映画・展覧会

2018年10月31日 (水)

リー・キット展、前橋汀子さん

原美術館で開かれているリー・キット「僕らはもっと繊細だった。」展へ。www.haramuseum.or.jp/jp/hara/exhibition/243/
久しぶりの原美術館、久しぶりの現代美術、楽しかった。今回の展示、モノとして価値のあるものはあまりなく、がっかりする人もいるかもしれない。美術品があると思って入ると、空っぽな感じがするかもしれない。もとは私邸だった美術館のそれぞれの部屋には光がゆらぎ、ゆったりとした時間が流れ、心地よかった。今回のインスタレーションは外から差し込む光が大きな要素になっている。僕が行ったのはよく晴れた午前中だったけれど、例えば曇っていたり、日が落ちてからだったりすると、きっと印象が異なると思う。
(この数年現代美術がつまらなく感じられるようになり、展示から足が遠のいていた。たいして通った訳でも詳しい訳でも、もちろんないけれど、現代美術にお金が流れ込むようになったことや、アートっぽいものがもてはやされる今の風潮が関係しているのではないか、と僕はにらんでいる。ところで先日、ある絵がオークションで落札された直後に、内蔵されたシュレッダーで裁断される、ということがあった。作者はこうした状況を揶揄したかったのだろうか、と想像する。https://youtu.be/vxkwRNIZgdY)

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今月の日経新聞連載「私の履歴書」は前橋汀子さん、毎日楽しく読んだ。10月6日の記事から、
『私の人生を変えたともいえるコンサートがある。55年2月に初来日したソ連の世界的なバイオリニスト、ダヴィッド・オイストラフの公演だ。日比谷公会堂の客席に陣取った私は小学5年生だった。
 あんなバイオリンの演奏は聴いたことがなかった。大きな体と楽器が一体となった、ふくよかな響き。「楽器が体の一部みたい。バイオリンでこんな音が出せるんだ」。まさに衝撃だった。
 「ソ連で勉強すればオイストラフのように弾けるようになるかしら」。私の心に大きな火がともった瞬間だった。』

10月29日の記事から、
『大学で教える一方、自分が生徒になった時期もある。62歳から1年間、都立大泉高校の定時制課程に通ったのだ。当時、本格的にスラブ民族史を学びたくなり、どの大学で講義が受けられるか調べてみたのだが、自分が高校を中退してソ連に留学したことに気づき、まずは高卒の資格を取ろうと思い立ったのである。
 夜学の生徒の大半は昼間に働く10代の若者。「前橋さん」「はい」と出席を取るところから始まり、彼らと同じように授業を受けた。生物や化学の面白さに目覚め、参考書や科学雑誌を買って読みふけった。・・・
 期末テストは一夜漬けで頑張った。初めて答案用紙に名前を書く時は鉛筆を持つ手が震えたのを覚えている。
 15分遅刻すると欠席扱いになる。自転車で猛ダッシュして滑り込みセーフの日もあった。・・・』

2018年10月 2日 (火)

葉山

神奈川県立近代美術館で開かれている「アルヴァ・アアルト ­ もうひとつの自然」展へ。www.moma.pref.kanagawa.jp/exbition/2018_aalto
逗子駅から狭い道を抜けて海の見える美術館にたどり着くと(けっこう遠い)、何度来てもやっぱりいいと感じる。葉山の海の素晴らしさは僕には説明不能だ。東京から少し離れるだけで、まったく違う空気と時間になる。

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展示も楽しかった。見ている人たちも皆、好きで見ている様子だった。デザインや建築が好きな人には特に興味深いだろうと思う。展示の最後に、アアルトのデザインした家具がたくさん並ぶ広いスペースがあり、実際に様々な椅子に座れるのだけれど、座る、という単純なことが楽しかった。デザインを体で感じることができる。

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10月2日、日経新聞に掲載された不動裕理さんの記事から。
『運動が苦手だった私は競うことには向かず、ゴルフ競技を始めてからも、人と勝負するという気持ちは希薄だ。あくまでマイペースだから、自分がちょっとスコアを落としてもそれほど気にならない。ミスをして数ホール、イライラが続くことはあるけれど、いいショットやいいパッドを打てたらすぐに機嫌が直る。
 そんな性格もプラスに働いたのだろうか。勝利を重ねてもどこかひとごとのようで、記録を意識したり、プレッシャーを感じることはさほどなかった。スランプに陥ったときのために、メンタルトレーニングの本を何冊か読んだけれど、好調なときはたいして役にも立たなかった。
 ずいぶん前になるが、「夢とか目標をつくって自分をしばりつけたくない。毎週、その時のコースと調子で目安をつくって頑張っている」とコメント。自分のできる範囲で、ちょっとでもいいプレーをすることだけを考え、記録はあくまで結果だと思っていた。』

2018年9月23日 (日)

「顔たち、ところどころ」

先日、公開されて間もない映画「顔たち、ところどころ」へ。www.uplink.co.jp/kaotachi
87歳の映画監督アニエス・ヴァルダと写真家JR(33歳)のドキュメンタリー。JRの運転する車の後部は、駅にある証明写真撮影のスペースのようになっていて、車体側面からは大きく伸ばされた写真が出てくる。二人がこの車でフランス各地を回り、人々を撮影し、建物や壁などに貼っていく。
突飛な行動のようだけれど、自分が写った写真が建物に貼られていく、ということが人々の心を揺さぶっていることが、よくわかる。実物以上に大きな写真が貼られた建物はそれ自体何かを語るようだし、見たときの人々の変化、感情がこみ上げて泣いたり、恥ずかしがったり、好感を持ったり、そうしたことに心打たれる。もう一つの大きなテーマは、二人がゴダールに会いに行く、というもの。映画は軽妙、抜群のテンポ感だった。編集も見事。楽しく、苦い。
それにしても、大きく伸ばした写真を建物に貼っていく、ということをフランスの人たちはごく自然におもしろがっていたけれど、他の国ではどうだろうか。

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毎年夏に行われる大きな自転車レース、ツール・ド・フランス。平坦なコースでのスプリント競争は強烈、でもなんといっても山岳ステージが魅力だ。選手たちのスピードが落ちるきつい登りでは、熱狂する多くのギャラリーが、ほとんど走路妨害というくらいにコース上に出て待ち受け、おそらく選手たちに触っているし、峠を越えた後の下りは、つづら折りの、ガードレールなんてどこにも存在しないコースを、90キロ近いスピードで飛ぶように降りて行く。
ステンドグラスでも有名なパリの老舗百貨店の屋上は、都心で眺望が良いのに空いていて、穴場だと思う。街がよく見える理由の一つは、屋上の縁に視界を遮るものがないこと。短い棒が何本か立っていて、ここから先に行くとどうなるかはわかっているよね、という感じだった。東京都心の百貨店の屋上には、まるで動物園のオリの内側にいるかのように、高く堅牢な柵が立っている。
東京五輪の自転車ロードレースのコースが発表になった後(大変なコースらしい)、自転車好きのKさんと、そのコースは彼の自宅近くも通るのだけれど、登りの頂点に近いところで待っていて、はたして選手を間近でみることはできるのだろうか、という話になった。

2018年3月23日 (金)

アイデアについて

ルービンシュタイン自伝の後は、「ゾウの時間 ネズミの時間 - サイズの生物学」の著者、本川達夫さんが書いた「ウニはすごい バッタもすごい - デザインの生物学」を読んだ。ハチはどうしてあんなに速く羽ばたくことができるのか、アサリはどうして殻をしっかりと閉じ続けられるのか、ヒトデはどうして五角形なのか、バラの花弁はどうして5枚なのか、・・・。僕の頭できちんと理解できたかどうかははなはだ怪しいけれど、楽しかった。生き物たちがどうしてその形なのか、構造なのか、気にもしなかったことを考えてみることには大きな発見がある。動いたり、力がかかったりするもの、例えば自動車、飛行機、ロボット、楽器、レコードプレーヤー、家具、・・・、そうしたもののデザインを考える時、きっと多くのことに応用できるヒントがこの本の中にはある、と思った。

先日、東京ステーションギャラリーで開かれている「くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質」へ。(www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201803_kengo.html)
しばらく前の日経新聞日曜の別冊に隈さんの特集があり、興味を持っていた。建築に特別関心があった訳ではないけれど、素材ごとに分けられた展示にはすっかり見入ってしまった。それぞれの素材に対する、時間をかけて考えられた考えがあり、そこから様々なアイデアが生み出されていったことに心動かされた。
隈研吾著「小さな建築」の冒頭にこんな文章がある。

『建築をゼロから考え直してみようと思った。
 きっかけは東日本大震災である。あらためて歴史を振り返ると、今まで気がつかなかった、重要なことに気がついた。大きな災害が建築の世界を転換させてきたという事実である。・・・
 幸福なときの人間は、過去の行動を繰り返しているだけで先に進もうとしないが、災害に遭ったとき、悲劇にうちのめされたとき、人間は過去の自分を捨てて前へと歩き始める。』

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以前は7時のニュースを見ながら夕食をとっていた。今は国の内も外もひどい有様で、本当にうんざりする。だからもうテレビは消してしまった。いつからそうしているのか、この世界はいったいどうなっているのか。
久しぶりにブコウスキーを読んだ。最近ちくま文庫に入った「ブコウスキーの酔いどれ紀行」。その中から。

『・・・人は頂上まで上りつめると、後はもっと金を集めて、もっと権力を手に入れることぐらいしかやることがなくなってしまう。酒を飲んで、食べて、・・・』
『みんなが感心したりすることにわたしはまったく感心できず、ひとり取り残されてしまったりするのだ。例を挙げていってみると、次のようなことが含まれる。社交ダンス、ジェット・コースターに乗ること、動物園に行くこと、ピクニック、・・・
 ほとんどどんなことにも興味を引かれない人間が、どうしてものを書くことができるのか?どっこい、わたしは書いている。わたしは取り残されたものについて書いて書いて書きまくっている。通りをうろつく野良犬、・・・。』
『・・・、わたしたちと一緒にハイデルベルク城に出かけた。行く途中、わたしの著書がほとんど揃っている書店に連れていかれた。しかしその場に足を運んで、自分の本を見つめてみると、うれしいというよりも気恥しい気持ちのほうが先に立った。そんなことをしたいがために書いたわけではない。もちろん工場勤めから抜け出せてよかったが、そういうことは一人で、とりわけ朝ひどい気分で目が覚めた時などに、ベッドの中でひっそりと祝うものだ。』
『魚は彼の手に吊り下げられ、死んでわたしたちの前にその姿をさらしている。長くてぬめぬめとした元殺し屋は、死んでもなお見事で、見まがうことは決してなく、余分な脂肪もまったくついていず、まやかしとも無縁で、完璧な姿だ。突き進み、激しく動きまわり、あたりをきょろきょろと見回し、泳ぎ回る、ほとばしる生命の塊。道徳もなければ、信仰もなく、友だちもいない。』


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2018年1月31日 (水)

皆既月食

15分ごとにタイマーをセットして、皆既月食を見ている。だいぶ欠けてきた。昔の人は本当に驚いただろうと思う。

シャネルネクサスホールで「フランク ホーヴァット写真展」(chanelnexushall.jp/program/2018/un-moment-dune-femme)を見てから銀座メゾンエルメスへ。「グリーンランド/中谷芙二子+宇吉郎展」。ちょうど霧のインスタレーションが稼働している時に会場に入ったので、ほとんど何も見えなかった。(www.maisonhermes.jp/ginza/le-forum/arvhives/405275/)

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この霧のために、建物の最上階の床を上げ(おそらく防水を施して)、部屋の隅には溝を設けて水を循環させるシステムをつくっている。なんとまぁ。(世界に名だたるブランドの建物にお邪魔しましたが、僕は何もそうしたものを身につけていません。すみません)

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その後はヤマハへ楽譜を買いに。

2017年12月17日 (日)

オットー・ネーベル展

日曜日の渋谷へ、しかも12月に行くなんてあまり気が進まなかったけれど仕方ない、寝坊せず頑張って起きて、今日が最終日のオットー・ネーベル展へ。http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_nebel/
僕のまったく知らなかったオットー・ネーベルという人が、彼の作品からだけでなく、クレーやカンディンスキーとの親交からも浮かび上がってくる展示だった。ネーベルの日記に書かれたクレー、グッゲンハイムにネーベルを推薦するカンディンスキーの文章など、クレーやカンディンスキーもどんな人たちだったのか、浮かび上がってくるようだった。ネーベルの日記には気付かされる文章がいくつもあり、もし出版されているのなら読んでみたいと思った。
ネーベルの作風は時代によって大きく変化し、一人の人の様々な局面を見るようで興味深かった。ネーベルもクレーも同時期にスイスのベルンで暮らしている。昔、まだベルンに新しいクレーの美術館ができる前、僕はベルンの近代美術館にクレーの素晴らしいコレクションを2度ほど見に行った。繊細で綺麗な作品が最晩年の強く深い絵に変わっていくのは、何度見ても心動かされる経験だった。今思えば、あの美術館にはきっとネーベルの作品も展示してあったのだろうと思う。

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94年にミュンヘンのコンクールを受けに行った。ミュンヘンに着いて手続きをしに事務局に行き、自分の順番を探すとなかなかない。なんと初日の一番に名前があり、理由を尋ねると、今年はアルファベットのHから始める、ということだった。ミュンヘンまで来て悪い冗談にしか思えなかったけれど、状況は悲惨であればあるほど昔話としてはおもしろい。とにかく弾いて、当日の午後には午前中の結果が貼り出される。見事に予選落ちし、結局それから毎日1次予選、2次、3次、本選と全ての演奏を聴いた。(予選の期間中に自分の演奏の講評を審査員のウォルフガング・ベッチャーさんに伺ったら、ちょっと待って、とメモを取り出して、君の演奏はここが良くてここが良くなかった、と的確にとても丁寧に話してくださった。)
本選には3人が残り、結果は1位ハンス・ペーター・マインツ、2位タチアナ・ヴァシリエヴァ、3位ターニャ・テツラフ。3人とも活躍しているから、レベルの高いコンクールだったのだな、と思う。実際素晴らしかったもの。本選のオーケストラはバイエルン放送響。ARDのコンクール本選はバカンス明けの仕事だそうで、うーんこれがあの有名な・・・、という感じだった。
初日に予選落ちして、聴く以外は時間があったので、有名なドイツ博物館とノイエ・ピナコテーク、レンバッハハウス美術館に足を運んだ。当時アルテ・ピナコテークは改修工事で閉まっていたと思う。レンバッハハウスにはカンディンスキーをはじめとして「青騎士」のコレクションがあり、それらを見たことを、今日のBunkamuraの展示を見ながら思い出した。クレー、カンディンスキー、ネーベル、彼らがなぜ素晴らしいのか、様々な国や時代に思いをはせる時間だった。

2017年11月30日 (木)

「シャガール 三次元の世界」

昨日は東京ステーションギャラリーで開かれている「シャガール 三次元の世界」展へ。http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201709_chagall.html
絵だけでなくシャガールの彫刻も、という企画だった。なるほどあの感じは立体にするとこうなる、彫刻でも絵のようにまぎれもなくシャガールだ、と思って見始めた。展示が進むにつれて彫刻の世界に魅了されていった。素材の石の形を生かし、大きく削ることなく平面的に彫られた人物からは、不思議なことに、見た瞬間にあたたかさが伝わり包まれるようだった。絵も言うまでもなく素晴らしい。いつも思うけれど、青、赤、緑、黄が印象に残る。よく知っているはずの色がとても美しい。展示を見ながら静かに満たされていく、それはきっと彼の人生が幸せだったのだろうと思う。いくつかの作品にはルオーやマティス、ピカソと共通する何かがあるような気がした。素人考えかなぁ。
(展示は12月3日まで)

2017年11月11日 (土)

新宿ニコンで開かれている田沼武能写真展「子どもは時代の鏡」へ。http://www.nikon-image.com/activity/exhibition/thegallery/events/201706/20171031.html
子供たちの目に吸い込まれるようだった。ほんの50~60年前の都心にあのような光景が広がっていたなんてちょっと信じがたい。残念ながら、今の便利になった日本は大切なものを失っていると思った。

2017年10月26日 (木)

映画「パターソン」へ。http://paterson-movie.com
久しぶりの映画は楽しかった。
後半、永瀬正敏さんが出てくる印象的なシーンがある。彼が現れることで画面の空気感はまったく変わってしまう。俳優ってすごい、と思ったし、映画はおもしろい、と思った。ジム・ジャームッシュ監督が出演を依頼したそうだ、なるほど、確かに。

永瀬正敏さんと言えば先日、河瀬直美監督の「あん」を観た。劇場に出かけるつもりが果たせず、衛星放送で観た。すっかり打ちのめされ、観終わった時は呆然としていた。

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2017年7月30日 (日)

先日出かけたのは「AMBIENT 深澤直人がデザインする生活の周囲展」https://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/17/170708/index.html
興味深く見て、それから深澤さんの著作「デザインの輪郭」も読んだ。うまく言えないけれど、単に製品の外観を作るのではなく、何かのアイデアを目に見える形にして、使うことのできるものにすることなのかな、と思った。それまでなかった何かを世の中に現す、ということだろうか。こういう仕事はきっとおもしろいだろうなぁ。

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こんなことを考える。日本の軽自動車という規格、車幅を広くしてエンジンも少し大きくする。すると安定性、安全性、快適さ、どれもぐっと増すような気がする。(現実は、こんなことを言い出したら大変なことになるだろうけれど)
運転はしないけれど、車に限らず、乗り物が好き。それにしても、たまに昭和の時代の車を見ると(個性的なデザインにひかれる)、今の車が大きくなっていることに驚く。車の長さが、例えば50センチずつ短くなったら、渋滞の緩和にはつながらないのだろうか。誰かそんなことを研究していないかなぁ。

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