楽器のこと

2023年2月 1日 (水)

ミュート、松脂、メトロノーム

軽い、という理由で使っていたミュートが、経年変化で硬くなり、溝の幅と駒の厚みとの関係もあって、弾いている時に外れるようになった。
浄夜や新世界など、音量が増えた先でミュートを外す曲の場合、それで都合の良い時もあるのだけれど、新しくした。

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驚いたのは一つ穴のミュートを久しぶりに付けてみた時のこと。ミュートを使わず、テールピースの上で弦にかかっている状態で、これまで使っていたものと、明らかに音が違う。
これまでのものは軽く、演奏中にテールピースの上で踊ることがあった。一つ穴のものは、バランスの問題なのか、重さの問題なのか、僕のチェロでは共振することなく、同じ姿勢でじっとしている。

ウルフキラーを駒とテールピースの間に固定して使うのだから、このセクションに一定の重さのものを乗せれば、音が変わるのは当然のことだろうか。
ミュートには一つ穴、二つ穴、金属製のもの、これまで使っていた軽くて裏面に磁石が付いているもの、など様々ある。楽器によってきっと相性があり、少し気にするとよいことなのかもしれない。

 

オーケストラの同僚に教えてもらって使うようになったのが、アルゼンチン製のジュンバ(Yumba)という松脂。
松脂はすでに沢山持っていて、もう増やさないと決めていたのだけれど、試させてもらったら大きい音がするので、買いに行った。

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ヴァイオリン用、チェロ用に分かれ、さらにオリーヴァ、ビー、タンゴの3種類ある。
僕の印象ではオリーヴァがかたくて子音が出やすい、ビーは一番ひっかかりがあり、タンゴは濃くて、固まる前のアスファルトを踏んでしまった時のような(踏んだことはないけれど)ぬるっとした感じがある。音が飛ぶのは、もしかしてタンゴかもしれない。

角の立ちにくい弓にはオリーヴァ、ビーが中庸な性格で(それでもかなり強い気がする)、子音が多く出る弓にはタンゴを使っている。

小さい頃、テーブルの上に置いてあった松脂を弓に塗ったら、見ていた祖母が、それはそういうものか、飴だと思って口に入れるところだった、と言ったことを思い出す。
(祖母はおそらく、音楽の教育をあまり受けてこなかった人だけれど、子供が楽器を弾く姿はじっと見ていて、練習が嫌だったり、何かができなくて僕がかんしゃくを起こすと、よくたしなめられた。)

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松脂と弓の相性はあり、それによって弓は変わる。弓と楽器の相性ももちろんあり、そこに弾く人間も入るから、多くの要素が絡み合い、影響し合い、様々に変化する。同じ弓でも、どうしてこんなに音が変わるのだろう、と毎日思う。
最近、4年以上使ってきた弓について、あぁこう使うんだ、と思う時があった。自分の不明を恥じるばかり、これまでその弓を十分に生かせてこなかったということだ。製作者の穏やかな表情を思い出し、あらためて、あなたはどんなノウハウを弓の製作にこめたのですか?と尋ねてみたくなる。

 

昨年末にメトロノームを新しくした。ずっと電子式のものを使ってきたのだけれど、音が平らで硬く、長く使うと耳が疲れてくる。
昔ながらのゼンマイを巻き上げる機械式メトロノーム、水平な場所に置かないとリズムが偏るかな、と心配したのだけれど、意外に大丈夫で、立体的な音が心地よい。唯一の問題は、テンポ表示の数字が小さくて見づらいこと。

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モーツァルト弾きとして高名だったピアニストが、日本のオーケストラと共演するために来日した時、ずっとメトロノームを使って練習していた、と聞いたことがある。
彼女ももしかして、このメトロノームを使っていたのだろうか。

 

ところで、乾燥する季節に使うダンピット、しばらく入荷していないそう。使わない方がいい、と言う人もいるけれど、お使いの方は手持ちのダンピットを大切に使った方が良さそうです。

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2022年7月19日 (火)

新しい弦

午後の演奏会を終えて帰宅してから、新しい弦、ドミナントプロの下2本をまず張ってみた。

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タングステン巻きのC線はスピロコアのそれと似ている。G線はタングステン巻きではなく、音色はかなり落ち着いて、暗めだった。
トマスティーク社のチャートの通り、どちらもスピロコアよりほんの少し落ち着いた音色。https://www.thomastik-infeld.com/en/new-releases/dominant-pro/cello

翌朝、D線とA線も張ってみた。予想に反して、D線は昔からあるドミナントに似ている。公表されている張力より弱い感じで、弾いた感触は少し頼りなく、音色はかなり明るい。
A線は張力が強く、へなちょこの僕には、8度の重音を押さえるのがきつくなる感じだった。

G線の音色が暗く、こもった感じなのに、D線はとても明るい。なじめば違う面が出てくるのかもしれないけれど、一本おきにC/D線が明るく、G/A線が暗い。ちぐはぐな感じがする。
これは個体差で、たまたま僕の買ったものがそうだったのだろうか。全体の響きも伸びず、僕の楽器に合わないと感じ、元の弦に戻してしまった。
もしかして僕の気付かなかった素晴らしい面や、可能性があるのかもしれないし、違う楽器に張ったら別の発見があるのかもしれない。

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下の2本は、スピロコアより落ち着いた感じで弾きやすいから、あの弦のじゃりじゃりした感じが気になる時は、良い選択になるような気もする。

何も変えなくても、楽器や弓、人間は毎日、時として驚くほど違い、そして日々変化していく。
4月から使っているのは、上2本をヤーガー、下2本はスピロコアの、弱い方の弦。ずいぶん以前にもこの組み合わせを試したことがあったのだけれど、その時はどこにも支えがない感じで、ふにゃふにゃだった。楽器も人間も変わったのかもしれない。

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新しい弦は、基本的に張力の強いものが多い。
強い弦はわかりやすいけれど、僕は、強さを弦に求めるより、楽器に強さが生まれてくるような弦を使ったり、弾き方を工夫する方が良いのでは、と思っている。

ヤーガー+スピロコアの組み合わせの長所の一つは倍音の多さだと思う。弾いている本人が感じているよりずっと、響きの成分が多いかもしれない。
ヤーガーのドルチェには、ミディアムの弦の、突っ張るような神経質さがない。これを生かすために下2本も弱いものにしている。

強い弦を張ると、どうしても響きが抑えられてこもる感じになり、細かいニュアンスも失われがちで、発音も遅くなる。
英語で "projection" と言うのだろうか、音がぱっと遠くまで広がる感覚はとても大切だと思う。

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新製品のG/C線はほとんどが径の細いタングステン巻き。タングステンには独特の音色があり、あまり好きではない。発音の良さや、鋭い音色など、利点はあるのだけれど。
太い弦は、今や少数派だろうか。

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M君が、ヨーロッパのとても有名なオーケストラのコントラバスセクションは、オイドクサ(ガット弦)を使っている人が多い、と教えてくれた。
チェロのオイドクサは、かなり柔らかい感じだけれど、コントラバス弦はそうでもないらしい。実際に音を聴かせてもらうと、力強く、響きも深かった。
今年の後半、空気が乾いてきたら、また使ってみよう。

2021年12月29日 (水)

楽器の中の空気

この秋、サントリーホールの舞台裏で都響スタッフのYさんMさんと雑談をしていた時、チェロは楽器が大きくて持ち運びが大変ですね、と言われ、いえいえ中は空で、ほとんど空気を運んでいるようなものですから、と答えたことから、ところで楽器の中の空気はどうなっているんだろう、という話になった。

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例えばコントラバス、いつものリハーサル室から演奏旅行に出て、また戻ってきた時、楽器の中の空気は入れ替わっているのだろうか、それとも元のままだろうか。空輸の際は気圧差があるので入れ替わるだろうけれど、9月は陸送で岡山と高知に行って帰ってきて、はたして楽器の中の空気は上野のままだろうか。
さらに、はく息に含まれる二酸化炭素は少し重いはずだから、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、いずれの楽器でも表板を伝わってf字孔から中に入り、中の二酸化炭素濃度が高くなっていたりしないのだろうか。

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吸い込んでしゃべると高くて不思議な声のするヘリウムガスを弦楽器の中に入れたらどうだろうか、そこに話が及んだ時、テューバのSさんが加わり、ヘリウムガスを吸ってから吹くと、確かに最初高い音がした、とのことだった。
もしかして弦楽器の中の空気をチューニングすることで音は変わらないか、そんな話をしたあたりで開演時間が迫ってきた。

冬場に乾燥を防ぐために楽器の中に入れるダンピット、ダンピットからどのように水分が蒸発し、内部の湿度がどう変化するのか、実は知らない。

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弦楽器の中の空気の話、おもしろそうです。どなたか取り組んでみませんか?こういう研究はイグノーベル賞の対象にならないかなぁ。

2021年10月16日 (土)

水によくなじむ

1年のうち、たぶん300日くらい同じデニムをはき、毎年新調してきた。昨年は買いに行けず、すり切れ、穴が空き、お尻のあたりがかなり薄くなって、さすがにまずい感じになっていたのを、この秋ようやく新しくした。
他にも夏の感染拡大で遠慮していた、たとえば眼鏡の相談(楽譜の読み間違いを眼鏡の力で減らせないか、と思ったのだけれど・・・)や、気になっていたチェロの弓を弾かせてもらうことなど、様々済ませた。あとは20年以上着て、かなりくたびれている燕尾服と、すり減ってきた黒靴だろうか。
少し前の日経新聞にジャック・アタリさんが、思いついたことは、手遅れになる前に躊躇せずした方が良い、という内容の文章を寄せていて、その通りですね、と思う。

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ところで、今年の6月に夏の急激な感染拡大を、8月には今の急激な収束を、どのくらいの人が予見できただろうか。僕はまったくできなかった。

8月12日の日経新聞に、
『英国の先行例をみると、デルタ型が急激に広がる期間は約1カ月半。日本も少なくとも9月には新規感染者数が減少に転じるだろう』
という記事が載り(SMBC日興証券の圷正嗣さん)、なるほどこのように世の中を見るのか、と感心した。2カ月経ち、実際そう推移している。
残念ながら僕にそのような慧眼はなく、下手な予測はしながら、目の前で起きていることを冷静にとらえ、的確に対応していくことが、せめてできることだろうかと思う。

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しばらく止めていたプールにも、また行けるようになって嬉しい。
水に入り、まず壁をけって泳ぎ始めるのだけれど、その時、体が水によくなじんですっと進む時と、かたくごつごつして重く、うまく進まない時がある。その違いがいつもおもしろい。さらに、体をほぐしてもう一度泳ぐと、また違う体になっていることも、やはりおもしろい。
普段からよく水に馴染むような体や心の使い方をしていることが大切、と思うようになった。全身で水を感じ、スムースに体が動くように。
演奏に置き換えると、例えばどんな内容の、どのくらいの量の練習をしているかもきっと重要だろうけれど、頑張る前に、どのように外の世界を感じ、音を聴き、体のどこにも滞ったところがなく、感じたままに動ける、まずそうしたことを、と思う。

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同じ組み合わせでも楽器によってまったく感じが変わるから、弦のことを書くのはさして意味がないかもしれないのだけれど。
ヤーガーのA線。弦に様々な重さをかけた時、その重さの違いに対して、さほど忠実に変化しないような気がすることがある。気持ちが音にうまく反映されない、というのか。
弦のストックにワーシャルのプロトタイプ、というA線があり、久しぶりに使ってみた。(ワーシャルのHP https://warchal.com/cello-prototype.html) 張り替えても隣のD線の音程はほぼ変わらず、張力は同じくらいと思う。左手で押さえる感じは、もう少し張りがあり、音色は昔あったプリム(今もあるのだろうか)やスピロコアに少しだけ似ている。全体の音がぱりっと前に出るようになり、下の2本の響きも増えて、良い感じだ。

もう一つ、ストックの中にスピロコアのシルバーがあって、これまでも時々使ってきたのだけれど、通常のものとの違いがよくわかっていなかった。改めて使っているのだけれど、果たしてこれはどう違うのだろう。それともあまり違わないのだろうか。

エンドピンの長さは、人それぞれで、その流儀を見るのは興味深い。僕の経験では、緊張している時や調子の良くない時、椅子を高くエンドピンは長くしたくなる。今は以前よりエンドピンを長く感じるようになった。
見附さんにお願いしたことがあったのだけれど、シンワサウンドサプライにも短いエンドピンを作って頂いた。(https://www.sinwajapan.jp/endpin.html) 40センチと少し。以前のものより1割くらい短いだけで、音量が増え、反応が良く、音が前にでる。ちょっとした長さの違いが大きく音に反映されるのはなぜだろう、何が大きな要因なのだろう。

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流行のようになっている高価な松脂はいくつも試した気がする。混ぜて使ったので銘柄が特定できないのだけれど、塗ってしばらくすると、弓毛が半透明になり固まってしまうものがあり、その感じはあまり好きになれなかった。
松脂をアルコールで溶いていくと、最後に溶ききれないゴム状のものが残る。(それがもしかして秘伝のレシピだったり、簡単に言えば、ひっかかりをよくするための添加物なのかもしれない。)では原料としての松脂で作ったら、というのが重野さんの松脂。久しぶりに使っている。

弓の毛替えもして頂き、さぁ気持ちを入れかえて。

2021年5月30日 (日)

変わること変わらないこと

ラーセンのIl Cannoneという弦、素晴らしかったのだけれど、元の組み合わせに戻したら、という誘惑は断ち難く、2カ月ほどでヤーガーとスピロコアに戻した。
楽器を締め付けていた感じはなくなり、予想していたより開放的な音になった。同時に金属的な音も戻ってきて、それはまるで、しばらく会っていなかった家族に久しぶりに会い、あぁこんなだった、とこれまで以上にその人のことをわかるような感じだった。

ゆらぎの少ないIl Cannoneの音程感は、経験したことのないものだった。ヤーガーやスピロコアにその特性はなく、弾き方で微妙に変化する音程や音質を常に追いかけていく必要があると思う。僕はシャフランの演奏が好き。誰にも真似できそうにない彼の音色や音程感は、張力の高くない弦を巧みにコントロールした賜物ではないか、と思う。

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改めて弾くヤーガーは、弓を返す時や左手がシフトする時、両方同時の時はさらに、硬い雑音が出やすいことを感じた。
昔からある弦の素晴らしさが発揮されるスイートスポットはそれほど広くなく、きっと使いこなしが重要だ。ラーセンはその点穏やかで使いやすい。どちらが良いのか、結論はない。

昨年夏、都内の楽器店が古い弦のストックを安価に販売していることを、親切な同僚が教えてくれた。お店としては古い在庫に価値はなく、処分したかったのだろうか。
真鍮で作るシンバルは、製造直後より1年寝かせた方が倍音の成分が伸びるというTV番組を見て以来、木だけでなく、金属の経年変化にも興味を持つようになった。迷いなく、僕は古いパッケージのスピロコアを求めた。
それにしても、いつの間にパッケージが変わったのだろう。以前にも10年以上ストックしてあったスピロコアを使って問題はなく、今回の弦もとても良い。

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ヤーガーやスピロコア、中学生の頃から使っているこうした弦が今も変わらず生産されていることは有り難い。もちろん時代と共に小さな変化はあるかもしれない。でも様々迷った後に、以前の場所に戻れることは素晴らしい。

20年以上使っている万年筆を洗っている時に、うっかり軸を木の床に落とした。軽い音がして、驚くほどあっけなく軸が割れた。長く使ってきたから、樹脂が劣化して割れやすくなっていたのだろうか。気にも留めていなかったのだけれど、この万年筆、使ったり使わなかったりの長い歳月の間、一度もインクのトラブルがなかった。
幸いペン先は無事で、修理に出した万年筆は、感染の影響で工場の操業や物流が滞っていて数ヶ月かかり、戻ってきた。
変化の激しい時代に、変わらないことの素晴らしさを感じる。

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今年1月に指揮のエリアフ・インバルが来日し、変わらず力にあふれた姿だった。年を取ることの手本のような人だと思った。舞台で聴衆に応える彼を見て、80代で満面の笑みができることは本当に素晴らしいと思った。

いつの間にか、所属するオーケストラでも自分より若い楽員が増えた。今でもオーケストラ初心者のような感覚で、音楽は謎ばかり。
50歳になり、これから10年どう生きていくのが良いのか、年を取るとは、若いとはどういうことなのか、時々考える。職業音楽家の難しさは、好きで、やりたくて入った道なのに、それが仕事となってしまうことだ。好きなことにはどれだけエネルギーを費やしても苦にならない。一方、仕事は最小限の労力で最大の効果を得ようとする。
できるだけ効率よく仕事をしようとする。譜読みは気の重い面倒な作業になり、はかどらない時は自分の能力の無さにいらいらし、スコアを見るのは要所だけ、リハーサルが1分でも長くなることは苦痛で、曲の演奏時間を気にし、・・・。そういうことを止めにした。
限られた資源しかなく、大したことはできないかもしれないけれど、その時自分にできる最大のことをしたいと思う。

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何かに慣れる、ということは、重要なこととそうでないことが見分けられるようになり、要領よくできるようになる、ということだと思う。自分なりの方法や手順を確立して、それに則っていたら仕事はそこそこできる。
でも、何かが確立してしまうのはつまらないな、と思うようになった。ある優れた音楽家が、演奏は、自分のしていることが本当にそれで良いのか、いつも検証しながら弾くっていうことだろ、と言ったことを思い出す。

大学オーケストラ(音楽専攻ではない)と、とても若い人を教えている。僕の方が彼ら彼女たちより経験を積んでいることは間違いない。でももしかして、若い人たちの方が良い感覚を持っていたり、良い弾き方をしているかもしれない、と思って接している。自負や経験は脇に置き、何が良いやり方なのか、最善の方法は何か、冷静に見る必要があると思う。

子供の頃は興味のない勉強や好きでもないたくさんのことを、あれこれしなくてはならなかった。年を取ってくると、基本的には自分の気の進むことしか、しなくなっている気がする。いろいろなことが新鮮さを失い面倒になり、人間は楽な方に流れる。
それらを頭の中で起こっていることとして捉えた時、いったいどういうことが起きているのだろうか。面倒と感じることに秘密があるのではないか、と思う。

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オーケストラの仕事では、自分が全体の中でどのような働きをしたらよいのか、把握していることが大切だと思う。チェロは比較的重要な役割を担うことが多いけれど、主導権を持つことはあまりなく、全体の中でタイミングを見つけたり、他の重要なパートに道を譲ったりすることが多い。
自分が中心になって物事を決めていくことより、変化していく状況の中で最適な着地点を導き出したり、誰かに譲ったり、誰かと誰かの橋渡しをしたり、支えにまわったり、そうしたことがスムースにできることが素晴らしいと思うようになった。混雑する駅で他の人に順番をゆずったり、誰かの話に耳を傾けることは、自分のことを主張してばかりいるより、エネルギーが要るのではないだろうか。

オーケストラに来るソリストには、ひたすら我が道を行く人も、オーケストラと一緒に音楽を作ろうとする人もいる。
前者のタイプは今あまり多くなく、もちろんオーケストラとしては後者が嬉しい。多くの楽器があるオーケストラと複雑なアンサンブルを構成しながら、自分の音楽を実現していくことは、高度な能力が必要で、奏者の負担は大きい。だからもしかして、客席で聞き映えするのはオーケストラを気にせず弾く人かもしれない。そのあたりはおもしろいところだと思う。でもせっかく後ろにオーケストラがいるのだから、その流れにうまく乗れたら、はるかに説得力のある演奏になると思う。

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年齢を重ねても、みずみずしい音楽をしていたい。いつもはできないかもしれないけれど、少しだけ間口を広くして、自分の心を柔軟なものにしておくことが、と思う。

2021年3月24日 (水)

定点観測

毎年クリスマスを過ぎた頃、新宿と渋谷の決まった場所を、決まったアングルで撮ることにしていた。50ミリレンズをつけたカメラに白黒フィルムを入れて。

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3月になり、テレビに渋谷のセンター街が映し出されるのを見ていた時、2020年はそれをしなかったことに気付いた。すっかり出かけなくなり、そしてフィルムの現像とプリントで長くお世話になったラボテイクが昨年秋に閉じられ、写真に気持ちが向かなくなっていた。
眠っていたカメラを虫干しし、あまり使わなくなっていたカメラやレンズをいくつも手放し(それでもまだ何台もある)、よく使うものに絞った。少し心が軽くなった。

旅行に行かなくなったことは、それほど残念に思わない。でも大学オーケストラの合宿がなくなり、避暑地の奥、山道を登り切った行き止まりにある宿に行かなくなったことは残念に思う。コンクリートとアスファルトとガラスに囲まれ、排気ガスの臭いのする東京に1年以上いて、山のひんやりとした空気が本当に懐かしい。

暮れに同じ場所で写真を撮るようにしたのは数年前のことで、定点観測と名付けていた。毎年同じ時期に同じ場所の写真を撮ると、景観はもちろん、人々のファッションや表情など、思いもしない変化が写るかもしれないと考えた。スマートフォンが普及する前に始めていたら、もっとおもしろかった可能性がある。10年前、人々はもう少し姿勢が良くて、表情もあったのではないだろうか。
2020年の定点観測をしていたら、ほとんど全ての人々がマスクをしている、という点で2019年と大きく違っていたはずだった。

定点観測と言えば、ほぼ毎日、チェロを弾くこともそうかもしれない。18歳、大学受験前の数ヶ月を除いて、何十年も弾き続けてきた。チェロをかまえることは同じでも、時期によって見えている景色はずいぶん違った。嫌だったことも、意欲に燃えていたことも、辛かったことも、もちろん嬉しかったこともある。今は、息をするように自然に、何の色も持たず、毎朝弾き始めたいと思う。

どんな演奏が、演奏家が素晴らしいのだろうか。年を取り経験を積み、人によっては立派な経歴がついているのかもしれない。でもその時出した音や音楽を、一点の曇りもなく、ありのままに聴くことができたら、と思う。録音するとよくわかるのだけれど、自分のしていることを客観的に捉えることは本当に難しい。素晴らしい演奏家は、自分を客観的に見る能力がきっと優れている。
自分の問題はもう一つ、弾いている自分の感覚が第一になってしまうこと。楽しみで弾くならそれでいいのかもしれない。どう聞こえているかが最重要、ということに今頃気がついた。

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同じ匂いの中にいるとその匂いがわからなくなるように、毎日同じようにしていると鈍くなりそうなので、違う弓で弾いたり、違う楽器を弾いてみたり、違う弦を張ってみたりする。すると現在位置をよりとらえやすくなるような気がする。
最近発売された弦を2種類、張ってみた。今はラーセンのIl Cannoneを使っている。おもしろいのは音色が2種類用意されていること。同じ銘柄で張力違いを用意するのがこれまでの発想と思う。音色違いは初めてかもしれない。(テンションが高くなると音色は暗め、低くなると明るめ、と理解している。)"Direct&Focused"が標準で、"Warm&Broad"がオプション、ということらしい。
僕が求めたセットには、Direct&Focused4本に加え、お試しでWarm&BroadのA線C線が同梱されていた。名前の通り、DFは固め明るめの音色、WBは柔らかく暖かい。6本全て弾いてみて、A線はWB、他は全てDFにした。D線もWBを張ってみたいと思っている。楽器によってきっとかなり違う。

驚くほどスムース、というのが第1印象。僕は車に乗らないけれど、最新の高級車はこんな感じなのだろうと想像する。左手がシフトしても音がつながりやすい。張力は高いのに、響きが多いことはこれまでの弦にない特徴だと思う。そして、圧力の変化に対して音程が驚くほど安定している気がする。張ってすぐ使えるのも、現代風だ。
この高性能な弦には、どのような開発のプロセスがあり、どのような技術が使われたのか、興味深い。

もう少しA線D線の張力が低ければ、軟弱な僕にも使いやすいのだけれど。下から張り替えていったので、下2本がDF、上2本ヤーガーという組み合わせも意外に良かった。

ラーセンを使っているとだんだん楽器がこもるようになって結局外してしまう、というのがこれまでの経験だった。4本同じ銘柄を張ることはあまりない。この新しい弦をしばらく使ってみる。

2021年1月24日 (日)

同じドレミファソでも

4本の弦の下がすっかり掘れてしまったチェロの指板を、3年ぶりに削って頂いた。
こんなことを書くのは恥ずかしいけれど、この1年、練習の中心にあったのは、どう音程を感じ、どう取るか、ということだった。変な音程の取り方をしていると、本来減らない位置の指板が減る。指が弦に触れる時のインパクトの度合い、押さえ方の加減やシフトの具合など、使い込まれた指板にはきっと、その人の技量が現れる。
魂柱も久しぶりに立て直し、ひどく汚れのこびりついた楽器の表面を綺麗にクリーニングして頂いた。指板の削れ具合や楽器の汚れ方にはっとする。この数年良い感じに弾けていなかったということだ。

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良く楽器を弾こう。一つ一つの音を弾く度に、少しずつそれが楽器や弓、心と体に刻み込まれていく。楽器も弓も、良い状態で弾くことが大切だと思う。良く使うと、きっとさらに良くなる。毎日朗らかでいると、ますます朗らかな気持ちになるように。

人前で演奏する、とはどういうことか、と考えた時、それは自分の能力をできるだけ発揮することではないか、と思った。何十年か生きてきて、自分がスーパーマンではないことはわかっている。大切なことは自分の持つ力を存分に発揮することだと思う。
今はまた出かけにくくなってしまったけれど、毎週プールに行っていた。最初に壁を蹴って泳ぎ始める、その時、体がよく水に馴染み、すっと進む時と、体が固くてごつごつし、どうも前に行かない時がある。本人は同じつもりでも違う結果になることが、いつもおもしろかった。
良い調子を実現するために、何かを食べたり飲んだり、柔軟体操をしたり、筋肉に負荷をかけたり、特別なことをしたり、誰かに特別な施術をしてもらったり、そうしたこともあるのかもしれない。でも今の僕には、毎日どのように生きているのかが最も大切なことに思える。日々どのように心と体を使うのか、そのことが体のスムースな動きや、舞台での緊張の仕方に密接に関係すると思う。
いい演奏をしている時はきっと、驚くほどスムースだ。努力、とか頑張る、強いるということからは遠い。

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もちろん、僕に眠ったままの力があり、それらをまったく使えていない、という可能性はある。あるいはすでに、限られた自分の資源をかなり使っていて、残念ながら伸びしろはあまりない、ということもあり得る。
自分の力を充分に作用させるために必要なのは、必死になることや、頑張ることではなく、心と体のつながりを妨げているものを減らすことかもしれない、とも思う。

昨年の大晦日、夕方に大きなボクシングの試合があり、普段あまり見ない僕も終盤を少し見た。ボクシングのことは良く知らないけれど、見事な試合で、この人たちにはこのスピードのパンチが見えているんだ、と驚いた。同時に、猫のようだ、とも感じた。鍛え抜かれたアスリートだからあの速さや強さが実現できるのだろうけれど、猫の喧嘩だってすごい。間合いの取り方、仕掛けるタイミング、猫パンチの目にもとまらぬ速さ、・・・。
背丈よりずっと高い壁をひょいと乗り越えたり、狭い塀の上をするする走ったり、高いところから音もなく着地したり、狭いすき間に躊躇なく入ったり、そうした猫のような身体能力持つ人がいたら、間違いなくスーパーマンだ。様々なことを考えたり、高度なコミュニケーションをしたりするようになった代償に、人間は素晴らしい身体能力を失ったのだろう。
時々走っている。どたどたと無様だ。子供の頃は飛ぶように走っていた気がするのに。

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またピアノ(家にあるのはクラビノーバ)をよちよち練習するようになった。練習する、といってもほんの少しなのだけれど、前の日にできなかったことが次の日何気なくできていたりしておもしろい。いったい何が起きているのだろう。
交響曲のスコアを見て、和声進行を弾いてみたり、チェロのレパートリーのピアノパートをちょっとだけ弾いてみたりする。チェロのパートを弾いてみると、拍子抜けするくらい易しくて、うーん、となる。

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楽器にはそれぞれ事情があり、得手不得手がある。例えばドレミファソ、というフレーズをピアノで弾くのとチェロで弾くのとでは、脳と体の働きはかなり違う。同じ楽譜を見ても、その人がどんな楽器を弾くのか弾かないのかで、心に思い描かれる景色はまったく違うと思う。でもドレミファソは同じドレミファソのまま。

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オーケストラには様々な発音原理の楽器があり、たとえ全員ユニゾンで同じ旋律を演奏しても、脳と体の動きはおそらく大きく違う。多くの人が、脳の中では違うことが起きているのに、同じ音型を演奏することができる。不思議だ。それでももし、同じ感覚のドレミファソを共有できていたら素晴らしい。

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ロストロポーヴィチは、歌手である夫人の伴奏をするためにピアノも演奏した。ヴァイオリンのユリア・フィッシャーは1つの演奏会でヴァイオリンとピアノを弾くことがあるそう。作曲家・クラリネット奏者のイェルク・ヴィトマンは1つの演奏会で自作曲や他の曲の指揮をし、クラリネットを吹いていた。傍で見ていて、作曲すること、クラリネットを吹くこと、指揮をすることの間にすき間がないようだった。ヴァイオリンの庄司紗矢香さんは、楽器を弾く自分を離れたところから客観視しているように見える。

楽器を扱うことはなかなか大変で、しかも魅力的だから、そのことにかまけてしまう可能性がある。でも少し距離を置き、まず音楽を感じてみることが大切なのかもしれない。

2020年12月30日 (水)

世界史の年表に

今月、昔からの友人にチェロの弓について様々なことを尋ねられ、彼がどんなことを感じているのか、何を求めているのか、楽しいメールのやり取りがあった。一本一本の弓に世界があると思う。

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今年、経験や様々な思い込みを捨て、素の自分と向き合って練習した。
優れた演奏家と自分と何が違うのだろう、と考えた時、自分の出した音、発した音楽をどれだけ正確に把握できているか、きっとそこだろうと思った。そして返ってきた音に対して、どのように動くのか、そのフィードバックのループがとてもスムースにつながっている。心と楽器の間にすき間がなく、頭で考えるごちゃごちゃとしたことや、意識のようなものが邪魔をしていない。

同じように、弓に触れている右手と、弦や指板に触れている左手が、弓や弦をよく感じていて、加えた力に対して返ってきた反応にどのように答えるのか、ということもきっととても大切だ。
誰かと話をするときに、こちらのことだけを一方的に喋らないように。あるいは、猫に触るときに、その猫のことを感じながら触るように。そんな当たり前のことを言うな、と怒られそうだけれど。
(おそらく、どのように弓を持って、どのように楽器を構えて、どのような姿勢で、どのような弓使いで、指使いで、・・・、そうしたことはそれほど重要ではない、と思う。)

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毎朝、この楽器とこの弓はいったいどんな音がするんだろう、と思って弾き始める。
今のチェロとは四半世紀以上の付き合いになる。でも、もしかしてこの楽器のことを僕はよくわかっていないかもしれない。何本かある弓についてもそうかもしれない。実際、何年も使ってきた弓が時々に見せる内面的な顔、そしてそれによって引き出されるチェロの可能性には、はっとさせられることがある。
30年以上前、音楽を志す大きな転機となった草津の音楽祭で、あるピアニストに、音楽家になるなんてやめておきなさい、あの素晴らしい演奏家たちでさえ毎日練習しなくてはならないんだから、と言われた。その時、この人は不思議なことを言う、と思った。演奏を職業とするようになり、楽器に触れることを辛く感じる日々はあった。でも今は、昨日とはほんの少し違う自分で新たに音を出せることを幸せに思う。

9月から演奏会が再開され、また楽器を持って電車に乗るようになった。
比較的空いていた電車に小さな子供を連れた家族が乗ってきて、その子供が僕の持つ楽器を指し、あれなに?、と親に聞く姿を見ることが度々あった。物心がつき始めた子供たちにとって、半年近い巣ごもり期間が過ぎ、ほとんど初めて接するまぶしい外界で、大きなチェロはとても不思議なものに見えただろう。でもいつも若い親たちは、静かに、とたしなめるばかりだった。僕もよく、なんで?どうして?と親に聞いていた記憶がある。
その子たちの好奇心を満たしてあげたいと思ったけれど、そうしたことが難しい状況になった。

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外出するとほぼ全ての人がマスクをしていて、顔の下半分の表情が見えない。小さな子供たちに世界はどのように見えているのだろうか。そして彼ら彼女たちはどのように表情を獲得していくのだろう。
以前よりさらに消毒が行われるようになり、様々な雑菌に触れる機会が激減したと思う。僕のような少々古くなった人間はともかく、子供たちに何が起きるのだろうか、それとも何も起きないのだろうか。10年くらい過ぎた時、2020年の影響で思いもよらないことが起きているのだろうか。

もし百年後にも世界史の年表があるなら、2020年の新型コロナウィルスの感染拡大は大きなトピックとして記されていると思う。五大陸の全てで人類が同時に同じウィルスの感染にさらされることはこれまでなかった。

ワクチンの接種が始まり、来年をどうにか過ごして再来年は、と思っていたところに、変異種の流行が報道されるようになった。
先月の新聞記事をさかのぼると、すでに感染力の高い変異種のことを様々な研究者が指摘していたことがわかる。(11月30日の日記の中ほどをご覧下さい http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2020/11/post-1c09ea.html
)彼らはとても重要なことを発信していたのだけれど、当時は大きく注目されることなく時間が過ぎ、さらに感染が広がった。こうしたことはきっとこれまでも起こっていたし、残念ながら、これからも起こるのだろうと思う。

12月の新聞記事を見返していると、アメリカでは人口あたり17人に1人の感染者、1000人に1人の死者、とあった。また、英エコノミスト誌の記事で、『01~18年にパンデミックが発生した133カ国について調査した国際通貨基金の報告書によると、感染症発生から約14ヶ月後に社会不安の事例が急増し、24ヶ月後にピークを迎えていた。』とあった。

来年のことを言うと鬼が笑うと言う。でも足りない頭で考えてみる。
シナリオA:ワクチン接種が主要な事案になり、効果があり、1年かけて普及し、再来年、世界はかなり平常に動くようになる。
シナリオB:変異種が手強く、あるいはワクチンの効果が上がらず、長引く。
シナリオC:さらに別の感染症、あるいは自然災害が発生し、混迷する。

ずいぶん前、致死率の高いエボラ出血熱に関する本を読んだ。不思議なことに、水がひいていくように感染がおさまっていく、と書いてあったと記憶する。今回もそういう幸運が起きるとよいのだけれど。

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2020年11月 2日 (月)

松田さんのチェロ

シカゴ在住の楽器製作者松田鉄雄さんの、できたばかりのチェロを10日と少し弾かせて頂く機会があった。

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指板の縦方向のアーチが深く、さらに第3〜4ポジションの間隔が広くて、へなちょこの僕は驚き、鍛えられたのだけれど、毎日変化していく楽器を弾くのは楽しかった。
表板は、ストラディヴァリウスモデルの美男子ではなく、幅広く丸くたくましい。裏板の仕上げは特筆すべき。この状態でこの先100年、200年と受け継がれていってほしいと思う。
音もたくましい。できたてなのに、良い意味で煙で燻されたような音色がある。高音は強く、どこまでも行けそうだった。

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新しい楽器を弾くのは、毎日楽器に話を聞いているようだった。その日どんな音がして、どのように音程や音色を感じ、それにどのように体が反応し、どのように楽器が変化していくか。さらに自分がどんな人間で、どんな音楽をして、自分の使っている楽器がどういう楽器なのか、そんなことまで感じられるようだった。

他に2台のヴァイオリンとヴィオラ、松田さんは故郷に寄贈するためにカルテットを作った。感染の影響で、大館での演奏会にあわせた松田さんの来日はかなわず、きっと興味深かっただろうお話しは伺えなかった。でも素晴らしい人たちとの弦楽四重奏は楽しかった

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この前大館に来たのは2011年3月。3月9日にも大きな地震があり、それをここで経験した。どうしても3月11日以降の記憶が強いけれど、世界の見え方が一変するような地震の、直前の光景を当地で見ていたんだな、と思う。
そして今年、再び予想もしなかった事が起きている。けれど演奏会場も、隣接する小学校も変わらずにあり、紅葉の色づいた大館の街は美しかった。

2020年8月16日 (日)

新しいソケットとエンドピン

2月の終わりに、コントラバスのIさんから新しいソケットとエンドピンがあることを教わり、鈴木さんの工房に出かけた。
まず自分の楽器でエンドピンを試し(とても良かった)、それから工房にある楽器に新しいソケットと従来からあるソケットを付け替えて試し、当時ソケットは試作段階だったのだけれど、結局自分の楽器にも付けてもらった。(ソケットを新しくする際、楽器側の穴が狭い場合は削って広げなくてはならず、広すぎる場合はいったん埋めて、さらに・・・。いずれにしてもそれなりに覚悟のいる作業が必要になる。)

溝のあるエンドピンとクリックシステムは、チェロには必要ないのでは、と思ったけれど、使ってみると、溝の位置で固定した時の方が明らかに響きが多い。任意の長さで固定できないのはデメリットだけれど、かえって迷わなくなり、良いかもしれない。昔懐かしい分数サイズの楽器のエンドピンを思い出す。

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30年近く前、トロンボーンのMさんが、マウスピースと楽器がすき間なくぴったり合っていることが大切、と言ったことを覚えている。チェロだと、糸巻きやソケットが楽器と接する面や、エンドピンとソケットが接する面の精度が大切だと思う。
エンドピンとソケットのすき間を気にして、見附さんに面倒なお願いをしたこともあった。(2010年1月の日記をご覧ください。http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-48ee.html)エンドピンをほんの少し太くして、ソケットに密接するようにしても、結局日常の出し入れでソケットが摩耗し、どうしても緩くなる。そしてそのすき間に楽器の振動が吸収される。シンワ・サウンド・サプライが着目したのはそこだろうか。(www.sinwajapan.jp)

Iさんから、ソケットとエンドピンを替えると、いい楽器に替えたようになると聞いていた。試作品のソケットは、おそらくコントラバスのものに近い大きさで、低音の広がりなど、経験したことのない感じだった。ただ、チェロには大き過ぎ、重過ぎて、長年慣れ親しんだ楽器の重さやバランスは失われてしまった。

SSPからソケット完成の連絡があり、交換してもらったのが7月終わり。かなり小型軽量化(10ミリ、スチール製)され、それはもちろん望ましいことだったのだけれど、代償として低音の良さは失われるかもしれない、と思っていた。
果たして、A線とD線の音域は分厚くなり、低音は戸惑うほど締まった感じになった。テンションの高い弦を張ったような楽器の変化だった。1週間ほど弾いたら馴染んで、音は開いてきた。今月は演奏会がなく、広い場所で試せていないのだけれど、低音から高音までよく通る音色だと思う。
間に試作品をはさんだので、従来のソケットから一息に替えるとどのくらいの変化なのか、今となってはわからないのだけれど、かなり違うと思う。僕の場合、楽器と弓、楽器と弦の関係が変わった。

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真鍮のエンドピンの音は豊潤。一方、鉄製は強く締まり、音離れが速い。尖った音色で個性的だと思う。
長いエンドピンは僕には必要なく、少しでも軽くしたかったので、長さ46センチ、溝の場所や数も異なるものを作って頂いた。こちらの方が音量もある。エンドピンの長さ、溝の位置や数は、きっと音に影響するし、使う長さによっても違う。音は本当に興味深い。

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