楽器のこと

2025年5月 9日 (金)

ゆるやかに

少し前、楽器職人のS君が、この日記を読んで下さった方(ありがとうございます)からエンドピンについて尋ねられた、と教えてくれた。そして楽器のセッティングは一つに決めるのではなく、二つ三つ選択肢を持っている方が良いのでは、という話しになった。

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僕は何本か弓を持っていて、どの弓も個性的だ。軽く固く、ふわっと倍音が伸びるもの、少しこもった音が魅力的なもの、散るように音が広がるもの、どっしりとしているもの、・・・。
人間と同じように、楽器も日によって違い、その時フィットする弓も違う。どうしてそうなるのか、いつも不思議なのだけれど、その弓と楽器の蜜月は大体4,5日で過ぎ、短所が目立つようになり、他の弓の登場となる。

その弓の個性に少しずつ楽器が引っ張られていくのだろうか。例えば低音が出やすい弓をしばらく使っていると音が暗い方に変化していき、そんな時に軽く音が出る弓を使うと、魅力的に感じられる。

弦の種類を変えると、弓との相性は違うものになってしまうことも興味深い。他にも気候など、様々なことが影響する。そして、楽器の調子に加え、自分の体と心の変化にも耳を澄ませておくことも大切と思う。
(もし高価なエンドピンを使うなら、エンドピンの接する床やストッパーも気にした方が、と思う。様々な材質や構造のものを試してきた。硬く、密度の高い材料ならどれでも良い、とはならず、音は本当におもしろいと思う。)

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最近一緒に弾かせて頂いた優れた奏者の中に2人、長い期間弓も楽器も同じもので、という方がいた。早い段階で素晴らしいものに出会い、それを使い続けている、ということだろうか。
常に変化する状況の中で、良い選択を探し続けている僕にはとても新鮮に感じられた。

ヴァイオリンもチェロも、実用的な音域は4オクターヴ程と思う。(もちろんさらに高い音を出すことはできる)チェロの特徴は、Ⅳ番線の低音と、Ⅰ番線のハイポジションで出る高音は、まったく性質が違うことと思う。
低音は和声のバスを充分に支えることのできる低さで、音の指向性は少なく周囲に広がりやすい。Ⅱ、Ⅲ番線の中音域はくぐもった魅力があり、一方高音は多くの倍音を含み、直進性があり、輝かしい。
一つの楽器でこの幅を充分に実現するのは、100m走とマラソンのように相反する要素を両立させる難しさがあるかもしれない。

今使っているチェロとは30年以上の付き合いで、ほぼ全てのことに手を入れてきたけれど、結局どこかを変えても楽器の基本的な性格は変わらない気がする。何かをいじるより、その楽器を(そして自分を)理解し、長所を生かすように使うことが大切と思う。

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多くの優れた奏者に接してきて、楽器を扱う上で最も大切なことの一つは、体の柔らかさではないか、と思うようになった。
火事場の馬鹿力、と呼ばれるように、人間はとっさの時に大きな力が出るようにできている。あるいはお化け屋敷でおどかされた時、手は握りしめてしまうと思う。一方、楽器を扱う時に体が硬くなると、音はきつくなり、飛ばなくなる。
本番の緊張の下で、良い演奏をするためには、普段からどう体と心を使ったら良いのか、今そのことに興味がある。個人差があると思うけれど、緊張すると体はかたくなりやすく、指は開きにくくなり、ふわっとした柔らかいアプローチは失われやすい。緊張したときに自分の体がどのように、どのくらい変化するのか、知っておくことが大切と思う。

恥ずかしながら長い間、かたい心と体で楽器に接してきた。かたくアプローチするか、やわらかくアプローチするかは、異なる結果をもたらす。そもそも心が強張っているか、しなやかであるかで世界の見え方、音楽の感じ方は大きく異なると思う。
ある時そのことの重要性に気付き、それまで充分に弓や楽器を使えていなかったことに思い至った。一つの弓や楽器から教わることは本当にたくさんある。

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先月の都響公演(4/19名古屋、20大阪、22東京)、前半にショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番があった。
最初の名古屋公演、第3楽章の長大なカデンツァを弾いている時にソリストのアリョーナ・バーエワさんは弦を切り、すかさずコンサートマスターの楽器を借りて、ほぼ中断なく最後まで弾ききった。
最後のサントリーホール公演では、(この曲のテンポ表示は可能と不可能のぎりぎりの線上にあるのだけれど)彼女の方から終楽章のテンポをさらに速く、という要求があり、本番は見事な緊張感があった。ライヴ演奏の魅力にあふれた舞台だった。

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この協奏曲を準備するにあたり、いくつも録音を聴き、改めて素晴らしさに圧倒されたのはダヴィッド・オイストラフの演奏だった。
これほど奏者の負担が大きく、緊張感の高い曲でも、力まず悠然と進んでいく彼の音楽に、目を開かされるようだった。

以前にもこの日記で紹介したかもしれないけれど、フリッツ・クライスラーがオイストラフを評した言葉がある。
「オイストラフは、すべてのヴァイオリニストの中で、もっとも大切なものをもっている。それは、彼がゆるやかに演奏することだ。このすべてがスピード時代に生きているわれわれにとって、これは非常に稀であり、かつ貴重なことだ。」

2025年4月 3日 (木)

東北旅行

リハーサルの後、東北新幹線に乗り八戸へ。3月下旬、久しぶりに都響の東北公演があった。

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翌朝、八戸駅で早い時間の八戸線に乗るとYさんの姿があり、僕もご一緒させてもらう。列車の最前部、運転席の後ろに立ち、線路の先を見る。
八戸から種差海岸までの海は美しく、以前にも訪れたことがある。(2018年8月の日記「北へ」をご覧下さいhttp://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/post-9b7d.html
今回も海沿いを歩こうと思った。種差海岸駅で降り、2駅先の金浜まで海を見ながら歩くとちょうど次の列車に間に合う、という計算だ。
季節外れのあたたかさが嬉しい。

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再び八戸線に乗り、久慈へ。
空腹を抱えとんかつ屋に入ると、A君と一緒になった。公演は夜、ゲネプロまでまだ少し時間があるので初めての町を歩く。どの通りを歩いても、どの角を曲がっても、初めての光景が眼に入る。カメラを持って歩くのが楽しい。

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この日の公演は久慈市文化会館アンバーホール、立派な会場だった。

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翌朝再び八戸線に乗り、北に向かう。前日と同じように一本早い列車に乗り、2駅分海を見ながら歩く。この日は平内から階上(はしかみ)まで。

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階上で八戸線に乗り、前方に伸びていく線路の先を見る。車窓からの景色は様々に変化していくけれど、線路はいつも先に伸びていて、無心に見ている時間は心地良かった。
八戸で東北新幹線に乗り換え、郡山へ。黄砂の影響か、遠景が霞んで見える。

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今回は、いつもと違うチェロを使った。演目は下野竜也さんの指揮でドラゴンクエストⅤ。すぎやまこういちさんのドラゴンクエスト、西洋音楽の手法で書いてあるのだけれど、いつもの曲とは少し違う。いつもと違う楽器で、どう弾くとこの音楽にフィットした音やフレーズを生み出せるのか、工夫する時間だった。

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郡山の公演日は朝から強風が吹いた。昼、地図で見つけたヴェトナム料理店に向かう。はて、店はこのあたりのはずなのに、と通り過ぎると、建物の扉が開き、店主が出てきて、今日は風が強くて看板を出していません、とのことだった。店内に入れてもらい、ほっとする。吹き飛ばされそうな凄まじい風だった。

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夜の公演を終え、新幹線で帰京するはずが、遅い時間になっても、風の影響で列車の運行は大幅に乱れている、とのことだった。人であふれるホームや、朝になれば何事もなかったように回復するだろうことを想像し、郡山にもう1泊することにした。

果たして、翌朝は穏やかだった。昼前に東京に着くと桜が咲いていた。

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午後、旅の間弾けなかったピアノをさらう。いつものようによちよちと、でも旅の前にうまくいかなかったことがスムースに進む。
それから、チェロのゆるめておいた弦を調弦し、さらう。予定より少し伸びた旅の後、いつものチェロに触れるのは新鮮だった。同時に、あれ?という感覚もあり、セッティングを少し変えた。旅に行かなければ気付かなかったことと思う。

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今回の旅は海沿いをずいぶん歩いた。前回の旅で歩いた海岸を八戸線の車窓から見たとき、思いがけず感情が動いた。すっかり忘れていた7年前の心をありありと思い出した。
東北新幹線の速さは驚くほどで、徒歩の旅とは鮮やかな対照をなす。でも、その一歩一歩は体に深く刻まれる。

旅に出、普段の生活を離れる。旅先では思いもよらないことが起こり、普段頭を占めていた様々な物事はどこかに行ってしまう。再び日常に戻ってきた時、出掛ける前とは少し違う自分になっていて、音楽は違う姿を見せ、楽器も違う感覚で弾ける。
体と頭は同じ向きに使い続けない方が良いのかもしれない。

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2024年12月30日 (月)

ショスタコーヴィチの8番

12月4、5日都響定期公演の後半はショスタコーヴィチの交響曲第8番だった。

有名な5番の交響曲のように低弦楽器が荒々しく弾く付点のリズムで始まり、ヴァイオリンが息をひそめるようにしてハ短調の主題を弾く。ドで始まった主題がソを通り、ラ♭に到着した時の響きにはっとする。この進行は、モーツァルトのハ短調のピアノ協奏曲の冒頭を思い起こさせる。

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「レニングラード」という名前のついた有名な7番の交響曲の作曲が1941年、8番は1943年。7番も何度か弾いたことがあるけれど、いつも音符が僕の手をすり抜けていった。今回、8番の準備を始めた時から曲に絡めとられるようだった。曲を知るにつれ、その緻密な作りや見事な構成、規模の大きさに驚き、わずか2カ月で書いたとはとても信じられなかった。

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マリス・ヤンソンスがピッツバーグ交響楽団を指揮した時のリハーサルを聞くことができる。
どちらも戦争中に書かれた2曲のうち、7番は戦争を描き("pictures of the war")、8番は行為ではなく、戦争に影響を受けた人間を描いている、という彼の言葉が印象的だった。
1楽章で金管楽器が担う「荒々しい行進曲」はモーツァルトのトルコ行進曲の引用だ、とも言っていた。

第1楽章の対位法的な部分を弾く時、ショスタコーヴィチがピアノのために書いた24のプレリュードとフーガを連想し、そしてその背後にあるバッハの2巻の平均律(前奏曲とフーガ)のことを思った。

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第4楽章は、第1楽章の主題の変形で始まり、その音型が9小節フレーズとなって低弦楽器に受け継がれ、11回繰り返される。低弦の定型の上に様々な楽器の、意匠を凝らした見事な変奏が繰り広げられるのだけれど、この書法を見て、例えばコレッリのフォリア、バッハのシャコンヌ、ブラームスの交響曲第4番の終楽章パッサカリアといった、古くからの様式を連想した。
ショスタコーヴィチの8番は、彼独自の見事な世界を築いている。同時に先達の残した音楽を受け継いでいることも様々な箇所で感じた。

演奏時間1時間を超えるこの曲の5つの楽章をモチーフから考えると、1と4、2と5がそれぞれ関連を持ち、真ん中に第3楽章が置かれた、言わば変則的な対称配置に見える。

都響公演を指揮したロバート・トレヴィーノさんは、5拍子は不安定さを表す、と言っていた。この曲には5拍子が多く使われ、さらに5連符や、9あるいは11、13小節フレーズ、といった奇数が多い。
[西洋音楽は(2+2)、4、8、それらを基にした16小節フレーズを定型としている。賛美歌や、日本では多くの校歌、おそらく演歌も、8や16小節のフレーズで書かれていると思う。それらは安定した感じをもたらす]

ショスタコーヴィチ8番の第3楽章に変拍子はなく、速い2拍子で書かれている。1小節に4つの4分音符が、無窮動のようにひたすら続く。
冒頭のヴィオラこそ16(8+8)小節フレーズで始まるけれど、少し進むと奇数小節のフレーズになり、手に汗を握る展開になる。予測や記憶が難しいので、舞台にいるオーケストラはひたすら小節数を数えなくてはならず(飛び出したら大変だ)、緊張感は増す。きっとそれは客席にも伝わり、生演奏ならではの臨場感につながるのではないか、と思う。

西洋音楽で緊張感を高めていくとき、フレーズを縮めていく手法(ストレット、例えば8小節フレーズを4、2、1というように短縮していくと切迫感が増す)はよく使われる。
ショスタコーヴィチの見事なところは、この第3楽章でヴァイオリンが大きなクライマックスをもたらす際に、逆の手法を用いたこと。
ヴァイオリンの無窮動が始まると、他のパートは裏打ちに回り(必死に走る馬に、容赦なく鞭を入れるよう)、そのフレーズは9、11、13小節と広がっていく。常に予想を裏切った先に次のフレーズがあるので、どこまで広がるのか不安になる。そしてクライマックスで打楽器が圧倒的な音量をもたらし、第4楽章に入る。

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この数十年の演奏技術向上は目をみはるものがあると思う。同時に、弦楽器で言えば新しい弦の登場など、技術的発展もあり、オーケストラの音はより大きく、なめらかに、耳当たりの良いものになっているのではないだろうか。
ムラヴィンスキーが指揮するレニングラード・フィルの、伝説的な演奏がある。指揮者とオーケストラの関係も変わり、現在このように強い緊張感をもった演奏は少なくなったかもしれない。
今回ショスタコーヴィチの8番を演奏するにあたり、様々な録音を聴いた。作曲家が生きていた時代の音を知る人は違和感を覚えるかもしれないけれど、現代の精度の高く、機能的なオーケストラから現れるショスタコーヴィチの音楽は、驚くほど豊潤で奥行きのあるもので、もしかしてこれまで感じられなかった世界を見ているのかもしれない、と思う。

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ハ短調で始まった8番の交響曲は、ハ長調で静かに終わる。調性だけで見ると、「運命」と呼ばれるベートーヴェンの第5交響曲のようだし、静かに終わるということでは、例えばブラームスの3番のようだ。ハ長調で書かれた終楽章をヤンソンスは、抑圧の中の小さな希望(small hope)と言っていた。

ショスタコーヴィチは4番の交響曲を書いた後、危うい立場になり、それを回復するべく5番を書いたと言われる。作品の政治的な評価を厳しく問われる、とはいったいどんな時代だったのだろう。
西側に亡命したロストロポーヴィチは、ショスタコーヴィチを連れ出さなかったことを激しく悔いたそうだけれど(2018年4月3日の日記「ショスタコーヴィチ」をご覧下さいhttp://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2018/04/post-ecdc.html)、困難な状況に置かれた作曲家の残した仕事の凄まじさは、2024年が暮れようとする今でも、あるいは今だからこそ、強く感じられる。

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24のプレリュードとフーガ作品87は、1950年にライプツィヒで開かれたバッハを祝う音楽祭、その中のコンクールで優勝したタチアナ・ニコラーエワの演奏に感銘を受けたショスタコーヴィチが作曲した、と伝えられる。すぐれたピアニストでもあった作曲家に曲を献呈される、とはいったいどんな気持ちがしたのだろう。

僕はこの曲の録音を3つ持っていて、ニコラーエワのCDを求めたのは最後だったかもしれない。
購入し、帰宅して封を開けて聴き始めると、ショスタコーヴィチでも何でもない、室内オーケストラの曲が流れてきてびっくりした。すぐ店頭で交換してもらったのだけれど、その顛末を当時僕が在籍していた新日フィルのAさんに話したら、何ともったいないことを、と怒られた。彼によると、盤面の印刷と中味が違うものはとても価値がある、とのことだった。
久しぶりにニコラーエワの演奏を聴きながら、少し前に亡くなられたAさんのことを思い出す。

この曲を聴くのは夜が多い。以前は目がさえて眠れなくなることがあった。
ハ長調で始まり、同主調のハ短調、半音上がって嬰ハ長調、嬰ハ短調と続くバッハのプレリュードとフーガより、ハ長調・イ短調、5度上のト長調・ホ短調とたどっていくショスタコーヴィチの方が、楽器を弾く身には、響きの変化をたどりやすい。
静かになった夜、この曲を聴いていると、ふと音楽と自分の境がなくなり、心の深いところに音が触れてくる感覚に満たされることがある。

2024年11月11日 (月)

音楽のたたずまい

10月13日の都響公演、プログラム前半はイモージェン・クーパーさんをソリストに迎えてモーツァルトのピアノ協奏曲イ長調K.488が組まれていた。
前日のリハーサルに彼女が現れ、最初の音が出た時、最初のフレーズが始まった時、あっ、と思った。

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僕は毎朝のようにクララ・ハスキルの弾くモーツァルトのピアノ協奏曲を聴いていた時期がある。クーパーさんの演奏を聴いて、実際に触れることはなかったハスキルの演奏はこんなだったかもしれない、と感じた。

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どうしてそう聞こえたのか、今も考えるのだけれど、わからない。音楽のたたずまいだろうか。クーパーさんの打鍵ははっきりしている、とは思ったけれど、特別な歌い回しやルバートのようなものはなかった。
数え切れないほど聴き、何度も演奏したはずのイ長調の協奏曲は、別の姿を見せ、彫りの深さに畏怖の念を抱くほどだった。リハーサルが終わり、僕は音楽のことを何も知りませんでした・・・、と悄然とした。

Sさんとも話したのだけれど、冒頭のオーケストラが演奏するテーマの、アーティキュレーションをはっきり弾いてほしい、と彼女が言ったことにヒントがあるのかもしれない。小さなことの積み重ねが、全体の印象に大きく関わっているのかもしれない。
本番の舞台では何が感じられるのだろう、と楽しみに帰宅した。

とても残念なことに彼女は降板となり、京都市交響楽団でこの曲を演奏したばかりのアンドリュー・フォン・オーエンさんが当日朝駆けつけ、見事な演奏をしてくださった。急な手配がスムースに行われ、何事もなかったように当日の舞台が進行したことは、きっと多くの方々の的確で迅速な働きのお陰と思う。
(協奏曲を弾き終わりほっとしている夜、明日の午後、別の場所で別のオーケストラともう一度弾いてもらえませんか?と尋ねられるのはどんな気持ちだろう、と同僚と話をした)

インターネット上にはすぐれた最新の演奏動画が数多くアップロードされ、簡単に見ることができる。どの演奏も美麗で音の粒がそろい、文句のつけようのないものだけれど、クーパーさんのピアノを聴き、その現代の音楽家たちが確実に失っているものがあることを感じた。

彼女がすっかり回復され、再び都響の舞台に来て下さることを願っています。

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その公演の翌々日は兵庫県立芸術文化センター管弦楽団(PAC)に。

マリオ・ブルネロさんが来演される演奏会に参加させてもらえることは本当に嬉しかった。リハーサル前に楽屋に会いに行くと、幸い覚えていてくださり、素朴で温かな人柄は、さらに温かくなっているようだった。

マエストロ・ブルネロにはイタリア、シエナの夏の講習で90年代後半、毎年習った。情熱的であると同時に、なぜそう弾くのかという音楽的な裏付けのある姿勢は、本当に素晴らしかった。

今回彼が弾くのはドヴォルザークの協奏曲。特に第2楽章は木管楽器とのアンサンブルが繊細な作品だと思う。PACのメンバーにはこの曲を初めて演奏する人たちも多く、マエストロ・ブルネロがかなり自由に弾くので、まとまっていくのに時間がかかった。

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先生、そんなに揺らすと離れた場所に座る木管楽器の若者たちはついて行けませんよ、と思ったけれど、リハーサルを重ねるうちに、なぜそう動かすのか感じられるようだった。音楽に生き生きとした動きがなくなり、固まることを避けようとしているのかもしれない。大人数で構成されるオーケストラで、一定のテンポは大切。でもそのことで大切な何かが失われることを嫌うのだと思う。

音楽とは何だろう、と時々考える。何が音楽の魅力ですか?あるいは、どんな瞬間に心動かされますか?という問いでも良いのかもしれない。
本番の舞台には、何も背負わず、ふわっと出ていきたい。何が音楽か、という問いはそうした時の自分の核になると思う。

PACでは金、土、日曜日の3公演あった。初日のゲネプロの後、マエストロ・ブルネロに、楽器の状態に確信が持てないから、舞台で音を聞いて欲しい、と言われた。
(彼は駒までの弦長を変えられるテールピースを使っていて、とても良いとのことだった。通常、上駒と駒の間の弦を調弦するけれど、駒とテールピースの間も調弦し、倍音が出やすくなるという理屈と思う。興味はあるけれど、高価。https://demenga-sound.ch/en/produkt/tailpiece/

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今の楽器の状態や、自分がどんな音と表現を求めているのか、を弾きながら示し、僕にも弾かせてくれた。想像していたのよりずっと強く、こういう楽器を弾いて、彼はあぁいう音を出しているんだ、と感じた。自分の楽器に戻った時、ではこのチェロと自分の体でどういう表現をするべきなのか、端的に教えてもらうようだった。

20代の頃、毎夏習いながら、受け取るべき一番大切なものを受け取っていなかった、という後悔がある。2日間のリハーサルと3日間の公演、彼の情熱と、柔らかく重さを使う姿に間近に接することができ、もう一度学ばせてもらう得難い時間だった。

2024年9月20日 (金)

人懐こい猫がいたら

昨年夏、M君に教えてもらって使うようになったのがヒルのプレミアムという松脂。音が素直に伸び、角が立たず、もう一つ良い点は、ロココの第3変奏やコダーイの無伴奏など、高い音域を弾いて左手指先に松脂がついても、あまりべたべたしないこと。

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長いことベルナルデルの缶に入った松脂が最上で、今の袋に入ったベルナルデルはあまり、と思い込んでいた。
昨年の梅雨時、そのベルナルデルを改めて求めた。高い倍音がよく出て、角が立つ。弓毛が弦によく掛かかり、心地良い。湿度の高い時期には良いかもしれない。

万能な楽器や弓、松脂、弦というものはおそらくなく、それらをどう使うのかが大切と思う。ベルナルデルの松脂もそうだったし、長く使ってきた弓でも、今までふさわしい使い方ができていなかった、と感じる時がある。

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彼を知り己を知れば百戦あやうからず、という孫子の言葉がある。もちろん戦う訳ではないけれど、今使っている楽器や弓、取り替えることのできない自分の体と心を良く知り、生かすことが大切、と思う。

楽器も弓も人間も、日々変わっていく。演奏という仕事に携わっていて、楽器や人間の体と心には、こんな使い方があった、こう使えば良い、という発見はよくある。
チェロを弾くこと、音楽に触れることは、いつも新鮮で、楽しい。

どんな楽器が、弓が、どの弦が、どんなセッティングが、という話題にはなりやすい。でもそうしたことの違いは、舞台から遠く離れた客席にどのくらい届くだろうか。
どのように体を使えているか、どうその楽器や弓を生かせているか、そうしたことの方がはるかに影響が大きいと思うようになった。

オーケストラのリハーサルが朝からある日も、出掛ける前にケースを開け、音を出すようにしている。
できるだけ素の自分の時に、自分の楽器はどういう音がしているのか、どう聴こえているのか、自分の体はどうか、楽器の感触はどうか、毎日今日が初めて、という感覚で触れるようにしている。

僕が受けてきた楽器のレッスンでは、どう弾くか、ということに重きがおかれ、どう聞こえているのか、どう感じているのか、自分の行動の結果をどのように、どのくらい捉えられているのか、ということはあまり問われなかった。

指先の感覚、体を動かす感覚、関節の柔らかさ硬さ、指の形、手の形、腕の長さ、肩の動きは人によって大きく違う。体のつくり、神経のつながり、それらのことがよほど似ている人からでなければ、弓の持ち方や手の動かし方など、具体的な形を習うことは、さほど意味がないと思う。

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オーケストラの仕事をしていると、多くの優れた演奏家に接する。彼ら彼女たちと自分は、いったい何が違うのか、そのことにいつも大きな関心をもってきた。
優れた演奏家は、感じ取る能力にも秀でているように見える。自分がどういう音を出しているのか、どんな音程の、どんな音色の、どんな向きの、どんな速さの、どんな飛び方の、どんなフレーズ感の、どんな色彩の。
それだけでなく、自分の立ち居振る舞いが周囲の人間にどんな影響を与えているのかも、よくわかっているように見える。

優れた演奏家に世界はどう見えているのか、それを想像するのは興味深い。

楽器を弾く、それで何かを表現する、ということは楽器や外界に対して働きかけをし、その結果起きたことを感じ、次の行動に反映させていくことだと思う。
僕の場合、楽器がうまく扱えていないときは大体、楽器に対して一方的に働きかけるばかりで、状況の的確な把握ができず、フィードバックもうまくできていないことが多い。

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だからもしかして、長時間の楽器の練習より、普段どう生きているか、ということの方が大切かもしれない、と思う。
自分の行動がどのような結果となって返ってくるか、を気にしていれば。例えば、食器を机に置くときに丁寧に置く、とか、道端に人懐こい猫がいたら嫌がられないように触れてみる(そういう猫は本当に見なくなった)、とか、そのように生きていれば良いのかもしれない。逆に、力任せに扉を閉める、とか、周囲を気にせず大声で話す、ということは避けた方がよいのかもしれない。

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何かをする、行動をすることが半分、その行動の結果を正確に捉えることが半分、ではないだろうか。うまくいっていないときは行動することにばかり気を取られ、行動の結果を的確に感じられていない。頑張れば頑張るほど、良い演奏は遠ざかっていく。

2023年2月 1日 (水)

ミュート、松脂、メトロノーム

軽い、という理由で使っていたミュートが、経年変化で硬くなり、溝の幅と駒の厚みとの関係もあって、弾いている時に外れるようになった。
浄夜や新世界など、音量が増えた先でミュートを外す曲の場合、それで都合の良い時もあるのだけれど、新しくした。

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驚いたのは一つ穴のミュートを久しぶりに付けてみた時のこと。ミュートを使わず、テールピースの上で弦にかかっている状態で、これまで使っていたものと、明らかに音が違う。
これまでのものは軽く、演奏中にテールピースの上で踊ることがあった。一つ穴のものは、バランスの問題なのか、重さの問題なのか、僕のチェロでは共振することなく、同じ姿勢でじっとしている。

ウルフキラーを駒とテールピースの間に固定して使うのだから、このセクションに一定の重さのものを乗せれば、音が変わるのは当然のことだろうか。
ミュートには一つ穴、二つ穴、金属製のもの、これまで使っていた軽くて裏面に磁石が付いているもの、など様々ある。楽器によってきっと相性があり、少し気にするとよいことなのかもしれない。

 

オーケストラの同僚に教えてもらって使うようになったのが、アルゼンチン製のジュンバ(Yumba)という松脂。
松脂はすでに沢山持っていて、もう増やさないと決めていたのだけれど、試させてもらったら大きい音がするので、買いに行った。

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ヴァイオリン用、チェロ用に分かれ、さらにオリーヴァ、ビー、タンゴの3種類ある。
僕の印象ではオリーヴァがかたくて子音が出やすい、ビーは一番ひっかかりがあり、タンゴは濃くて、固まる前のアスファルトを踏んでしまった時のような(踏んだことはないけれど)ぬるっとした感じがある。音が飛ぶのは、もしかしてタンゴかもしれない。

角の立ちにくい弓にはオリーヴァ、ビーが中庸な性格で(それでもかなり強い気がする)、子音が多く出る弓にはタンゴを使っている。

小さい頃、テーブルの上に置いてあった松脂を弓に塗ったら、見ていた祖母が、それはそういうものか、飴だと思って口に入れるところだった、と言ったことを思い出す。
(祖母はおそらく、音楽の教育をあまり受けてこなかった人だけれど、子供が楽器を弾く姿はじっと見ていて、練習が嫌だったり、何かができなくて僕がかんしゃくを起こすと、よくたしなめられた。)

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松脂と弓の相性はあり、それによって弓は変わる。弓と楽器の相性ももちろんあり、そこに弾く人間も入るから、多くの要素が絡み合い、影響し合い、様々に変化する。同じ弓でも、どうしてこんなに音が変わるのだろう、と毎日思う。
最近、4年以上使ってきた弓について、あぁこう使うんだ、と思う時があった。自分の不明を恥じるばかり、これまでその弓を十分に生かせてこなかったということだ。製作者の穏やかな表情を思い出し、あらためて、あなたはどんなノウハウを弓の製作にこめたのですか?と尋ねてみたくなる。

 

昨年末にメトロノームを新しくした。ずっと電子式のものを使ってきたのだけれど、音が平らで硬く、長く使うと耳が疲れてくる。
昔ながらのゼンマイを巻き上げる機械式メトロノーム、水平な場所に置かないとリズムが偏るかな、と心配したのだけれど、意外に大丈夫で、立体的な音が心地よい。唯一の問題は、テンポ表示の数字が小さくて見づらいこと。

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モーツァルト弾きとして高名だったピアニストが、日本のオーケストラと共演するために来日した時、ずっとメトロノームを使って練習していた、と聞いたことがある。
彼女ももしかして、このメトロノームを使っていたのだろうか。

 

ところで、乾燥する季節に使うダンピット、しばらく入荷していないそう。使わない方がいい、と言う人もいるけれど、お使いの方は手持ちのダンピットを大切に使った方が良さそうです。

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2022年7月19日 (火)

新しい弦

午後の演奏会を終えて帰宅してから、新しい弦、ドミナントプロの下2本をまず張ってみた。

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タングステン巻きのC線はスピロコアのそれと似ている。G線はタングステン巻きではなく、音色はかなり落ち着いて、暗めだった。
トマスティーク社のチャートの通り、どちらもスピロコアよりほんの少し落ち着いた音色。https://www.thomastik-infeld.com/en/new-releases/dominant-pro/cello

翌朝、D線とA線も張ってみた。予想に反して、D線は昔からあるドミナントに似ている。公表されている張力より弱い感じで、弾いた感触は少し頼りなく、音色はかなり明るい。
A線は張力が強く、へなちょこの僕には、8度の重音を押さえるのがきつくなる感じだった。

G線の音色が暗く、こもった感じなのに、D線はとても明るい。なじめば違う面が出てくるのかもしれないけれど、一本おきにC/D線が明るく、G/A線が暗い。ちぐはぐな感じがする。
これは個体差で、たまたま僕の買ったものがそうだったのだろうか。全体の響きも伸びず、僕の楽器に合わないと感じ、元の弦に戻してしまった。
もしかして僕の気付かなかった素晴らしい面や、可能性があるのかもしれないし、違う楽器に張ったら別の発見があるのかもしれない。

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下の2本は、スピロコアより落ち着いた感じで弾きやすいから、あの弦のじゃりじゃりした感じが気になる時は、良い選択になるような気もする。

何も変えなくても、楽器や弓、人間は毎日、時として驚くほど違い、そして日々変化していく。
4月から使っているのは、上2本をヤーガー、下2本はスピロコアの、弱い方の弦。ずいぶん以前にもこの組み合わせを試したことがあったのだけれど、その時はどこにも支えがない感じで、ふにゃふにゃだった。楽器も人間も変わったのかもしれない。

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新しい弦は、基本的に張力の強いものが多い。
強い弦はわかりやすいけれど、僕は、強さを弦に求めるより、楽器に強さが生まれてくるような弦を使ったり、弾き方を工夫する方が良いのでは、と思っている。

ヤーガー+スピロコアの組み合わせの長所の一つは倍音の多さだと思う。弾いている本人が感じているよりずっと、響きの成分が多いかもしれない。
ヤーガーのドルチェには、ミディアムの弦の、突っ張るような神経質さがない。これを生かすために下2本も弱いものにしている。

強い弦を張ると、どうしても響きが抑えられてこもる感じになり、細かいニュアンスも失われがちで、発音も遅くなる。
英語で "projection" と言うのだろうか、音がぱっと遠くまで広がる感覚はとても大切だと思う。

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新製品のG/C線はほとんどが径の細いタングステン巻き。タングステンには独特の音色があり、あまり好きではない。発音の良さや、鋭い音色など、利点はあるのだけれど。
太い弦は、今や少数派だろうか。

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M君が、ヨーロッパのとても有名なオーケストラのコントラバスセクションは、オイドクサ(ガット弦)を使っている人が多い、と教えてくれた。
チェロのオイドクサは、かなり柔らかい感じだけれど、コントラバス弦はそうでもないらしい。実際に音を聴かせてもらうと、力強く、響きも深かった。
今年の後半、空気が乾いてきたら、また使ってみよう。

2021年12月29日 (水)

楽器の中の空気

この秋、サントリーホールの舞台裏で都響スタッフのYさんMさんと雑談をしていた時、チェロは楽器が大きくて持ち運びが大変ですね、と言われ、いえいえ中は空で、ほとんど空気を運んでいるようなものですから、と答えたことから、ところで楽器の中の空気はどうなっているんだろう、という話になった。

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例えばコントラバス、いつものリハーサル室から演奏旅行に出て、また戻ってきた時、楽器の中の空気は入れ替わっているのだろうか、それとも元のままだろうか。空輸の際は気圧差があるので入れ替わるだろうけれど、9月は陸送で岡山と高知に行って帰ってきて、はたして楽器の中の空気は上野のままだろうか。
さらに、はく息に含まれる二酸化炭素は少し重いはずだから、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、いずれの楽器でも表板を伝わってf字孔から中に入り、中の二酸化炭素濃度が高くなっていたりしないのだろうか。

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吸い込んでしゃべると高くて不思議な声のするヘリウムガスを弦楽器の中に入れたらどうだろうか、そこに話が及んだ時、テューバのSさんが加わり、ヘリウムガスを吸ってから吹くと、確かに最初高い音がした、とのことだった。
もしかして弦楽器の中の空気をチューニングすることで音は変わらないか、そんな話をしたあたりで開演時間が迫ってきた。

冬場に乾燥を防ぐために楽器の中に入れるダンピット、ダンピットからどのように水分が蒸発し、内部の湿度がどう変化するのか、実は知らない。

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弦楽器の中の空気の話、おもしろそうです。どなたか取り組んでみませんか?こういう研究はイグノーベル賞の対象にならないかなぁ。

2021年10月16日 (土)

水によくなじむ

1年のうち、たぶん300日くらい同じデニムをはき、毎年新調してきた。昨年は買いに行けず、すり切れ、穴が空き、お尻のあたりがかなり薄くなって、さすがにまずい感じになっていたのを、この秋ようやく新しくした。
他にも夏の感染拡大で遠慮していた、たとえば眼鏡の相談(楽譜の読み間違いを眼鏡の力で減らせないか、と思ったのだけれど・・・)や、気になっていたチェロの弓を弾かせてもらうことなど、様々済ませた。あとは20年以上着て、かなりくたびれている燕尾服と、すり減ってきた黒靴だろうか。
少し前の日経新聞にジャック・アタリさんが、思いついたことは、手遅れになる前に躊躇せずした方が良い、という内容の文章を寄せていて、その通りですね、と思う。

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ところで、今年の6月に夏の急激な感染拡大を、8月には今の急激な収束を、どのくらいの人が予見できただろうか。僕はまったくできなかった。

8月12日の日経新聞に、
『英国の先行例をみると、デルタ型が急激に広がる期間は約1カ月半。日本も少なくとも9月には新規感染者数が減少に転じるだろう』
という記事が載り(SMBC日興証券の圷正嗣さん)、なるほどこのように世の中を見るのか、と感心した。2カ月経ち、実際そう推移している。
残念ながら僕にそのような慧眼はなく、下手な予測はしながら、目の前で起きていることを冷静にとらえ、的確に対応していくことが、せめてできることだろうかと思う。

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しばらく止めていたプールにも、また行けるようになって嬉しい。
水に入り、まず壁をけって泳ぎ始めるのだけれど、その時、体が水によくなじんですっと進む時と、かたくごつごつして重く、うまく進まない時がある。その違いがいつもおもしろい。さらに、体をほぐしてもう一度泳ぐと、また違う体になっていることも、やはりおもしろい。
普段からよく水に馴染むような体や心の使い方をしていることが大切、と思うようになった。全身で水を感じ、スムースに体が動くように。
演奏に置き換えると、例えばどんな内容の、どのくらいの量の練習をしているかもきっと重要だろうけれど、頑張る前に、どのように外の世界を感じ、音を聴き、体のどこにも滞ったところがなく、感じたままに動ける、まずそうしたことを、と思う。

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同じ組み合わせでも楽器によってまったく感じが変わるから、弦のことを書くのはさして意味がないかもしれないのだけれど。
ヤーガーのA線。弦に様々な重さをかけた時、その重さの違いに対して、さほど忠実に変化しないような気がすることがある。気持ちが音にうまく反映されない、というのか。
弦のストックにワーシャルのプロトタイプ、というA線があり、久しぶりに使ってみた。(ワーシャルのHP https://warchal.com/cello-prototype.html) 張り替えても隣のD線の音程はほぼ変わらず、張力は同じくらいと思う。左手で押さえる感じは、もう少し張りがあり、音色は昔あったプリム(今もあるのだろうか)やスピロコアに少しだけ似ている。全体の音がぱりっと前に出るようになり、下の2本の響きも増えて、良い感じだ。

もう一つ、ストックの中にスピロコアのシルバーがあって、これまでも時々使ってきたのだけれど、通常のものとの違いがよくわかっていなかった。改めて使っているのだけれど、果たしてこれはどう違うのだろう。それともあまり違わないのだろうか。

エンドピンの長さは、人それぞれで、その流儀を見るのは興味深い。僕の経験では、緊張している時や調子の良くない時、椅子を高くエンドピンは長くしたくなる。今は以前よりエンドピンを長く感じるようになった。
見附さんにお願いしたことがあったのだけれど、シンワサウンドサプライにも短いエンドピンを作って頂いた。(https://www.sinwajapan.jp/endpin.html) 40センチと少し。以前のものより1割くらい短いだけで、音量が増え、反応が良く、音が前にでる。ちょっとした長さの違いが大きく音に反映されるのはなぜだろう、何が大きな要因なのだろう。

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流行のようになっている高価な松脂はいくつも試した気がする。混ぜて使ったので銘柄が特定できないのだけれど、塗ってしばらくすると、弓毛が半透明になり固まってしまうものがあり、その感じはあまり好きになれなかった。
松脂をアルコールで溶いていくと、最後に溶ききれないゴム状のものが残る。(それがもしかして秘伝のレシピだったり、簡単に言えば、ひっかかりをよくするための添加物なのかもしれない。)では原料としての松脂で作ったら、というのが重野さんの松脂。久しぶりに使っている。

弓の毛替えもして頂き、さぁ気持ちを入れかえて。

2021年5月30日 (日)

変わること変わらないこと

ラーセンのIl Cannoneという弦、素晴らしかったのだけれど、元の組み合わせに戻したら、という誘惑は断ち難く、2カ月ほどでヤーガーとスピロコアに戻した。
楽器を締め付けていた感じはなくなり、予想していたより開放的な音になった。同時に金属的な音も戻ってきて、それはまるで、しばらく会っていなかった家族に久しぶりに会い、あぁこんなだった、とこれまで以上にその人のことをわかるような感じだった。

ゆらぎの少ないIl Cannoneの音程感は、経験したことのないものだった。ヤーガーやスピロコアにその特性はなく、弾き方で微妙に変化する音程や音質を常に追いかけていく必要があると思う。僕はシャフランの演奏が好き。誰にも真似できそうにない彼の音色や音程感は、張力の高くない弦を巧みにコントロールした賜物ではないか、と思う。

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改めて弾くヤーガーは、弓を返す時や左手がシフトする時、両方同時の時はさらに、硬い雑音が出やすいことを感じた。
昔からある弦の素晴らしさが発揮されるスイートスポットはそれほど広くなく、きっと使いこなしが重要だ。ラーセンはその点穏やかで使いやすい。どちらが良いのか、結論はない。

昨年夏、都内の楽器店が古い弦のストックを安価に販売していることを、親切な同僚が教えてくれた。お店としては古い在庫に価値はなく、処分したかったのだろうか。
真鍮で作るシンバルは、製造直後より1年寝かせた方が倍音の成分が伸びるというTV番組を見て以来、木だけでなく、金属の経年変化にも興味を持つようになった。迷いなく、僕は古いパッケージのスピロコアを求めた。
それにしても、いつの間にパッケージが変わったのだろう。以前にも10年以上ストックしてあったスピロコアを使って問題はなく、今回の弦もとても良い。

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ヤーガーやスピロコア、中学生の頃から使っているこうした弦が今も変わらず生産されていることは有り難い。もちろん時代と共に小さな変化はあるかもしれない。でも様々迷った後に、以前の場所に戻れることは素晴らしい。

20年以上使っている万年筆を洗っている時に、うっかり軸を木の床に落とした。軽い音がして、驚くほどあっけなく軸が割れた。長く使ってきたから、樹脂が劣化して割れやすくなっていたのだろうか。気にも留めていなかったのだけれど、この万年筆、使ったり使わなかったりの長い歳月の間、一度もインクのトラブルがなかった。
幸いペン先は無事で、修理に出した万年筆は、感染の影響で工場の操業や物流が滞っていて数ヶ月かかり、戻ってきた。
変化の激しい時代に、変わらないことの素晴らしさを感じる。

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今年1月に指揮のエリアフ・インバルが来日し、変わらず力にあふれた姿だった。年を取ることの手本のような人だと思った。舞台で聴衆に応える彼を見て、80代で満面の笑みができることは本当に素晴らしいと思った。

いつの間にか、所属するオーケストラでも自分より若い楽員が増えた。今でもオーケストラ初心者のような感覚で、音楽は謎ばかり。
50歳になり、これから10年どう生きていくのが良いのか、年を取るとは、若いとはどういうことなのか、時々考える。職業音楽家の難しさは、好きで、やりたくて入った道なのに、それが仕事となってしまうことだ。好きなことにはどれだけエネルギーを費やしても苦にならない。一方、仕事は最小限の労力で最大の効果を得ようとする。
できるだけ効率よく仕事をしようとする。譜読みは気の重い面倒な作業になり、はかどらない時は自分の能力の無さにいらいらし、スコアを見るのは要所だけ、リハーサルが1分でも長くなることは苦痛で、曲の演奏時間を気にし、・・・。そういうことを止めにした。
限られた資源しかなく、大したことはできないかもしれないけれど、その時自分にできる最大のことをしたいと思う。

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何かに慣れる、ということは、重要なこととそうでないことが見分けられるようになり、要領よくできるようになる、ということだと思う。自分なりの方法や手順を確立して、それに則っていたら仕事はそこそこできる。
でも、何かが確立してしまうのはつまらないな、と思うようになった。ある優れた音楽家が、演奏は、自分のしていることが本当にそれで良いのか、いつも検証しながら弾くっていうことだろ、と言ったことを思い出す。

大学オーケストラ(音楽専攻ではない)と、とても若い人を教えている。僕の方が彼ら彼女たちより経験を積んでいることは間違いない。でももしかして、若い人たちの方が良い感覚を持っていたり、良い弾き方をしているかもしれない、と思って接している。自負や経験は脇に置き、何が良いやり方なのか、最善の方法は何か、冷静に見る必要があると思う。

子供の頃は興味のない勉強や好きでもないたくさんのことを、あれこれしなくてはならなかった。年を取ってくると、基本的には自分の気の進むことしか、しなくなっている気がする。いろいろなことが新鮮さを失い面倒になり、人間は楽な方に流れる。
それらを頭の中で起こっていることとして捉えた時、いったいどういうことが起きているのだろうか。面倒と感じることに秘密があるのではないか、と思う。

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オーケストラの仕事では、自分が全体の中でどのような働きをしたらよいのか、把握していることが大切だと思う。チェロは比較的重要な役割を担うことが多いけれど、主導権を持つことはあまりなく、全体の中でタイミングを見つけたり、他の重要なパートに道を譲ったりすることが多い。
自分が中心になって物事を決めていくことより、変化していく状況の中で最適な着地点を導き出したり、誰かに譲ったり、誰かと誰かの橋渡しをしたり、支えにまわったり、そうしたことがスムースにできることが素晴らしいと思うようになった。混雑する駅で他の人に順番をゆずったり、誰かの話に耳を傾けることは、自分のことを主張してばかりいるより、エネルギーが要るのではないだろうか。

オーケストラに来るソリストには、ひたすら我が道を行く人も、オーケストラと一緒に音楽を作ろうとする人もいる。
前者のタイプは今あまり多くなく、もちろんオーケストラとしては後者が嬉しい。多くの楽器があるオーケストラと複雑なアンサンブルを構成しながら、自分の音楽を実現していくことは、高度な能力が必要で、奏者の負担は大きい。だからもしかして、客席で聞き映えするのはオーケストラを気にせず弾く人かもしれない。そのあたりはおもしろいところだと思う。でもせっかく後ろにオーケストラがいるのだから、その流れにうまく乗れたら、はるかに説得力のある演奏になると思う。

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年齢を重ねても、みずみずしい音楽をしていたい。いつもはできないかもしれないけれど、少しだけ間口を広くして、自分の心を柔軟なものにしておくことが、と思う。

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