千人程度にとどまるが、ほぼ連日新たな感染者が見つかっている。・・・
 政府は2月以降、水際対策を順次強化し、23日時点で入国拒否は111カ国・地域に及ぶ。現在入国できるのは日本人の他、早期に再入国の手続きをした上で日本を離れていた永住者や日本人の配偶者に限られる。症状の有無にかかわらず全員がPCR検査を受ける。
 ・・・
 政府は経済活動の回復に向けてビジネス目的の往来に対する制限を緩和していく方針。』

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6月15日の夕刊に掲載された日本フィル理事長、平井俊邦さんの記事から。

『 ー 危機に瀕する各オーケストラが存続する上での課題は。
「制度上の問題が大きい。多くの楽団が公益財団法人という形態をとっているが、年間の収入と支出をトントンにしなければならない『収支相償の原則』がある。利益を出し、積み立てておくことが難しいため、今回のような危機への備えができない。一方、2年連続で純資産が300万円を下回ると、法人資格を失い解散を迫られる」
「日本では、文化芸術は余裕がある人の道楽や教養ととらえられてきた面がある。だが心がカサカサになったときに、芸術がどれだけそれを潤わせ、和ませることができるか。長い自粛生活で痛感した人も多いのではないか。社会と経済、文化は一体のものだ」』

6月16日日経夕刊に掲載された作家、堀川惠子さんの『「不要不急」は人生の糧』という文章から
『劇場は連日、補助席も足りないほどの大入り満席。俳優は白銀のバックライトに唾を飛ばして熱演し、観客は肩寄せ合う熱気の中で物語に浸った。そんな舞台の「熱」を取り去らねばならぬコロナ対策は、あまりにむごい。
「不要不急」のレッテルを貼られた文化や芸術が先を見通せず、解を求めて苦しんでいる。演劇界でもネット上の試行錯誤は行われているが、劇場の一期一会の緊張感と臨場感は他には代えがたい。その空気感は、どんな精巧なカメラで撮影してもとらえきれぬ無二のものだ。
・・・・・
「文化は良き時代にのみ享受される贅沢品ではない。芸術は生命の維持に必要な存在だ」
ドイツの文科相が国民に語りかけた言葉に、一縷の希望を見出す。が、ここでなぜ遠い海外の大臣の言葉を引用せねばならぬのか、それもまた歯がゆい。』

大編成が必要なマーラーなどの交響曲や、大きな合唱団が入る第九の演奏会は難しそうだ。それだけでなく、演奏が終わった後、客席からの「ブラボー」も、舞台上で演奏者同士が握手をする習慣も、しばらくなくなるかもしれない。
都響は来月、予定を変更し、規模の小さな公演を開く。一方、ニューヨーク・フィルは来年1月5日までの公演中止を発表した。https://nyphil.org/plan-your-visit/how-to-prepare/health-and-safety 日本では様々なことが動き出しているけれど、この報道に接して、有効な治療法もワクチンもまだないことを思う。

2020年6月22日 (月)

若い演奏家たち

仕事に最低限必要なだけしかクラシック音楽を聴かない時期がずいぶん長くあった。ラジオもニュース以外はJ-waveかInterFMのみ。最近はNHK-FMもよく聞くようになった。ごくたまに朝早く目が覚め、ラジオからバロック音楽が流れてくると、この僕にも何だか素晴らしい一日が訪れそうな気がするし、そのほかの時間帯でも、興味のなかった演奏に触れ、思いがけず心を動かされることがある。

グイード・カンテッリという指揮者を知らなかった。日曜日のラジオから流れてくる音の素晴らしさに心奪われた。古い録音にもかかわらず、オーケストラの音が信じられないくらい生き生きしている。きっとカンテッリがいると、奏者たちは自分の能力を十二分に発揮できたのだろう。1920年生まれだから、例えば1919年生まれのバーンスタインや20年のノイマンと同世代。大変残念なことにカンテッリは航空機事故で若くして亡くなった。

ユリア・フィッシャーという若いヴァイオリニストも知らなかった。ブリテンやブルッフの協奏曲の素晴らしい演奏を聴き、調べてみると、彼女は演奏会の前半でサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲、後半はグリークのピアノ協奏曲(ピアノで)を弾く、ということもするらしい。ロストロポーヴィチがモスクワ音楽院の試験でラフマニノフのピアノ協奏曲を弾いたり、歌手である夫人のピアノ伴奏をしたりしていたことを思い出した。

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オーケストラの活動がままならない中、パリ管が新しい音楽監督を発表した。なんと1996年生まれのクラウス・マケラ。この4月、都響は彼の指揮でショスタコーヴィチを演奏するはずだった。マケラは素晴らしいチェリストでもある。

先日久しぶりに上野駅でJRを降りたら、ホームで流れる音楽は変わらずマイスタージンガーだった。その前に流れていた「誰も寝てはならぬ」には少々うんざりしていたけれど(プッチーニさん、ごめんなさい)、マイスタージンガーは、簡略化されていても素晴らしいと思う。予定としては、今はオーケストラピットに入ってマイスタージンガーの音楽にまみれている時期だった。

2020年6月10日 (水)

「心の中に」

この日記も意外と長くなり、忘れている記事は多い。確かある画家が別の画家のことを書いた文章があったはず、と探したら9年前のことだった。心にふれるものがあって書き留めたのだけれど、その時はそれが何かわからなかった。
2011年2月の日記、日経新聞で安野光雅さんが佐藤忠良さんについて書いた文章から、

『何という光栄だろう。彼が直接に絵を描くところを初心者の目で見たのである。当然だが、ほかの誰もが描く方法と少しも違わない。外見に違いはない。まねのできない心の中にどうすることもできない違いがあると思えた。』

当時僕の日記を読んでくださったOさんが、この文章に言及したことは覚えていた。引用した僕自身はよくわかっていなかったのだけれど、今、本当にそうですね、と思う。人の心の中に入ることはできない。でも、こうして書かれた文章からほんの少しだけ、うかがうことはできる。それはとても貴重な経験だと思う。

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以前の日記を見返していたらピアニスト、舘野泉さんの文章を何度か引用していることに気付いた。こんな文章があった。2010年4月の日記から、

『・・・私の日常も、ピアノを弾くのは別段何かをしているということでもなくて、金太郎飴のように何処で切ってもいいし、どこから始めてもよいのかもしれない。・・・一日何時間弾かなければならないし、しばらく弾かないでいると感覚が鈍くなるというものでもない。いつでも、どんな時でも弾ける。ただ、しかし、楽器に触れた途端になにか実態のあるものに触れ、自分が確かに生きているという自覚を覚え、頭が冴え冴えと澄んでくるのも事実である。・・・
私は、ピアニストというのは手職人だと思っている。若いときからずっとそうだった。音楽を手で触るという感覚は面白い。手で音を撫で、愛しみ、大事にしていくのだ。・・・作曲家の生涯だとか作品の構成とか歴史といったものに興味を持ったり考えたりしたことはない。あるのは作品だけ、その音だけである。・・・
手職人、・・・という言葉が私は好きである。海に網を投げる漁師も好きだ。作品との対峙、対決をし、自分の個性を主張する行き方は好きではない。作品を通して無名性にいたることこそが望みだ。』

この文章を引用した10年前の僕は何を感じていたのだろうか。10年経って、近くが見えにくくなったり、若くはないんだな、と感じることはある。けれど、年を取ることは決して悪くない。
図書館が再開して、舘野さんの本を借りてきた。「舘野泉の生きる力」(六耀社)から、

『僕はステージに出て行く直前、何も考えない。ステージに出たら、そのとき世界が変わるのだ。ポンと音をたたくだけで、即座に新しい世界に飛び込める。
一曲目が終わり、二曲目に移れば、また全然違う世界が開ける。それはあたかも俳優が、まったく異なる登場人物を演じるとき、前のキャラクターを引きずらないのに似ている。違う色、違う心象になって、その前の気持ちはもう全部消えている。次の曲に入る前にひと呼吸置くとか、そういう間合いもあまり考えない。とにかく、一音弾けば、僕はそれで次の世界に入ってしまう。次のステップにパッと飛んで行けるのだ。
 ・・・・・
そして、弾き終わればまたすべてを忘れる。「今のはよかった!今度も同じように弾こう」と過去に固執することもないし、「あの曲を弾いた!」という感動に浸ったり、そうした感動の中で弾いたりすることもない。』

2020年5月28日 (木)

デュポールの練習曲

チェロを教えていて、何か練習曲を、ということになり、同僚や何人かの演奏家に聞いた後、デュポールに決めた。ポッパーはまだ早いし、3巻あるシュレーダーは僕が耐えられそうにない、と思った。
ほとんど練習曲を弾いてこなかった。ポッパーのハイスクールとほんの少しのピアッティ、グリュッツマッハーの第2巻は難しさとその分量に挫折・・・。デュポールを練習するのは初めて。以来半年と少したち、驚いたことにバッハの組曲を弾くのが楽になった。もう30年くらい早くさらっておけばよかった。少年老い易く、学成り難し、一寸の光陰軽んずべからず、・・・。

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パリのアンドレ・ナヴァラ門下に入るとまず、デュポールの7番を右手首を積極的に動かす練習に使う、と子供の頃教えられ、以来漠然と苦行のような印象を抱いていた。
デュポールの練習曲は21曲あり、7、8番が有名。楽譜を開けてみると、第1番はひたすら3度や6度の重音が続いて大変そうなので、他の番号をいくつか先に弾いてから戻った。第1番は美しい。バスパートが別にあり、2つのパートが合わさると音楽的に素晴らしく完結する。

対面でレッスンができなくなってしばらくして、確かどこかにデュポールのCDがあったはず、と探したら3曲も見つかった。ガブリエル・リプキンが7番を自由にアレンジして6連符で弾いているものと、ビルスマがスロウィックと録音した9番と11番。ロンベルクのソナタとのカップリングで、ケースには9番としか印刷されていないのに、11番も入っていることに気付いた時は、小躍りしそうだった。
ビルスマはどうして9番と11番を録音したのだろう。演奏は素晴らしい。アンナーさん、ご機嫌なテンポで飛ばしていますね、と言いたくなる。以前Yさんに、協奏曲を弾く時の彼は、本番になると練習よりずっと速く弾いて、大変なことに・・・、と聞いたことを思い出した。この録音を聴いた後でチェロを弾くと、何にしても重い音で、もたもたしているようにしか聞こえない。

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おそらく、チェロの練習曲を代表するのはポッパーだと思う。コンパクトで、技法が見事に凝縮されている。
岩崎洸先生がチャイコフスキーコンクールを受けに行ったとき、ポッパーの20番が課題だった。当時のソヴィエト代表は秘密主義で、練習の様子は外部に明かさない。予選が始まったらマイスキーはとてもゆっくりなテンポで20番を弾いた、と話された。
僕の学生時代、Hさんが、やはりチャイコフスキーコンクールのファイナリストが弾くポッパーの33番の録音を聴かせてくれた。それは信じられないくらい鮮やかな演奏だった。そして何と言ってもポッパーの素晴らしい演奏は、シュタルケルの録音だ。器が違いすぎることに打ちのめされる。

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デュポールを弾くと、ポッパーは断定的でいかめしく、重たいと感じられる。一方、こちらは次から次へと話題の出てくる、饒舌でお洒落な人と遊んでいるようだ。有名な7、8番は、やはり素晴らしかった。全体的に細かい音符が多く、重音もたくさんあるけれど、実際に音にしてみると、心の動きが引き出され、チェロや音楽の新鮮な可能性に触れられるようだ。

楽器の練習は、どんな方法でどんな内容で、どのくらいの時間、そうしたことばかり気にしてきた。晩年のトルトゥリエが、毎朝チェロのケースを開けるのが楽しみで仕方ない、と言っていたことを倉田先生に伺い、あぁそんな人がいるのかと、恥ずかしながら、驚いた。
どのように生きて、どのように世界が見え、どのように音楽が満ち、あるいは思い描き、それを実現するために、与えられた自分の心や体をどう使うのか、自分の出す音をどう聴くのか、毎日少しずつ耕すような、何かをつなぎ変えていくような、そういうことなのかもしれないと思う。

2020年5月 7日 (木)

デビュー作

先日の日記に書いたミケランジェリの「謝肉祭」か、ルービンシュタインの弾くブラームスの3番のソナタをよく聴いている。
少し前に買ったCD9枚組のルービンシュタイン、ブラームス全集に入っていたもので、ピアノ協奏曲やピアノ四重奏を聴きたくて買い、僕にとってはほとんどおまけのようについて来たソナタ(ごめんなさい)を、ふと聴いたら素晴らしかった。

3番、ヘ短調のソナタは作品5。特に美しい第2楽章は、そう知らされなければブラームスとわからないかもしれない。こういう言い方が良いのかわからないけれど、作曲家特有の重さとは無縁で、まるで今の季節の新緑のようなさわやかな息吹がある。
きっとルービンシュタインの演奏も素晴らしいのだと思う。どこにも思い込みのようなものがなく、常に自然な息づかいで音楽が進んでいく。以前、彼の自伝を読んだとき、本当に人生を愛した人と思った。演奏を聴いてもそのことがよくわかる。

僕は昔から作曲家晩年の作品に気を取られる癖があった。でもこの9枚組のCDの中には、1番のピアノ協奏曲(作品15)、3番のピアノソナタ(作品5)、ピアノ五重奏(作品34、ソナタと同じヘ短調だ)、2番のピアノ四重奏(作品26)などがあるし、他に好きなブラームスの作品を思い起こすと、例えば2曲の弦楽六重奏(作品18と36)だって若い作品番号だった。

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昨年出版された「開高健短篇選」は、彼のデビュー作「パニック」で始まる。昔から開高さんの本を読んできたけれど、「パニック」は読んでいなかった。この選集が出版されたことでようやく、気にとめていなかった「パニック」を読み、20代半ばの作家がこう世界を見ていたことに驚いた。

後に開高さんが「夏の闇」の中で、

『「最初の一匹はいつもこうなんだ。大小かまわずふるえがでるんだよ。釣りは最初の一匹さ。それにすべてがある。小説家とおなじでね。処女作ですよ。・・・」』

と主人公に語らせていたのは、このことだったのか、と思う。「夏の闇」を初めて読んだ時は何もわからなかった。

20代後半の僕は釣りに夢中で、開高さんの「フィッシュオン」に始まり、「オーパ」や「もっと広く」、「もっと遠く」など釣りにまつわる本ばかり読んでいた。あの頃もし「パニック」を読んでいたら、何か少し違っていたかもしれない、と思う。

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2020年4月14日 (火)

”Music from the ashes“

しばらく前、ラジオからチェロとピアノの現代曲が流れてきて、難しそうだけれど一体どうなっているんだろう、と思った。"Aschenmusik"というアルバムに入っているハインツ・ホリガー作曲のロマンセンドレ(Romancendres)という曲だった。
別の日に、Hさんとホリガーの話になり、オーボエ界はローター・コッホ派とハインツ・ホリガー派に分かれ、でもリードにこだわらない分、ホリガーの音楽の方が自由、と聞いた。

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その後少しして、タワーレコードに注文した"Aschenmusik"が届いた。
"Aschenmusik"は作曲家、オーボエ奏者のホリガーが、ライフワークとして取り組んできたシューマンを軸にしたアルバム。目当てのロマンセンドレを挟むようにシューマンの作品、カノン形式の6つの小品、3つのロマンス、間奏曲、1番のヴァイオリン・ソナタが入っている。
3つのロマンスの、ホリガーの演奏を聴いたとき、あぁ、まさにこれがシューマンですね、と感じた。僕にとってシューマンは長いこと謎だった。でもホリガーの演奏に触れ、言葉でうまく説明することはできないけれど、こういうことなんだと感じた。

Aschenmusik、ライナーノーツの英訳ではMusic from the ashes。ash(灰)とは、シューマンが晩年、療養所に入る数ヶ月前に作曲したチェロのためのロマンスの楽譜が、本人の意志に反して出版されず、燃やされてしまったことを指している。
CDのライナーノーツに詳しく書かれているのだけれど、ブラームスは出版する価値がないと考え、シューマンの死後、クララ・シューマンの生前に楽譜が燃やされ、・・・。さらに、シューマンは友人のチェリストにこの楽譜をプレゼントしていて、その足跡をたどってスティーヴン・イッサーリスをはじめ何人かがオーストラリアまで行ったのだけれど。
ロマンセンドレは、失われてしまったこのロマンスに言及するように作曲された。

ライナーノーツには他にも、シューマンのレパートリーに関して興味深いことが書かれている。「ファウストの情景」の中でチェロ協奏曲とまったく同じモチーフをヴァイオリンが弾くこと、ホリガーは3つのロマンスをそれぞれ異なる詩のように演奏しようとしたこと、シューマンは構築的であると同時に無意識的であること、ヴァイオリン・ソナタの初稿の最後には「チェロでも」と書いてあること(このアルバムではチェロで演奏されている)、・・・。

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「文學界」2019年12月号に掲載された村上春樹さんの短編「謝肉祭(Carnaval)」は、シューマンの「謝肉祭」が核になっている。

『・・・二人で総計四十二枚の『謝肉祭』を聴き終えた時点で、彼女のベストワンはアルトゥーロ・ミケランジェリの演奏(エンジェル盤)であり、僕のベストワンはアルトゥール・ルビンシュテインの演奏(RCA盤)だった。・・・。』

という箇所を読んで、記憶がよみがえった。シエナの講習で受けたマリオ・ブルネロの最初のレッスンがシューマンの協奏曲で、足が震えるほど素晴らしかったこと、ブルネロはドヴォルザークよりシューマンの協奏曲の方が好きだと言ったこと(シューマンは毎回何かが起こる、と言っていた)、シューマンの二面性を理解するために「謝肉祭」を聴くよう言われたこと。しばらくして「謝肉祭」のCDを買ったのだけれど、鈍感な僕は何も感じず、ほとんど聴かなかったこと、その長く眠ったままのCDがミケランジェリの演奏であること。

その短編の中に、こんな箇所がある。

『「ウラディミール・ホロヴィッツはあるとき、ラジオのためにシューマンのヘ短調のソナタを録音したの」と彼女は言った。「その話は聞いたことある?」
「いや、聞いたことはないと思う」と僕は言った。シューマンのその三番のソナタは聴く方も、演奏する方も(たぶん)相当に骨の折れる代物だ。
「彼はその自分の演奏をラジオで聴いて頭を抱え込み、意気消沈してしまった。これはひどい演奏だって」
 彼女は赤ワインが半分ほど残ったワイン・グラスを手の中でまわしながら、しばらくじっと眺めていた。それから言った。
「そしてこう言ったの。『シューマンは気が狂っていたが、私はそれを台無しにしてしまった』って。・・・・・』

"Aschenmusik"のライナーノーツでホリガーはこんなことも語っている。クララとのロシア演奏旅行の後、シューマンは自分の存在意義を見失って厳しい状態に陥り、回復の足がかりをつかむためにバッハを深く学び、カノン形式の6つの小品や、2番の交響曲を書いた。(バーンスタインが札幌で開かれた第1回のPMFで、命を削るようにして、若者のオーケストラを指揮したのがシューマンの2番だった。)

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昨晩のラジオからはシューマンのピアノ五重奏が聞こえてきた。今朝は幻想小曲集や民謡風の5つの小品の楽譜を見たり、アダージョとアレグロを久しぶりに弾いてみたりした。初めてピアノ五重奏を弾いたのは30年前、幻想小曲集は20年は触れていなかったと思う。シューマンの作品が、今は別の姿を見せている。
ミケランジェリの「謝肉祭」は、耳を澄ませると、鍵盤が動いて、それがハンマーを動かしていることや、ペダルを踏み替える様子まで聞こえてくるようだ。知らなかった作品を、知らなかった演奏家の演奏で初めて聴くように、聴いている。ライナーノーツには93年、ミケランジェリ最後の日本公演のことも書いてある。あの頃、僕と同じ年のてっちゃんやY先生が、この時のドビュッシーを絶賛していたことを思い出した。

2020年3月28日 (土)

創作の秘密は

先日M君と、今年彼らはラズモフスキーの1番を演奏することになっていて、やはり難しい曲、という話しをした。僕は10年ほど前、一分の隙もなく緻密に書いてあるこの曲を、少しでも実現できるよう練習したのだけれど(できたかどうかはさておき)、本番の舞台に上がる時、こんなに緻密に書いてある曲をいったいどうやって弾くのだろう、と感じた。
今は、余計なことは考えず、ただひたすら弾けば良かったのだ、と思う。

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M君と話した翌日、スコアを見ながらラズモフスキーの1番を聴いてみた。それは素晴らしくわくわくする体験だった。久しぶりに楽譜を開いても、やはり音符は緻密で、けれど曲の成り立ちのようなものは以前より見えるようだった。この何年か、ベートーヴェンのピアノソナタをよく聴き、僕の頭の中が多少組み変わったのかもしれない。
ラズモフスキーの1番を聴いて楽しかったので、翌日2番を聴いてみた。こちらは30年近く前に弾いて以来。出してきたスコアはすっかり黄ばんでいた。ただ、同じスコアのはずなのに、はるかに多くのことを示しているようだった。(あの頃、倉田先生のところにレッスンに行くとよく、トルトゥリエの指使いや弓使いが書かれた楽譜を写した。自分のスコアが黄ばんでいるのを見て、当時写した先生の使い込まれた楽譜を思い出し、そして30年近い時間の経過を思った。)断片的な記憶になっていたラズモフスキーの2番を、再びスコアを見ながら聴く、というのは実にスリリングな経験だった。ばらばらにになった土器が、全ての破片が思いがけず揃って、もう一度元の状態に戻っていくようだった。しかも古い記憶が甦っていくと同時に、新しいことが僕の中で起きている感覚があった。

ラズモフスキーの1番だけ見ても、これほどたくさんの要素が一人の人間から生み出されたことが信じられない。そしてラズモフスキーの1番と2番の間には大きな違いがある。ベートーヴェンの作品に触れる度、どの曲も、他の作曲家では考えられないほど異なっているのに、同時にどの曲も紛れもなくベートーヴェンである、という矛盾した感覚にとらわれる。ラズモフスキーの3番はもっと違う。この創作の秘密はいったい何だろう。
ラズモフスキーの3番は桐朋に入った年に弾いた。今はどうしてこういう曲になっているのか、少しわかる。あの頃は何もわからず、ただ夢中で弾いていた。それはそれで素晴らしいことだったのかもしれない。

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ラズモフスキーの1番(ヘ長調)はチェロの旋律で始まる。なかなか印象的な出だしだ。でもこの冒頭は落ち着かない。ヴィオラがラ、第2ヴァイオリンがドを八分音符で刻んでいるのだけれど、主音のファがどこにもなく、しかも旋律が内声の八分音符より低い音域で動いている。チェロが8小節弾いた後、第1ヴァイオリンが旋律を受け継いでさらに8小節弾く。その時下3声はド・ミ・ソ・シ♭の和音を刻んでいて、さらに2小節ある経過部分を過ぎると、19小節目で初めてファ・ラ・ドの和音が鳴る(!)。ハーモニーの観点から言えば、ここが曲の始まり、ということだろうか。
どうしてもチェロや第1ヴァイオリンの旋律に耳がいってしまうけれど、実は16小節までずっとドを弾く第2ヴァイオリンが曲の構造を示していると思う。19小節目に現れる主和音を強く導く属音のド。横のつながりで見ると、それは動きを生み出す八分音符であり、縦に和音で捉えると最初はラ・ドのド(ファ・ラ・ドなのかラ・ド・ミなのか、わかりにくい)、やがてド・ミ・ソ・シ♭のドになる。見事な作りだと思う。

バーンスタインがハーバード大学での講義で言ったことだけれど(2017年12月の日記をご覧下さい http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/post-3c62.html )、同じような構造が、マーラーの5番の交響曲にもある。

有名なアダージェットの1小節目、ヴィオラがド、それからラを伸ばし、ハープが下降するアルペジオでド・ラ・ド、そこにチェロのラが加わり、・・・。ドとラしかなく、ファ・ラ・ドなのかラ・ド・ミなのか何なのか、わからない。2小節目の後半で第1ヴァイオリンがドで始まる旋律を弾き始め(ラズモフスキーの1番の旋律の始まりもドだ)、ド・レ・ミと弾いた次の3小節目でようやくコントラバスが主音のファを弾き、あぁなるほどヘ長調ですね、とわかる。でもその1拍目でも、倚音というのか、第1ヴァイオリンはまだミにいて、2拍目でファを弾く。素晴らしい。時代が下り、書法が複雑になるとはこういうことか、と思う。

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しばらく前、やはりM君と、シューベルトはフーガを書かなかったのか、という話しになった。確かに、晩年の素晴らしいピアノ・ソナタでも、長大な「グレート」と呼ばれる交響曲でも、それぞれのフレーズは次々転調し、ディテールの細かな変化を伴って、果てしなく続くけれど、ものすごく乱暴な言い方をすれば、それ以外のところには行こうとしない、それ以上の展開はないように見える。もしシューベルトほどの人がフーガを書かなかったとしたら、それはいったいどういうことだったのだろう。

当たり前のように聴いてしまうベートーヴェンの第九には、いくつも革新的な試みがあると思う。(第2楽章について、2013年12月の日記をご覧下さい http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-b87b.html )終楽章で、メドレーのように途切れなく、いろいろな要素や様式が次々現れることもそう。後半に「二重フーガ」と呼ばれる部分がある。一方で合唱とオーケストラが二分音符と四分音符で構成されるテーマを演奏し、一方でオーケストラが八分音符の速い動きを弾く。どのような構造になっているのか、理解できていないけれど(だいたい弾くのが大変。チェロはまだともかく、コントラバスにも同じ音符が書いてある)、これは晩年のベートーヴェンが能力を全て注ぎ、渾身の力技で書いたものではないか、と思う。こんなに複雑で壮大な音楽を頭の中で鳴らすことができたなんて。

2020年3月21日 (土)

音楽の自然な流れが

学生時代、あれほど通った演奏会に行くことが本当におっくうになり、ずっと足が遠のいていた。今年は1月にイッサーリス、今月は2つの演奏会に出かけた。いずれも素晴らしい経験だった。

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3月12と19日、オペラ・シティでのサー・アンドラーシュ・シフ、ピアノリサイタルへ。
12日の演奏会、シフさんは1曲終わるごとに立って拍手に応え、またすぐ弾き始めた。19日は、曲間の拍手を控えるようアナウンスがあり、彼は曲が終わっても、鍵盤から手を離すことはほぼ無く、演奏を続けた。音楽をすること、ピアノを弾くことがごく自然で、一度その中に入ると、いつまでもそこにいられるようだった。音楽の自然な流れがあり、彼が鍵盤に向かうと、その流れを僕たちにも見えるものにしてくれるようだった。
演奏を全身で聴いている、けれどいつもあっという間に終わっていて、もっと聴いていたかった、と思う。川の流れに手をひたすことはできる、すくおうとすると、水が手のひらからこぼれ落ちてしまう、そんな感じだった。

12日のアンコール、イタリア協奏曲の第1楽章が始まったので、ということは2と3楽章も弾きますね、と思ったらその通りになり(17日の大阪いずみホールでは「ワルトシュタイン」ソナタを全曲弾いたそう(!))、その後のベートーヴェンが素晴らしく、さらにメンデルスゾーンがあり、ブラームスの有名な間奏曲が始まった時、まさか今日聴けるとは思いませんでした、本当にありがとうございました、と思った。さらにシューベルトが演奏され、シューベルトとは今ここにいることの心地よさ、というあるピアニストの言葉を思い出し、演奏を聴いている幸福感でいっぱいになった。

19日、開演前のアナウンスで、今晩の演奏はP.シュライヤーとP.ゼルキンに捧げられる、と伝えられた。二人の素晴らしかった演奏がよみがえるようだった。
演奏会はシューマン、ブラームス、モーツァルト、・・・。曲が変わる度、確かにその作曲家の音の世界はそうですね、と感じながら聴いた。プログラム最後の「告別」ソナタの後は、ゴルトベルク変奏曲のアリア。その美しさに、大きく拍手をするのがはばかられるようだった。それからソナチネアルバムに入っているモーツァルトのハ長調のソナタ(子供のように無垢だった)、ブラームスと続き、シューマンの「楽しき農夫」は意外で、チャーミングだった。この日も最後はシューベルト。

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2020年3月、あふれかえる情報に接しないわけにはいかず、ますます人生が断片的になっている気がする。他方で、このような時間の流れがあり、そこに身を任せることができたのは幸せだった。
演奏会の翌朝、いつものように楽器を出してさらった。これまで本当に雑多な音ばかり出してきた、と思う。今からでも遅くない。

2020年2月29日 (土)

椿姫

2月後半の都響は東京二期会のオペラ、椿姫。
指揮のG.サグリパンティ氏が話すイタリア語を聞いていると、そのまま歌になっていくようだった。歌うように話す。彼がそうなのか、イタリア語がそういう言葉なのか、心地よいリズムと抑揚のついた言葉を耳にすることは楽しかったし、そういう言葉で生きていることをうらやましく思った。

練習が進んで舞台稽古に字幕が入るようになると、断片的ではあるけれど歌詞のわかる時があり、なるほど、と思うことが幾度もあった。一つの言葉と一つの和音の組み合わせに始まり、ストーリー展開への音楽の合わせ方まで、全体像が見えかけてくると、勘所を押さえた書き方がしてあることがわかってくる。
ヴァイオリンで静かに始まる前奏曲は短調(オペラの結末を暗示している)、間もなく明るい旋律となり、舞台の幕が上がるといきなり賑やかな場面が現れる。見事なコントラストに、見る者はあっという間に劇中に導かれてしまう。

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東京文化会館のオーケストラピットの裏側には来演した団体の落書きがたくさんあり、それを見るのはピットに入るときの楽しみだ。今回、椿姫の時のものが多いことに気が付いた。なるほど、確かに人気演目なのでしょう。
あさはかな僕は、タイトルの"La Traviata"は椿を意味するものと思っていたけれど、プログラムの解説を読んで驚いた。椿はイタリア語で"camelia"、デュマ・フィスの書いた原作(フランス語)の題は"La Dame aux camelias"、直訳すると「椿の婦人」だろうか。"La Traviata"は道を誤った女、という意味だそう。初演から大成功という訳ではなかったらしい。

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ヴェルディの音楽はシンプル。2年前に弾いたワーグナーのローエングリンに比べると拍子抜けするくらいだ。
サグリパンティ氏が、この曲に3拍子が多いのは、当時のパリ(椿姫の主要な舞台)ではワルツが流行っていたから、と説明していた。幕が上がっている間、チェロとコントラバスは頭拍を刻み、ヴァイオリンやヴィオラはその間の拍を埋める、そんな時間がひたすら続く。でもそれは決して退屈ではなく、素材の良さ、素性の良さのようなものをいつも感じていた。サグリパンティ氏の指揮はその良さをよく引き出していたと思う。歌が始まった時の彼の集中は素晴らしかった。歌の世界に没入する、というのか。オーケストラに対してはあまり口を使わず、棒で示すタイプだった。
何年か前にムーティの指揮でヴェルディを弾いた時、彼が、ザルツブルク(きっと音楽祭のオーケストラのことを指していたのだと思う)ではシューベルトだと丁寧に弾くのに、ヴェルディは皆ぞんざいに弾く、と憤っていたことを思い出す。その時は、ムーティさん、お怒りはわかりますが、なぜここでシューベルトを引き合いに出すのでしょう、と思った。
今はよくわかる。シンプルな書法、自然な旋律線はこの二人に共通する美質だと思う。

パート譜には歌詞のガイドがかなり書いてあり、つい読もうとしてしまう。台詞がゆっくりな時は問題ないけれど、口が速く回る時の、サグリパンティ氏の合図の出し方が興味深かった。きっと言葉のどこかの音節をつかまえて拍を出している。
もし歌手が生まれた時からイタリア語を話していて、オーケストラのメンバーもそうだったら、歌詞とオーケストラが絡むところは絶妙な間合いでずばっと、あるいはスムースに入ったりするのだろうか、と想像した。

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オペラが始まってすぐ、有名な「乾杯の歌」が出てくる。その少し前、「アルフレードはいつも貴女のことを想っていますよ」、と言われたヴィオレッタは「ご冗談を」と返す、その時"Scherzate"という言葉が耳に入ってきて、あぁなるほど、楽譜でよく見かける"scherzo"とはこんな感じなんだな、と思った。

20代の後半、毎夏トスカーナ州、シエナの夏期講習に行った。行くと受付の女の子に、イチロー、毎年来るならイタリア語を勉強しろ!、と言われ、その時はうるさいことを言う、と思っていたのだけれど、今は話せるようになる貴重な機会だったのに、と思う。信じられないくらい浅はかなことに、当時の僕は英語がわかればイタリア語もなんとかなる、くらいに思っていた。
ある日、文化会館ピット裏の落書きを見ながら、もしかしてこの中に知った名前はないのか、と思った。探してみると、シエナのマリオ・ブルネロのクラスで一緒だったイタリア人の名前が二つもあった。日付は僕が都響に入った後だから、彼らとはニアミスしていたんだろうと思う。

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サラ・ナンニ。97年のクラスにいたフィレンツェ出身の小柄な女性。フィレンツェ訛り、というのだろうか、"c"を"h"のように発音して、クラスの親分格だったミラノ出身のルカのことを「ルハ!」と言っていた。あの年、クラスにサラは二人いて、もう一人は南のバーリから来た豪快なサラ・ジェンティーレ。二人とも気っ風のいい女性だった。

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ウンベルト・クレリチ。チェロが上手で実に楽しい若者だった。(どうしてこの落書きは目茶苦茶な綴りなのか)当時17歳くらいだったと思う。トリノ出身、お母さんが司法関係の仕事をしていたはず。そのお母さんが僕たちのアパートを尋ねてきたとき、イタリア語の罵り言葉を口にして、この言葉はこう使うんですね、と僕は驚いた。
秋葉原の電気街に行ったことのあるウンベルトは、高額商品が店員の目の届かないところに置いてあるのは不思議、と言ったり、確かキアーラという彼女とくっついたり離れたりしていたことや、ぐでんぐでんに酔っ払って、カンポ広場にいる大人を煙に巻いていたことや、ロンドンから来たパブロス(本当にいい奴だった。ギリシアとブラジルのハーフ)が「ウンベルトン!」と呼んでいたこと、・・・、思い出し始めると終わらなくなる。

あの頃皆若かった。ブルネロが30代後半、生徒たちは彼のことをアニキのように慕い、ジャズの講習を一緒に聴きに行ったり、徹夜で遊んだりした。今や先生はすっかり風格がつき、何者でもなかった生徒たちもきっと世間にもまれ、何かをまとうようになったのだろうか。

2020年2月21日 (金)

黄色と黒の鉛筆

初日のリハーサル、軸が黄色と黒に塗られた鉛筆を持って指揮するロトさんを見て、前回もそうだったことを思い出した。
彼が都響を振った最初の演奏会の1曲目がシュトラウスのメタモルフォーゼンで、ひどく緊張したことや、次のストラヴィンスキーを指揮した演奏会も素晴らしく、終演後、また是非来て下さい、と言いに行ったことを思い出す。不思議なことに、それから4年後の演奏会もあっという間に終わり、どんな時間だったのだろうと思う。

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フランソワ=グザヴィエ・ロトさんが指揮した2月2、3日の都響演奏会の前半にはジャン=フェリ・ルベルの「四大元素」があった。原始的で野蛮でむきだしで、痛快だった。他の木管が2本ずつのところをファゴットは4本、コントラバスも通常より1本多くして、しかも下のH線をAまで下げ、ロトさんは低音の存在感を求めてきた。
ルベルは1666年生まれ、少し下の世代のバッハやヴィヴァルディ、ヘンデルとはまったく違う。ルベルが特異なのか、フランス音楽界全体がそうだったのかはわからないのだけれど。その頃、フランスと他の国との実際の距離感はどのくらいあったのだろう。
「四大元素」は僕が慣れ親しんできた定型から外れることが度々あった。冒頭の響き(強く弾く不協和音。もし20世紀の音楽ならさほど驚かない)からそうだし、ファゴットがチェロやコントラバスから独立して、ヴィオラとユニゾンで動く箇所も印象的だった。こんな楽器の使い方があるんだ、と思った。そして、ヴィオラは全11曲中5曲しか弾かない・・・。一方、ヴァイオリンはいつも以上に忙しそうだった。ロトさんの説明によると、当時の弦楽器はちょっと違うものだったらしく、今の感覚で捉えない方がよいのかもしれない。

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後半はラヴェルの「ダフニスとクロエ」。1日目のサントリーホールより、2日目の東京文化会館の方が響きが少ない分、様々な楽器に振り分けられた多様なテクスチュア、と言うのか、肌触りの異なる細かい音符が、舞台の前後左右、あちらこちらから立体的に聞こえてきて、おもしろかった。
ラヴェルの前にドビュッシーという先駆者がいたけれど、「ダフニスとクロエ」を2台ピアノのスコアから合唱の入った大編成のオーケストラに拡げていく時、彼の頭の中にはどんな色彩感があったのだろう。そしてどのくらい、自分はこれまで世界に存在していなかったものを生み出している、という確信があったのだろう。
今回使ったパート譜には僕の筆跡の書き込みがあり、でも記憶はまったくなく、不思議な気がした。2009年に演奏したそう。前回、残念なことに僕はこうした素晴らしい音符の数々を弾き飛ばしていたのだろう。
例えばPPPでチェロ以上の弦楽器が美しい旋律をユニゾンで弾くところがある。ロトさんはまずそのフレーズを強く大きな音で弾かせ、次にそれと同じ感情の強さで、とても小さな音で弾くことを求めた。なるほど。しかもそこに合唱が被さってくる。ラヴェルの見事な発想だ。
曲中にはたくさんの5や7の変拍子と、素晴らしい3拍子の旋律が出てくる。それらを弾いていて、以前よく演奏したラヴェルのピアノ三重奏を思い出した。「ダフニスとクロエ」より後に書かれたこの三重奏曲にも、多くの変拍子と、緩徐楽章の素晴らしい3拍子がある。自然倍音を多用する奏法や、ピチカートで弾く和音、終楽章で使われるトリルなど、ロトさんと「ダフニスとクロエ」を弾いた今なら、以前とは比べものにならないくらい多くの動きや色彩を感じて弾ける、と思う。バッハがチェロ組曲の少ない音符で多くのことを現したように、ラヴェルは膨大な色のパレットをピアノ三重奏に凝縮したのではないだろうか。

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ロトさんと弾いていて楽しいのは、奏者に心を大きく開いて演奏するよう求めるところだ。時々子供のようにいたずらっぽく笑う。2日目のリハーサルが始まる前、昨日出かけた渋谷のフレンチが素晴らしかった、と言ってみたり。フランス人が絶賛するフランス料理はいったい、と思わずにいられなかった。
「ダフニスとクロエ」は素晴らしい時間だった。あの黄色と黒に塗られた鉛筆は魔法を生み出す棒のように見えたけれど、少し日がたった今、彼は丁寧にスコアを読み、それを自分の方法で忠実に再現しようとしていただけだったのでは、と思ったりする。

リハーサル中ずっと鉛筆で指揮をしているのを見て、はて、この人本番はどうしていたんだっけ、と思った。本番の舞台には何も持たずに現れた。

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